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貴族と嫁と未来の件について

 こうして俺の活躍により、魔族との戦争は未然に防がれた。死傷者は魔族側だけで、こっちには全く被害はなし。

 とはいえ流石に戦争を一人で食い止めたとあっては今までのひっそりとした生活を続けることはできなかった。


 まずは名前と地位。

 国からは功績だとか受勲だとか色々と面倒なゴタゴタもあったが、今の俺の立場としてはコウタ・ヴィルヘルム・タカナシ特別侯爵ということで落ち着いた。

 元々平凡な自分に見合った平凡な氏名を気に入っていただけにヴィルヘルム、なんてかっこいいミドルネームを貰うのは名前負けしてる気がしてかなり抵抗があったが、国としても体裁だとかなんだとかがあって、どうしても、とのことだったのでありがたく授かることにした。


 次に住居も今までの下町の宿屋暮らしから貴族街の最上階、王城の間近に目がくらむような豪邸を用意され、そこに住むことに。

 小市民な俺としては広過ぎる廊下に広過ぎる寝室に広過ぎるベッドにと落ち着かないことこの上ないのだが、こちらも既に用意されたもので断るに断れず、受け取ることにした。


 一度、重過ぎる肩書きと広過ぎる屋敷に嫌気が指して、チアとみーちゃんの三人でギルドでクエストを受けたことがあったのだが、すぐにバレて国の首脳陣全員からこっぴどく叱られた。


 さて、一番の問題だが、今俺には妻が五人いる。いや、待ってくれ。石を投げないでくれ。これも一から説明させて欲しい。

 まずチアだ。これは前からだったので許して欲しい。

 次に魔族によって兵器に魔改造されていたリルル。と言っても呪いの類は既にコンセプトイグニッションで焼き払ってしまったので凶暴性や常人を遥かに凌駕した膂力はすっかり鳴りを潜め、今はただの少し臆病な可愛い女の子だ。

 当初は城で保護してもらうつもりだったのだが、再び暴れ出した時に止められるのが俺しかいない、ということになってうちで預かることになった。


 そう、俺は国に対して、コンセプトイグニッションの話をしていない。俺一人の力じゃない、ということもそうだが、死や事実、果ては概念、存在、時間に物理法則。この世に存在し、言い表すことができるおおよそ全てのものを焼却する能力など、世界が混乱することになるし、俺も切り札を見せびらかすような真似は避けたかったからだ。


 妻の話に戻ろう。と言ってもあとは政略結婚の一部のようなもので、受勲式で一目惚れしたと言ってはばからない (恐らくゴタゴタに巻き込まれるのを嫌がる俺に政略結婚だと悟られない為の嘘だろう) 我が家にある日突然転がり込んで来た第三王女のフィリアと、魔族との和解の象徴としてポーズだけの結婚を国から求められた魔族の第一王女のフィーネの二人だ。


 流石に日本生まれ日本育ちの俺としては一夫多妻は男のロマンではあれどお断りしたかったのだが、この国の貴族は多重婚が当然で、力のある武人や星に祝福された魔法使いなどはその遺伝子を未来に残すために子供をじゃんじゃか作れ、とのことで、フィリアとフィーネからキツく言い聞かされたのだった。

 好意を隠そうともしないリルル、結婚してくれなければ城に帰らない駄々をこねるフィリア、国からの要請で


「あんたのことなんかこれっぽっちも好きじゃないんだからね! お兄様達の戦後処理の手伝いになるから結婚するだけなんですからね!」


 とすっかり嫌われてしまったフィーネ。これだけの女の子、しかも全員花も恥じらうほどの美少女から求婚されて袖にするほど俺は漢を貫けなかったし、断るほど漢を貫けないわけでもなかった。


