96_真里姉ととある母親の過去語り(後編)
あの街に彼と、いえ、夫と辿り着いた頃。
街に受け入れてもらうことは出来ましたが、そこで生活を始めるのは大変でした。
生活をするために必要な食事と家と、それを賄うための仕事。
食事は両親から託されたお金で凌げました。
しかし家と仕事を見つけるために必要な信用が、余所者の私達にはなかったのです。
減っていくお金と先の見えない日々に、私は何度も心が折れそうになりました。
しかし夫は諦めず、殆どただ同然の仕事を何度もこなし、その中で少しずつ街の方の信用を得ていったのです。
その結果が実を結び、家を借りることが出来たのは街に着いてから二ヶ月が経っていました。
そこからは地道に任される仕事を増やし、両親の残してくれたお金を使い切る頃、ようやく私達は生活を維持出来るようになったのです。
けど私達はそこで止まることなく、夫婦で幾つか仕事を掛け持ちし、ある程度纏ったお金を貯めることを目標にしました。
それは新しい商売を自分達で始めたかったから、と言えば聞こえはいいですが、実際はそうではなく、私達はどこまでいっても所詮余所者でしかなかったからなのです。
信用されても大きな仕事は任されず、得られるお金は限られていました。
今のままでは子供を産むことも育てることも出来ないと、そう思ったのです。
新しい商売を始めることへの不安はありましたが、それ以上に勝算もありました。
この街は王都へ続く道の中継地として、近隣から多くの人が集まります。
その立地からこの街で商売、特に物を売ることを生業にしている人の殆どが、街の外に出て商品を売ることがありません。
当然といえば当然ですね。
費用をかけてわざわざ街の外に売りに行かなくとも、買いに来てくれるのですから。
そこで私達は、特に需要の高い物を出来るだけ安く仕入れ、それを自ら街の外へと売りに出たのです。
そうです、村で営んでいた行商と同じ。
行商は夫が行い、私は街での仕入れや、商品の在庫とお金の管理を担当しました。
狙いは当たり、行商に出る度にお客さんが増え、売り上げは伸びていきました。
何より、行商に伺った村の人達から笑顔で迎えられ喜んでもらえるのは、お金には代えられないものがありました。
瞬く間に時が過ぎ、多少ゆとりをもった生活が出来るようになった頃に産まれたのが、ライルでした。
悪阻による具合の悪さも、出産の苦痛も二度と経験したくないと思える程でしたが、初めてライルを抱いた瞬間、そんなことは全て吹き飛びました。
赤ん坊は小さく、生き物としてとても弱いものです。
けれど、どうしてこんなにも愛おしく感じるのでしょう。
「頑張ったなレイティア! 産んでくれてありがとう、産まれてくれて、ありがとう」
そう言ってライルに触れる夫は号泣です。
困った人です、赤ん坊より泣いてどうするの?
ですが、気がつけば私もまた涙を流していたのでした。
きっと夫のせいですね、夫婦は似てくるとも言いますし。
「……次は女の子がいいな。きっとレイティアのような、綺麗な子になるぞ」
この人は恥ずかしい台詞を堂々と……それに産まれたばかりなのに、気が早過ぎますよ?
なので私は、頬に感じる熱を誤魔化すように夫に言いました。
「二人目も安心して育てられるよう、もっと稼がないとね? お父さん」
私がそう言うと、夫は分かり易く張り切ったのでした。
また月日は流れ、ライルもすっかり大きくなり、私達の商売を手伝ってくれるようになった頃。
それはある日突然発生し、そして瞬く間に広がり街の人々の命を奪っていきました。
猛威を振るったものの正体、それは病。
発生した原因も治療法も分からず、取れる手段といえば、治ることをただ祈ることくらい。
その病に、夫もまた冒されてしまったのです。
多くの家で病に冒された人だけでなく、家族にも広がり犠牲者が増える中、私とライルが無事だったのは偏に、夫が行商で得た知識から私達と距離を置いたからでした。
当時はそれを寂しく思いましたし、いっそのこと、と思ったことも一度や二度ではありません。
また家族を失うことになったら、私はもう……。
そんな私を叱咤し励ましてくれたのは、一番苦しんでいるはずの夫でした。
夫の言葉が、私を救ってくれたのです。
そしてある、とても寒い日の夜のこと。
「……ライルを、頼む」
扉越しに託されたその一言が、夫の最期の言葉でした。
「……ええ、安心してあなた。ライルは、私が立派に育てます」
私の言葉に、夫が言葉を返してくれることはなく。
そして私は、泣き崩れることを止めることが出来ませんでした。
ごめんなさい、弱い母親で、弱い女で。
夫に宣言したばかりなのに、なんて不甲斐無い……。
そんな時、私を心配そうに見詰めていたのがライルでした。
脳裏を過ったのは、産まれ育った村がモンスターに襲われた時、震えるだけだった私を抱きしめ、支えてくれた夫のこと。
……ええ、ここで私がしっかりしなくて、どうするのでしょう。
ライルには、私しかいないのですから。
私の悲しみや苦悩、そんなものは後回し。
そうでしょう? あなた。
だからもし、私がライルを立派に育てられた時は、うんと泣かせてね……。
いつもお読み頂いている皆様、どうもありがとうございます。
そして三話構成としましたが四話構成に変更です。というのも一話で纏めるには重く、文字数が多くなかったからなのです。お話自体は出来ているため、次話は明後日の火曜日にアップ予定です。これで過去語りの区切りです。
今回新たに22件の感想を、42人の方から有り難い評価を、48人の方から嬉しくもお気に入りに登録頂けました。そしてむーみんさんから、とても温かなレビューを頂きました。本当にありがとうございます。
応援頂いたおかげで、また新たな幕間を描く、原動力となっています。
また今回も誤字脱字のご指摘を頂くことが出来ました。ありがとうございます。
頂いた指摘を元に、修正させて頂きました。今後も気になる点がありましたらご指摘の程、よろしくお願い致します。
よろしければブクマ、感想、レビューお待ちしています。
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しばらく週1ペースが続くと思いますが、今後とものんびりと、どうぞお付き合い下さいませ。




