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第六話 人生という名の旅路

 仰いだ空は青い。

 一つ二つ浮かんだ白い雲が、さらにその青さを際立たせている。


「本日は晴天なり。リーリア・サンドリス子爵令嬢の嫁入りを、天も祝福しているのであろう。

 護衛の諸君、王都までの道中をよろしく頼むぞ!」


 おっと、ぼうっとしているわけにはいかないな。

 立派な髭をたくわえた騎士隊長が、俺たちに活をいれる。

 この城塞都市ディアリィから王都までは、馬車で三週間はかかる。長丁場なので、俺みたいな冒険者も護衛として雇われたってわけだ。


「この城塞都市から、王都へ輿入れねえ。どんなあくどい手を使ってねじこんだのやら」


「サンドリス子爵もやり手だからな。しかも相手はあのエバーグリーン侯爵家だ。

 これで中央政権への足がかりが出来たと、今ごろ鼻高々だろうよ」


 周囲のひそひそ話は別に目新しいものじゃない。

 何ヵ月も前に、リーリア・サンドリス子爵令嬢の婚約は公に発表されていた。

 だから何とも思わなかった。


 ざわっ、と周囲の人々がどよめく。「いよいよか」と誰かが呟いた。

 俺達の護衛対象である子爵令嬢は、まだ門の外に出てきていない。家族や市民に別れを告げて、一番最後に出てくると聞いていた。


 ファーン! と高らかにラッパの音が鳴り響く。

 城塞都市の外壁から、子供たちが祝福の為に花びらをまく。

 その白い花弁が舞う中、一台の豪華な二頭立ての馬車がお堀を渡ってくるのが見えた。


 "リーリアがあの中にいるのか"


 あれから二年か。

 十七歳にもなれば、結婚してもおかしくない。

 自分の立場を理解してその道を選んだ結果なんだろう。そう思いたかった。


 俺が思いにふける間にも、馬車は近づいてきた。

 ヒュン、と御者が見せ鞭を振るうと、二頭の馬はぴたりと止まった。よく訓練されているらしい。


「整列っ! リーリア・サンドリス子爵令嬢、いや、エバーグリーン侯爵夫人に捧げ、剣!」 


 騎士隊長の号令一下、全員が抜剣した。もちろん俺もそれにならう。

 二十本以上の剣が陽光を弾き返すと、城壁の上から子供たちの歓声が上がった。


「よしっ。納剣、その場で整列っ!」


「はっ!」


 一糸乱れずとはいかないが、きちっと全員の動きが揃う。

 末席にいる俺も、その場で直立不動の姿勢になった。

 通常、護衛対象の人間は任務の前に一声かけることになっている。

 まあ、馬車の中から形だけだろうが、それでもちょっとはやる気が出るさ。


 俺はその場にただ立っていた。

 二年前に実家に送り届けてから、リーリアとは会っていない。

 きっと向こうも忘れているだろうなとか考えていた。それが自然だ。


 "あれ?"


 馬車の扉が開いた。降りてくるのか、わざわざ。


「皆さま、楽にしてくださいまし」


 記憶にある声が聞こえた。風に乗って、その声が俺の耳を優しく撫でた。


 視線を前へと向ける。リーリアの姿が目に入った。


 白金色の髪が、きらきらと輝いている。

 旅用の軽装ドレスを着ていても、その美しさは少しも損なわれない。

 ほぅ、というため息が護衛達から漏れる。


「この度は私の護衛の任、ありがとうございます。

 ご存じの通り、私はエバーグリーン侯爵家に嫁ぎます。王都までは長丁場になりますが、どうかよろしくお願いいたします」


 堂々とした挨拶だった。

 威張るでもない。卑屈になるでもない。二年前からの成長を感じさせる態度に、俺の心は暖かくなる。

 自然とその場に膝をつき、頭を下げた。他の護衛達も同じような姿勢だ。


「ありがとうございます。それではこれより王都に向けて――」


 急にリーリアの言葉が止まった。春風のいたずらかと思ったが、そうじゃないらしい。

 騎士隊長も不自然に思ったのだろう。「リーリア様、いかがされましたか?」と声をかける。


「あの、一番後ろにいる方。顔をあげていただけませんか」


 耳を疑った。

 一番後ろ、つまりは俺か。まさか覚えていたのだろうか。


 "いいのかな"