 さて、最後の五人目だが、何を隠そうみーちゃんだ。

 男は度胸! とチア以外の全員の婚姻届を国に提出する時、こっそりちゃっかりその中に自分の分も混ぜていたのだった。


「だ、だって! みんなコウタと結婚するのに! みーちゃんだけ仲間はずれなんて酷いのじゃ! みーちゃんもコウタが大好きだからコウタと結婚したいのじゃ!」


 まぁ、ここまでしてくれた女神様からの熱いプロポーズを断る理由なんてない。と結局一夫五妻の大所帯が完成したのだった。


「コウタにいにい? 何してるの?」


 と、そこまで書き上げたところで書斎のドアの隙間から可愛い頭がひょっこり飛び出した。


「リルル、いや、ただ日記を書いてただけだよ。どうかした?」


 お仕事中だと思っていたのだろう。邪魔をしたのではないかと不安げに部屋を覗いていたリルルは表情をパアッと明るくして


「あのね! チアお姉ちゃんがご飯できたよ! って!」

「あぁ、あれ、もうそんな時間か」


 時計を見ると既に四時四十五分になろうとしているところだった。


「わかった、すぐにいくよ」


 ちょうどひと段落ついたところだ。日記を閉じてリルルと手を繋いで部屋を出る。


「今日の晩御飯はねー! お魚とねー!」


 楽しそうに笑うリルルに思わず俺も笑みが溢れてしまうのだった。

 リルルだが、スラム街の生まれということで親兄弟は一切不明で物乞いをしていたところを魔王軍に拾われ実験材料にされたというのだから救えない。既に焼き払われた事実とはいえ、傷付いたリルルの心はすぐには元には戻らなかった。

 ので、コンセプトイグニッションで心の傷も焼き払ってやるとこうして甘えん坊で人懐っこいリルルになったのだった。


「だいたいあんたは品が足りないのよ!」

「あらあら、仮にも魔族のお姫様ともあろう方がなんて下品な言葉遣いをなさるのかしら」

「こうして育てられたの! 仕方ないでしょ!」


 廊下の先からはここ数ヶ月ですっかり聞き慣れた怒鳴り声が聞こえてくる。


「フィーネとフィリアお姉ちゃん、また喧嘩してる……」

「あいつらも飽きないな……」

「でもコウタさんはきっとお淑やかな女性の方が好みだと思いますわよ」

「はっ、はぁ!? ………………そうなのかなぁ……」

「お前ら、喧嘩はほどほどにしとけって言ってるだろ?」

「はっ! コ、コウタ! あんたいつから!?」

「たった今だよ」

「…………」


 フィーネは怒りで顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。今日の喧嘩もフィリアの勝ちか。


「あら、コウタさん。お仕事はもうよろしくて?」

「ん? あぁ、日記を書いてただけだからな」

「あら、そうでしたの。お茶の一杯でも持っていけばよろしかったですわね。すみません、気が利かぬ嫁で」

「……相変わらず、面の皮の厚い奴だな」

「あら、なんの話でしょうか」


 ニッコリと笑うフィリアに、あの日家の玄関の柱に噛り付いて連れ戻しに来た兵士達と格闘し結婚を迫ったあの子は別人だったのだろうかという気さえしてくる。


「いつかフィーネにバラしてやろ」

「……コ、コウタさん? もう過ぎたことはよろしいんではなくて?」

「お前らが喧嘩をやめたらな」


 呆れながらも歩き出した俺の服の裾を誰かが摘む。フィーネだ。


「なんだ? どうした?」

「…………コウタはさ、お淑やかな子の方が好きなの……?」


 ……こいつもこいつで何を言っているのか。


「あのなぁ、俺は……」


 と、そこで俯きがちにこちらを見るフィーネと目が合う。


「フィーネの事、俺は好きだよ」

「は、はぁ!? 今そんな話してないでしょ! バカコウタ! 死ね! 死んじゃえ!」


 ボロクソだった。


「なんだよ……せっかく慰めてやろうと思ったのに……。慰めがいのない奴……」

「ふん、あんたなんかがあたしを慰めるなんて百年早いのよ」

「……そんなに俺が嫌いなら魔王城に帰ったらどうだ?」


 そう。本来、ポーズとしての結婚であるフィーネは魔王城で別居するはずだったのだ。だが、初対面の結婚式の際に魔族のお付きに「あたし、このままこいつの家に住むから、お兄様達には上手く言っといて」と言い放ち、パニックになる魔族の幹部達を放置してフィリア同様我が家に転がり込んできたのだった。

