61_真里姉と特別な報酬とポイント交換の行方
店に案内され、奥にある個室に案内されると、既にルレットさん、マレウスさん、カンナさんが座って待っていた。
「……お久しぶりです」
「おおう。なんだお前、いきなり疲れているな?」
しれっと言ってくるマレウスさんにカチンときた私は、思わず口を尖らせた。
「疲れもしますよ。なんですかあれ? 迎えに来たグレアムさんも、街の人の様子もおかしいし。心配してくれているのは、まあ、分かりますけれど」
「これもマリアちゃんのためなのよ。その辺も詳しく説明するから、さあ座って座って」
カンナさんに言われルレットさんの隣の椅子に座ると、何から話したものかといった感じで、カンナさんがしばし目を瞑り考えているようだった。
「……そうね、少し悪い話と、だいぶ悪い話、どっちから聞きたいかしら?」
「悪い話なのは確定なんですね……じゃあ少し悪い話からでお願いします」
心の準備は必要だからね。
「分かったわ。一部のプレイヤーがマリアちゃんを狙っているの。狙う理由は、少し悪いのが2つと、だいぶ悪いのが2つの、合わせて4つよ」
「4つも!?」
普通にMebiusの世界を楽しんでいただけなのに、どうしてそんな事に……。
「1つ目は、イベントで有名になったマリアちゃんとお近付きになりたいってプレイヤーが激増しているわ。それ系の通知が、大量に飛んできているでしょう?」
「はい。正直中身を見るのが怖くて、そっと閉じました」
「賢明ね。後でフレンドからの通知以外をブロックする設定を教えてあげるから、それは安心してちょうだい。この連中はただ仲良くなりたいだけで、マリアちゃんに強引に接触してくる可能性は低いから、まだましな方ね」
そんな設定もあるんだね。
そしてそれが出来るなら、見なかった事にした通知を思い出さなくて済むので、とても助かる。
でもねカンナさん。
1つだけ言いたい。
1つ目にして、私にとっては既にましじゃないんだよ?
「2つ目はクーガーよ。乗り物が見付かったって事で、今掲示板は大騒ぎなの。それでマリアちゃんに入手方法を聞きたいって連中が結構いるわ」
「クーガーは乗り物ではないんですけれど……」
「勿論、私達3人とマリアちゃんと関わった人は分かっているわよ? マリアちゃんの大事な家族だって。でも外から見たら分からないのよ。特に一部の騎士系や狩人系ジョブに、執着しているのが多いわね。騎士と言えば騎馬、狩人なら竜騎兵、みたいな」
絵として格好良いのは分かるし、憧れも分かるけれど、【供儡】によって生きているのだから、正直他のジョブではどうしようもないと思う。
「これに対しては、ワタシ達3人が生んだ部分もあるから、掲示板に情報を載せればいずれ落ち着くでしょう。ただその際、それがマリアちゃんのジョブスキルによるものだって公表したいのだけど、構わないかしら?」
「それで平穏が戻ってくるなら、全然構いませんよ」
「ありがとう……でも平穏が戻ってくるかは、ちょっと怪しいかもしれないわね」
「えっ?」
「3つ目に関係するのだけど、マリアちゃんが作ったジャーキー。最初は隠そうとしていたワタシ達が拡散させておいてなんだけど、2つの意味でお祭り状態だわ。それは味と、料理バフの高さ。味はワタシも納得のものだから仕方ないとして、特に後者がヤバイわね。AGIって移動速度にも影響するから、みんなが恩恵を実感しやすいのよ。今僅かに残っているジャーキーはプレミアがついて、とんでもない値段になっているわよ?」
その金額を聞いた時、私は驚きのあまり仰反ってしまい、椅子ごと後ろに倒れそうになった。
ルレットさんが支えてくれなかったら、床に頭をぶつけて意識を失っていたかもしれない。
ああでも、どんどん悪化していく悪い話を思えば、最後の4つ目を聞く前に意識を失っていた方が、幸せだったのかも。
「これはバブルみたいなものだから、どうしようもないわね。ワタシ達もできるだけカバーするけど、状況だけは押さえておいてちょうだい」
「……分かりました。それで、最後の4つ目は何ですか?」
私はもう半ば自棄になって自分から聞いていた。
これ以上悪い事なんて、想像出来ないし、想像もしたくないんだけれど。
「4つ目は、PKに狙われているわ」
「PK?」
「プレイヤーキラーの頭文字をとったものですよぉ。簡単に言ってしまえばゲーム内での殺しを楽しむ人達の事ですねぇ」
「殺し!?」
何それ、怖過ぎるんですけれど。
というか、えっ? 何で私が狙われる事に???
