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とある一室と呼び出し

結局、朝まで隣のベッドが埋まることはなかった。

オフィーリアの姿はなく、、ランプも一つない。それが昨日会ったことが夢ではないという証拠だった。

彼女は、どうなったのだろうか。そのまま、殺されてしまったのか、見逃されたのか。おそらく前者だろうが、今はまだ知るすべがない。



いつものように、仕事場へと降りていくとすでにいつものメンバーがそろっていた。彼女以外。そしていつもは皆より少し遅く仕事場へ現れるはずのシュライヤもまたすでにそこにおり、落ち着かなさげに視線を彷徨わせていた。しかしその視線が私に向けられたと同時に、彼女が探していたのが私なのだとすぐにわかった。



「キスツス、ちょっとこちらへ来なさい。」



昨晩の件だろうか、と検討付けながらも表面ではなんでもない顔をする。何を聞かれるかまでは想像がつかない。しらばっくれるだけの心の準備はしておかなければならなかった。

昨晩の光景がフラッシュバックする。でもそれは嫌な感じはしなかった。彼女は、未来の私なのだ。



「あなたまで一体何をしたの……!?」

「何を、とは……、」

「あなたとオフィーリアの二人を今日から居館の侍女にするように指示があったのよ!新人を居館の侍女にさせるなんて前代未聞だわ!」

「居館の……!?」



大抜擢のいいとこだ。正直、私たちはまだまだ役立たずの新人。そんな半人前の半人前を粗相の許されないような居館におくなんてありえない。

なぜ、と思うが心当たりはひとつしかない。



「……シュライヤさん。オフィーリアは今どこに。今朝は姿が見えないのですが……、」

「よくわかんないわよ!あの子はもう居館の方にいるみたい。本当いつのまに……、羨ましい限りだわ。」



オフィーリアは昨晩殺されてはいなかったらしい。

完全にあれは終わりだと思ったが。一国の王にちゃちとはいえ刃を向けて明確な殺意を向けた。本来なら許されるはずがなく、極刑は免れない。にもかかわらず彼女は生かされているらしい。使用人ごときに情けをかけるとは信じがたい。


皮肉のようなシュライヤの揶揄に苦笑いさえ返せない。大抜擢だとしても、一気に位が上がっても、それは決していい意味ではないだろう。いい意味であるはずがない。オフィーリアはかくの如し。そして彼女とセットで呼ばれた私もまたおそらく危機的状況にある。同室だから、なんて理由ではないだろう。


私もまた、見られていたのだ。木々に隠れていたが、ルヴァンシュには私の姿が見えていた。

完全に失策だった。これは昇格などではない。始末しやすいように呼び寄せただけではないだろうか。



「まあ二人とも、死なない程度にがんばりなさい。居館の方でどういった仕事をするのか私は知らないし、担当でもないからわからないけど。……どんな理由で居館に呼び寄せたか私には想像もつかないけど、さすがに無理な仕事をさせるようなことはないと思うわ。」

「だと、いいのですが……、」



長期の計画は一ヵ月目にして頓挫しつつある。




**********




「キスツス!何であなたまで……!」



居館の決して小さくはない部屋。侍女に促されるがままに連れて来られた部屋にはすでにオフィーリアがいた。目の下には隈がある。おそらく昨晩からずっと寝ていなかったのだろう。



「……そういうオフィーリアさんは、なぜ。いえ、昨晩いったいどこへ行っていたのですか?姿が見えなかったようですが……、」



う、と言葉につまり、目を泳がせながらしどろもどろになる彼女に、昨晩のような鬼気迫る様子はない。至って普通、今までの彼女の通りだ。



「その、ちょっとお散歩に……、」

「お散歩ですか。あまり夜遅くに出歩かないほうが良いですよ。城の敷地内といえど、危険がまったくない、というわけでもないでしょう。……なにしろ今朝は兵士の死体が見つかったと騒がしいのですから。何が起こるともわかりません。」