 たびたびわざわざ嫌いな俺のそばにいなくても、と思い帰ってもいいとは言うのだがそのたびに


「はぁ!? 帰るわけないでしょ、バーカ!」


 と、とびきりの笑顔で笑うのだから俺にはもう手の打ちようがない。



「もう〜! みんな遅いよー!」


 ぷんぶんと頬を膨らませて怒るチアに各自ごめん、と笑って席に着く。


「どうせコウタとイチャイチャしてたんでしょ……あたしが頑張ってご飯の用意してるってのに……」


 喜怒哀楽が激しいチアは見ていて飽きない。


「ごめんごめん、期限直してくれよ、第一夫人」

「第一夫人……。もー! しょうがないなー! あたしは第一夫人だからなー!」


 チョロい。妻が五人になった頃からチアは俺を取られたように感じるのか時々拗ねるようになっていた。とはいえこうして第一夫人、といってやるだけで治る機嫌なのだから扱いやすい。

 そうして笑うチアのお腹は少し膨らんでいる。ここで太った? などというと女性陣から半殺しにされるので注意! そう、俺とチアの子だった。

 食卓について隣のみーちゃんに話しかける。


「俺、すっごい幸せだよ、今」

「のじゃ、なら良かったのじゃ。みーちゃんも幸せなのじゃ」

「あぁ、ありがとうな。みーちゃん。俺をこの世界に転生させてくれて」


 俺にはもったいないくらいの奥さんがそれも五人も。しかも一人は妊娠中。お金も地位も分けられるほど余っている。この状態を幸せと言わなければ神様に叱られてしまう。


「まぁ、その神様が俺の妻なんだけどな」

「のじゃ! コウタの人生はまだまだ楽しい事だらけなのじゃ!」


 そう言ってワクワクした瞳を輝かせるみーちゃんの頭を撫でてやる。


「そうだな。まだまだいろんなところ冒険して、もっとこの人生、楽しまないとな」

「のじゃ!」












 ピーピー、とナースコールの音が響く。


「あら、もしかしてまた山田さん?」

「ううん、菊池さん……なんだけど、多分山田さん関連だと思う」

「ご愁傷様、最近激しいわね」

「はぁ……院長もどうしてあんな人受け入れちゃったのよ」

「いい身分よね。自分は診ないんだから」

「なんにせよ、行ってくるわね」


 心配してくれる同僚に軽く手を振って病室六六五号室に向かう。


「菊池さん? どうかしましたか?」

「どうかしたか、じゃないんだよ! まただ! また隣の奴が騒いで寝られやしないんだよ! さっさと辞めさせろ!」


 顔を真っ赤にして怒鳴り散らす菊池さんをなだめながらやっぱりか……と体が重くなるのを感じる。


「分かりました、分かりましたから。他の患者さんもいますから静かにお願いします」

「ふん、さっさと行け!」


 半ば追い出されるような形で665号室を出る。そしてすぐ隣の666号室の部屋の前まで移動する。

 六六六号室は長年使われてなかった個室病室で、最近になってようやく人が入った部屋だ。ドア越しにも山田さんが喚く声が聞こえる。


「よし、行こう!」


 帰りたい気持ちを抑えつけ、えいっと一念発起。扉を開ける。

 瞬間、生臭い匂いが部屋から廊下に流れ込み、吐き気を催す。いつものことだと自分に言い聞かせ、部屋の中に踏み込んでいく。


「山田さん? もうこんな時間ですからもうすこし静かに……」

「あああああああ! チア! チア! あああ最高だよ! あああ!」


 そこにいるのは人間ではない。それは看護師達の共通認識だった。患者衣をそこら中に投げ散らかし、枕や掛け布団を全てベッドの下で蹴り落とし、全裸でオナニーをする異種(バケモノ)がそこにはいた。既に使い過ぎで擦り切れ、もはや本来の用途を満たすことができなくなったオナホを今も必死に幻影の女性の女性器に当てはめて、腰を振り続けている。