 恐る恐る顔をあげた。

 その時には、既にリーリアは近くに来ていた。

 華やかな化粧を施していて、その髪はきちんと結い上げられている。

 だけど、その笑顔は二年前と同じものだ。


「グランさん、グラン・ハースさんですよね!? 良かった、またお会い出来て!」


「あ、はい。グラン・ハースです」


 まずいなあ。周囲からの視線が刺さるんですけど。



† † †



 王都までの三週間、リーリアはしきりに俺に話しかけてきた。

 無視する訳にもいかないので、俺はそれに付き合うしかない。

 イヤということは無論ない。でも、結構居心地は悪いんだな。


「この二年間、私、頑張ったんですよ。

 子爵令嬢として恥ずかしくない教養を身に付けたり、政治の基礎を学んだり。無我夢中でした」


「そうですか。はは、ご立派になられて」


「ふふ、ありがとうございます。グランさんに言われて、このままじゃ駄目だと分かったんです。今の自分の居場所が嫌で逃げても、何も変わらないって」


 馬車の窓から顔をのぞかせ、リーリアは楽しそうに語る。

 その横に馬をゆっくり進ませながら、俺は馬上から相づちを打っていた。


「昔のことです。

 しかし俺のこと、覚えていたのですね。もうとうの昔に忘れたと思っていましたよ」


「忘れないですよ。グランさんは私の恩人ですもの。

 何年経っても、絶対に忘れません」


「それは、はは、光栄ですね」


 やばいな。これは帰り道に刺されるかもしれない。

 周囲からの嫉妬の視線が怖いんだけど。


「ええ、あの一件が無ければ、私は愚かな小娘のままでした。

 私、分かったのです。どんな人間でも、自分の居場所で努力しなきゃいけないって。逃げても何も変わらないって。

 あの時、グランさんはそれを伝えたかったんですよね」


「そうです。俺は自分の立場から逃げて、それで失敗したので。

 リーリア様にはそうなってほしくはありませんでしたから」


 知らず知らずの内に、俺は微笑んでいた。伝えたいことは伝わったらしい。


「はい。グランさん、聞いてもらっていいですか? 私、エバーグリーン侯爵家に嫁いだら、やりたいことがあるんです」


「何でしょうか」


「社会改革です。

 具体的には下流区域の住人の生活改善、並びに冒険者の地位向上から始めたいと思っています。

 既に夫――エバーグリーン侯爵にも、話は通しています」


「それはまた、大きく出ましたね」


 突拍子もないこと言うな、このお嬢様は。

 俺のびっくりした顔が面白かったのか、リーリアはくすくす笑った。


「だって、おかしくないですか? 上流だろうが下流だろうが、住んでいるのは同じ人間です。

 なのに、食べ物一つとっても全然違う。努力により差がつくならともかく、環境の差で人生を諦めてしまうのはおかしなことです。

 私は、そんな世の中を変えたい。そう思っているんです」


 一息に言い切り、リーリアは俺の方を見た。

 その透き通るような青い目には、一点の濁りもない。


「そう、ですか。まさか貴族の方からそんなことを聞く日がくるとはね」


「貴族だからこそ、です。権力がある者こそ、その力を正しく使わなきゃいけない。私はそれを学びました。

 そう、例えばですね。グランさん達冒険者の方々への保障を厚くして、命をかける仕事に誇りを持ってほしい。そんな世の中にしていきたいんです」


「ありがたい話です。ほんとに立派になられた」


 しみじみと呟いた。

 けれど、感慨に浸る暇さえも、俺には許されないようだ。


「何を他人事みたいに言っているんですか、グランさん。

 私、あなたを個人的に雇いたいと思っているんですよ? 改革を進めるにあたって、反対派の嫌がらせもあるでしょうし、信頼できる護衛が必要なんですよ!」


「は、俺ですか? いや、俺より腕の立つ奴なんか山ほどいますよ!?」


「イヤです、グランさんがいいんですーっ。

 私の護衛も相談役も出来て、なおかつ冒険者の人達との顔つなぎも出来るといえば、グランさんしかいないじゃないですか!」


「ええ......そんな急に言われてもなあ」


 俺がためらっていると、リーリアは眉を寄せた。

「あの、私に雇われるのはイヤ......なんでしょうか? やっぱり自由な立場の方が良いですか?」なんて聞いてくる。


 あー、もう、面倒くさいな。はっきり言ってやるか。


「イヤなわけないでしょう。俺なんかに務まるか、ちょっと心配だっただけです。

 いいですよ。そこまで買っていただけるなら、お引き受けします。

 俺なんかでよければ、存分に使ってください」


「ありがとうございます! よーし、これで百人力ですね!」 


「そんな大層なもんじゃないですからね! というか、あなたこれから結婚式って分かってます!?」


 やれやれ、こんな調子でいいのかな。

 これから侯爵様の夫人になろうという方が、社会改革に燃えているんだぜ。

 しかもうだつのあがらない三十路冒険者を護衛だなんて、正気の沙汰じゃないよなあ。


 考えてみるほど、まともじゃないと思う。

 だけどそんなまともな考えを、俺は笑ってポイッと捨ててやることにした。


「ふふ、やっと笑ってくれましたね、グランさん」


「そりゃ笑わずにおれませんよ。

 三十四歳にして、天井の見えたうだつのあがらない冒険者から侯爵夫人の護衛に転職(クラスチェンジ)だ。世の中何があるか分からないですね」


「そうですね、何があるか分からない。だから人生は面白いんでしょうね」


 リーリアの視線が前を向く。俺もつられてその視線の先を追う。

 低い丘の向こうに、王都が遠く霞んで見えた。

 この旅路はもうすぐ終わるようだ。だけど、俺の人生の旅路はもしかしたらこれからなのかもしれない。



 リーリア。


 君が社会を変えたいと言うなら、俺は微力ながら力を貸そう。理想に燃える女神様は前だけ見ていればいい。

 君が転ばないように、足元の石ころは俺が拾っていくとしようか。

 きっとそれは、俺にしか出来ない仕事だろうから。



「あの時、君を拾って良かったよ。ありがとう」


 ふっと零れた俺の呟き(おもい)は、緩やかな風に吹かれて王都(みらい)へと去っていった。

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