あからさまに強張った身体に、見開かれる目。ただその目には驚きの色はないどちらといえばフラッシュバックのように再び網膜の裏にその光景を映し出しているのではないだろうか。

もちろん、私の言ったことはまったくのでたらめである。そんな不穏なうわさは耳にしていないし、もし話されていたとして、この居館に連れて来られる間聞き耳を立てる時間も余裕もなかったのだ。私にはなんにせよあずかり知れぬところである。



「ところでなぜ私たちだけ居館へ……、何か心当たりはありますか?」

「えっ、こ、心当たり……、ない、かな……?」



随分とお粗末な嘘だ。雑なカマを掛ける私も大概なのだが。

ため息を吐くとびくりと肩を震わせた。


はっきりと言って、ここに呼び出された理由はわかるがこれから自分たちがどのような処遇になるのか想像もつかない。

普通に考えればこのまま二人とも仲良く始末されるのだろうが。それなら彼女、オフィーリアが今の今まで生かされていることがおかしい。殺すのであれば昨晩のうちにすればよかった。なのに彼女が今も生かされている。

現王を殺そうとした使用人。何のために生かすのか。


私だってそうだ。昨晩の様子を見られたから殺すならこうして人目についてまで居館に呼ぶ必要はない。誰もいない夜にでも、闇に紛れて殺せばいい。私がキスツスという偽名を名乗って城へ来ていることがバレた、というのも考え辛い。使用人の間で疑われているような様子はなかったし、かつての私のことを知って良そうな貴族とも、会ってはいない。唯一辛うじて顔を合わせた現王、ルヴァンシュ・モルセールも、昔の私のことを知らない。彼は私が生まれる前、フィブオ・モルセールが暗殺された直後他国へと亡命していた。

咎められるのであれば昨晩のことだけ、のはずだ。本当にばれているのであれば、居館になど招き入れるはずがない。

一人あたふたとするオフィーリアをそのままに、思考に暮れていると、扉を強めにノックされる。

ほぼその直後、躊躇なく扉が開けられる。



「オフィーリア・シュゼットとキスツスというのはお前たちのことか。」

「っはい、」



扉を開けて入ってきた騎士に慌てて頭を下げる。まだ年若く見える金髪の青年は胡乱げにじろじろと私たちのことを見た。見覚えは、ない。



「なぜお前たちのような小娘が陛下にお目通りできるのか知らんが、陛下がすでにお待ちだ。早く行くぞ。」



名乗ることなく傲岸な様子でそのまま扉から出て行った。いや、着いて来るように促した。急いでその後を追う。ずんずんと進んでいくその背中には「不満だ。」と隠すことなく書かれていた。



「本来であればご尊顔を仰ぐこともできない尊い方だ。くれぐれも馬鹿な真似をしてくれるなよ。」



振り向くことすらなく吐かれる言葉は間違いなく私たちに向けられている。陛下、ルヴァンシュ王のところへ向かっているらしいが、と隣のオフィーリアの顔を見る。しかし予想していた殺意に満ちた顔はなく、ひたすら戸惑っているように見えた。少なくとも、昨夜ナイフ片手に一国の王を殺そうとした娘には到底見えない。まるで何も知りません、なんて顔。

廊下を進み、階段を上る。その辿った覚えのある道筋に、どこへ向かっているかを理解した。



「黒い扉の……、」



ぽつりと呟いたオフィーリアに黙って首肯する。間違いなく、あの部屋へと向かっている。


何という皮肉だろう。

私の大切なものを奪っていったあの男と、初めてまともに対面する場所が、その大切なものが失われた場所だなんて。


母がその命を絶った場所。

ミオゾティスが呪いの言葉を吐きながら炎に包まれていた場所。

その部屋で、あの男はどんな顔をしているのだろうか。


私は、笑えばいいのか、泣けばいいのか、怒ればいいのかわからなかった。

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