「あぁ……フィリアかい? 全く君もさっき相手をしてあげたばかりだというのに、えっちな子だね……」


 虚空に向かって意味不明な言葉を吐き続けるその存在を看護師は同じ人間だとは思えなかったのだ。


「山田さん? もう遅い時間ですし……」

「……………………あぁ、高木さん、すみません。すこし熱が入ってしまって」


 そこで看護師は少し胸を撫で下ろす。よかった今日はまともに会話ができる方だ。


「前も注意しましたけど、次からは本当に気をつけてくださいね?」

「ええ、分かってますよ」


 山田さんは今夜は特に殊勝だった。どちらにせよ、こんな臭い部屋一分一秒早く出たいと注意だけ済ませ、扉へと向かう。


「……君も俺の精が欲しいんだね」


 その呟きが耳に入ったのと、後ろから山田の手が伸び、看護師の胸を無遠慮に揉みしだき始めたのはほぼ同時だった。


「きゃあああ! ちょっ、ちょっと! 何してるんですか、辞めてください!」

「はぁはぁ……嫌がらなくてもいいんだよ。俺は英雄だからね、君にも英雄の遺伝子をあげるからね」


 山田はギンギンにいきり立った男根を看護師の尻に激しく擦り付け始める。


「五人の妻が六人になったところで俺は困らないからねえ!」


 そしてその悪辣なる手が遂に看護師のスカートの中に伸びようとした、その瞬間だった。


「はぁ!」


 看護師の肘鉄が、山田の鳩尾に突き刺さる。


「ぐ、ぐええ……」


 堪らず看護師から離れ、たたらを踏む山田に、看護師は手を緩めることなく、山田のその醜悪な顔面目掛けて目にも留まらぬ速さのジャブを繰り出し、牽制する。顔を抑えうずくまろうとする山田にトドメと言わんばかりにハイキックを繰り出した。


「辞めてください! セクハラですよ!」


 鼻から血を出して倒れこむ山田に看護師はゆっくりと近づいて行く。


「ひっ、ひぃ!」


 恐怖で顔をひきつらせる山田に看護師はエルボードロップをお見舞いする。


「ぐ、ぐえええ!」


 容赦など一切ないその肘に山田は胃の内容物を全て吐き出す。


「せっかく私たちが用意した食べ物を……」


 看護師はうずくまる山田を掴み上げ、ベッドの上に引きずり上げていき、山田の体を逆さに抑え込む。そのまま勢いに任せて、病室の床へと飛び降りた!


「粗末にするなァアアアア‼」


 パイルドライバー、またの名を脳天杭打ち。尻から着地することにより、相手の首と頭蓋に重度のダメージを与える技である。

 山田と看護師の体重が乗ったパイルドライバーによって、ドシン! という衝撃共に、山田の首は人体の許容範囲を超えた負荷を受け、ボキリと嫌な音をたてて折れ曲がる。

 看護師が技をかけ終えて、山田を解放した時、既に山田はこと切れていた。


「ふぅ……実家が総合格闘技の道場で助かっちゃった!」


 そして彼女、高木楓こそ、その昔総合格闘技界を荒らし回った通称『苦いメープル』世界チャンピオン高木楓その人なのであった!

これにてコウタたちの冒険はひとまずおしまいです。

お楽しみいただけましたでしょうか。楽しんでいただけたなら幸いです。

良ければ、評価感想等よろしくおねがいします!

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