混乱の極地に至っていると、ルレットさんが私の手をとり、安心させるかのようにやんわりと握ってくれた。
「大丈夫ですよぉ。街中ではグレアムさんや住人の方が協力してぇ、こっそり見守ってくれていますしぃ、街の外では私が守りますからねぇ」
ルレットさん……ルレットさんがいてくれるなら、こんなに心強い事はないです。
……でもですね?
こっそり見守るっていうのは、どうかと思いますよ?
私に思いっきりバレてますし、隠す気ないじゃないですかあの人達!!
「……でも、何で私がそのPK? の人達に狙われる事になったんですか?」
「PKを楽しむ奴等は、どんなゲームでも一定数いるもんだ。そしてそういう連中は、有名プレイヤーを倒して自分が有名になりたいっていう思考パターンをしているのが多いからな」
「なんて迷惑な……」
思わず本音が漏れてしまった。
「まあ、ゲームの要素としては必ずしも悪い面ばかりじゃないのよ? それによってプレイヤー間の動きも活発になるし、役割を見出す人もいるわ。PKK、プレイヤーキラーをキルするプレイヤーのようにね。行き過ぎてしまうと新規さんが付いてこれなくなるから、匙加減は難しいのだけど」
う〜ん、知らない世界の話ばっかりだ。
いずれにしろ、PKの楽しさなんて私には理解出来そうにない。
とにかく街の外に出る時は必ずルレットさんに声をかける事、いない時はグレアムさんに声をかけることを約束させられた。
なんだろう、ここに来るまでもぐったりしたけれど、さらにぐったり度合いが増したというか……。
ほんと、私の平穏は一体どこまで遠くに家出したんだろう?
今となってはその後ろ姿さえ見えないよ。
「おい、状況説明はそのくらいにして本題に入ろうぜ」
マレウスさんがもう待てないと言わんばかりに身を乗り出してくる。
「そうね、気が滅入る話はここまでにしましょ。ではお待ちかねの、イベントクリア特別報酬の開封よ!」
特別報酬……あ、そう言えばランキング10位以内には特別な報酬がもらえるんだっけ。
すっかり忘れていたとは、とても言えないね。
「報酬は運営からのメール通知に添付されているから、マリアちゃんはフレンド以外をブロックしてからやってみるといいわ。ちなみに運営のメールはブロックされないから安心よ」
さすがカンナさん、私の心配事を良く分かっている。
私は教えられた手順で設定を変更すると、大量にあった通知が消え、代わりにいくつかの通知が残った。
その中に、『第1回公式イベントクリア報酬』という見出しの通知が一つ。
「それじゃ、一斉に開封しましょう。3、2、1っ」
カンナさんのカウントダウンに合わせ、通知を開封する。
『【厄災の荒御魂】を手に入れました』
手の中に現れたのは、光を通さない黒い水晶で出来ているかのような丸い物体だった。
取り敢えず説明を読んでみる。
【厄災の荒御魂】
ネメシスの核になった人々の怨念が凝縮された物体。
極めて稀少な素材で膨大な力を秘めているが、使い手を非常に選ぶため、扱いを間違えると持ち主に災をもたらす。
……えっ、これ呪われてない?
特別報酬という名の罰ゲームかと思って周りを見ると、カンナさんはネメシスの翼を模したコートだったらしく、さっそく着替えて楽しそうだった。
ルレットさんはネメシスが身に着けていた、薔薇を編んで作られた冠を。
マレウスさんは盾っぽいけれど、あれの元はネメシスの下半身を覆っていた鱗かな? ちょっと嫌そうな顔をしている。
装備の性能を聞いたところ、さすがに特別報酬というだけあってどれも破格の性能だった。
こうして目に見える形での報酬も、嬉しいものだよね。
ただ1人、私を除いて。
ちなみに【厄災の荒御魂】の説明を読んだ3人は、揃って微妙な表情をしていた。
……いいんだ、別に報酬が欲しくて頑張ったんじゃないし。
「ま、まあ気を取り直して、ポイントの交換をしましょ!」
一つ手を打って、カンナさんが場の空気を切り替えようとしてくれる。
「そ、そうだな。何しろこのポイント数だ。選び放題だろうぜ」
「そうですねぇ。マリアさんなら交換出来ない物がないはずですしねぇ」
ありがとう、みんなの優しさが心に沁みるよ。
思わずほろりとしながら、私はポイント交換の画面を開いた。
そこには見た事もないアイテム、スキルがずらりと並んでいた。
しばらく無言でそれぞれが自由に眺めていると、私はあるアイテムに目が止まった。
「あ、携帯生産キットなんてあるんですね。これ、どこでも生産が出来て便利そう。20万ポイントしますけれど」
