第3話 依頼
昼休み、三倉華と共に中庭のベンチで弁当を広げる。朝話していた「依頼」の件を詰めなければと思っていた。
「で、これなんだけどね」
サンドイッチをパクつきながら、携帯の画面を差し出す華。紬は携帯ごと受け取ると、そこに書かれた書き込みに目を通す。
「……町外れの倉庫? これは違う。病院の跡地……もナシ。近所のおじいさんが夜中に喚き散らす……って、これは認知症なんじゃないの?」
書き込みの数は多い。しかし、本物は少ない。
華が運営しているのは、「その怪奇現象、検証します」というオカルトサイトだ。有名な霊能者なども監修に加わっており、かなり本格的なものである。配信者とのコラボ企画を行ったり、お抱えのオカルト配信者が、心霊現象が起きるという噂のある場所で撮影をして、実際に怪奇現象が怒るかを検証するという企画が大人気だった。
そのサイト内に、「その怪奇現象、解決します」という新しいコーナーを作ってもらったのが二週間前のこと。配信とは別に、リアルに困っている人の悩みを解決します、というものだ。しかし、どこまでが本当かわからないような話ばかりが書き込まれているのが現状。その多くは、解決してほしいという話より、検証してほしい、の部類ばかりだった。関東限定で募集をしているにも拘らず、心霊スポットは其処彼処に溢れているのだから驚く。
「ん~、どれもこれも、幽さん目当てっぽいね」
宇月幽。霊感が強く、その手の場所に出向くと、必ずと言っていいくらい心霊現象に出くわす、人気配信者だ。しかし彼の人気はその類稀なる能力と言うより、見た目の華やかさにあるのだろう。美麗なる潤んだ瞳に、染め上げた金髪。中性的な顔立ちをしており、男性からも女性からも人気があった。
「幽君、人気だからなぁ。さすが私の相棒!」
華のサイトは、幽人気で支えられていると言っても過言ではない。もちろん、それだけではなく、華の人気もあってこそだが。
何件か来ている依頼を丁寧に読み解く。
「……あ、ちょっと待って」
書き込みの中に見つけた引っ掛かり。
それは、隣接する県に住んでいる人物からの書き込みで、しかも職業は「住職」と書かれていた。
「なにか気になる書き込み、あった?」
華が画面を覗くと、一笑する。
「ああ、それ、笑えるよね! なんのつもりなんだろって思った!」
華が笑うのも当然だろう。書かれていた内容は、狙ったにしてはベタすぎる話。
『寺の住職から髪が生えてきたのですが、切っても切っても伸びてきます。どうすればよいのでしょうか? どうにかしていただけるのでしょうか?』
普通の人が見れば、下手なウケ狙いに聞こえるだろう。放っておけば髪は伸びるものだし、切っても伸びてくるのは当たり前。住職の頭、というところがまた、笑いを誘う。
しかし、紬にとっては違う話に聞こえる。
「住職の頭に毛が生えた、って、それ普通じゃん! それとも寺のお坊さんって、頭……永久脱毛とかしてるのかな?」
真面目な顔でそう呟く華を見て、
「そうね。冗談にしてはつまらないわね」
と返し、携帯で写真を撮った。このコーナーに申し込むためには、住所と名前が必須だった。そしてそれは、管理者画面でしか見ることができない。
「え? これが気になるのっ?」
「うん、ちょっとね」
適当に誤魔化す。
華には、協力してもらう手前、少しだけ事情を話してある。
そもそも、華との出会いは偶然だ。高校に入った最初の部活紹介で「オカルト研究部」なるものがあったので、顔を出してみたのだ。高校の同好会になど期待できないという思いと、藁にもすがりたい気持ちとのせめぎ合いの結果だった。しかし、そこで出会った華が、有名サイトの管理人であると知り、仲良くなり協力を求めた。
『家族を殺した犯人を捜している。犯人は、オカルトに精通した人物であることがわかっている』
これだけでは、なんのことかもわからないだろう。しかし華はそれ以上なにを聞くでもなく、紬に情報提供をしてくれるようになった。オカルト的な話を追いかけることで、犯人の手がかりを掴めるかもしれないから、という無茶な理由を、面白がってくれた。「警察にも解けない謎を、解くことができるかもしれないなんて面白いじゃない!」と、そこそこ人気のオカルトサイトに紬のためのコーナーを作ってくれたのだから有難い。
「ここ、行くの?」
「う~ん、どうかな。わかんないけど」
正直に、確認しに行ってくるとも言えない。もし“当たり”だった時に、あの姿を見られたりしたら困る。
「もし行くならさ、幽さん誘う?」
企画として動画を上げたいということだろう。それはさらに困る。
「少し調べてからにするよ。華が言うみたいに、笑えない冗談って可能性の方が高いと思うしね」
「だよね~」
ケラケラ笑いながら、携帯の画面を閉じた。
「……そういえばさ、満島先輩はどうなったの?」
聞かれ、一瞬「誰だっけ?」と頭の中で記憶を辿る。
「ああ、あの子ね」
それは数日前に声を掛けた、三年生の先輩だ。剣道部の主将で、カッコいいと評判の三年生。アレンには怒られそうだが、結婚相手の候補にしようと思い声を掛けた。逆ナンというのだろうか。
「開けて悔しき玉手箱、ってやつね」
言い捨てる。
見た目は合格だとしても、あんなに弱かったら話にならない、と心の中で肩を竦めた。下校を狙っての奇襲に、彼は対処できなかった、というのが理由だが、紬の奇襲に対応できるような相手は、冷静に考えて存在するかも疑わしい話ではあるが。
「紬って、がっついてる割には理想高いわよねぇ」
「当然でしょ。妥協して選んだ相手なんか意味がないもの」
「そんなもんかな? 学生時代の相手なんて、フィーリングが合えばそれでよくない?」
華が無邪気に笑う。愛だの恋だのというチャラついた関係を求めるなら、それでもいいだろう。しかし紬が捜しているのは、重たい荷を一緒に背負ってくれる相手。そう易々と見つかるものではないことは理解している。だからこそ、焦りもするし、早く捕まえておきたいと思ってしまう。
「でも、紬の場合損よね」
「損?」
「だって、アレン様という完璧なお兄様がすぐ傍にいるんだもの。周りの男子なんか霞んじゃうでしょ?」
「完璧……ねぇ?」
黒木アレンは、確かにできる男だと思う。姉の婚約者だったのだから、当然だ。しかし紬から見れば、口煩い、目の上のたんこぶのような印象の方が強い。いい男かと聞かれれば、男ですらないという印象。幼いころから知っているからかもしれないが。
「悪くはないと思うけど」
「うわぁ、辛辣! 毎日一緒だと案外気付かないのかもねぇ。あ~んなに素敵なのに」
うっとりとした表情を浮かべる華を見て複雑な気持ちになる紬であった。