「どれどれ……携帯生産キットはそれぞれ鍛冶、木工、裁縫、料理といった具合に細分化されているな。これは生産系には必須だろう」
「そうですねぇ。本格的な生産は今のところぉ、特定の場所でしか出来ませんでしたからねぇ」
「ワタシも異議なしね。じゃあこれは全員交換ってことで。あとは他に何か、みんなに有益そうなのある?」
「俺達だと他は生産用の素材か、スキルってところだが……おいルレット、カンナ」
「言われなくても分かってますよぉ」
「むしろこのためかって気がするわね。それに色々と応用が利きそうだし、私も賛成だわ」
「何ですか? 私も取った方がいいなら取りますけれど」
「ああ、これはあれだ。俺達3人に必要なもんだから、お前は気にするな」
マレウスさんの言葉に、ルレットさんとカンナさんも頷いている。
なんだか除け者にされた感じがしないでもないけれど、気にするなと言われたら、仕方ないか。
私は一度アイテムを飛ばし、スキルの方を確認してみる事にした。
ジョブ専用スキルや、共通スキル、生産系スキルとある中で、私が気になったのは2つ。
【二操流】
両手にそれぞれ異なる武具を持つ事ができるようになる。
なお装備特性は重複する事なく、それぞれ付与される。
【モイラの加護糸】
天上から不可視・不可侵の糸を対象物に与えることにより、対象物の自由意志による行動を可能とする。
ただし、モイラの加護糸で行動中の対象物は、魔法や戦闘系スキルの使用が不可となる。
使用する際、使用者のMPの最大値が下がり、オンオフは自由に行える。
スキルレベルが上がる事により最大値の下げ幅は軽減される。
【二操流】のスキルがあれば、左手に【大蜘蛛の粘糸】、右手に【魔銀の糸】という性質の異なる糸を持てるって事だよね?
それなら戦いの幅が広がるし、装備特性がそれぞれ付与されるのはかなり良いんじゃないかと思う。
【モイラの加護糸】のスキルは、糸という制限を受ける事なく、ネロとクーガーが自由に動けるようになるんじゃないかな。
それってもう、本当に生きているのと同じだと思うんだ。
戦いには向かない感じだけれど、そんなの2人が自由に生きられる事に比べたら些細な事。
それぞれ15万。
ポチッと交換。
携帯生産キットと合わせて50万。
残り50万、さて何に使おうか……ん?
私はまたアイテムを見ていた中で、一際交換に要するポイントが高い物を見つけた。
その名も、【龍糸】。
昔の真人が好きそうな響きだね。
交換に必要なポイントは、なんと40万。
ざっと説明を読んだけれど、効果が凄い。
他にこれ以上に強く惹かれる物もないし……ええい、いっちゃおう!
ポチッと交換。
これで残り10万になったけれど、後悔はない。
良い物と交換できた満足感に浸りつつ、私は残りの10万を料理で使う調味料をメインに換えていった。
ポイントを使い切る頃にはルレットさん達も交換が終わったようで、こうして私達は、イベントクリアのご褒美を存分に堪能したのだった。
(マリア:マリオネーターLv20)
STR 1
VIT 5
AGI 8
DEX 80
INT 5
MID 23
カルマ(王都) 100,000
(スキル:スキルポイント+24)
【操糸】Lv18 →Lv20
【供儡】Lv10 →Lv14
【クラウン】Lv13 →Lv18
【纏操】Lv1 →Lv5
【モイラの加護糸】Lv1
【捕縛】Lv7
【料理(中級)】Lv2
【下拵え(中級)】Lv1
【促進】Lv8
【暗視】Lv5 →Lv6
【瞑想】Lv8
【視覚強化】Lv5 →Lv6
【聴覚強化】Lv6 →Lv7
【ライド】Lv3 →Lv7
【二操流】Lv1
(供儡対象)
ネロ(猫のぬいぐるみ)
クーガー(白熊の絡繰ぬいぐるみ)
ってなんなのこのカルマの数値は!?
いつもお読み頂いている皆様、どうもありがとうございます。
色々と社会が不安定な中、心身の調子を崩されていませんか?
私はもっぱら花粉症にやられておりますが、ご自愛くださいませ。
前話に引き続き、マリアの平穏な日常は露と消えたわけですが、
頼もしく?見守ってくれる人達がいるので、きっと大丈夫でしょう。
今回、新たに3人の方から素晴らしい評価を頂き、17人の方からお気に入りに登録頂けました。
多くの作品がある中、本当にどうもありがとうございます。
とても、モチベーションに繋がっています。
もしよろしければ、感想、レビュー、ブクマ、評価お待ちしております。
ご支援頂けると、これからも続けていく活力になります。
今日からカレンダーでは連休になりますが、
引き続きのんびりと、どうぞお付き合いくださいませ。