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結切りの巫(かんなぎ)  作者: にわ冬莉


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第2話 黒木アレン

「世を忍ぶ仮の姿、かぁ……」


 目の前の男……アレンを見ながら、呟く。兄という設定になってはいるが、子供っぽい顔立ちの紬とは反対に、アレンは実年齢よりも大人っぽく見られることが多い。目付きが悪く不愛想で、黒い服ばかり着ているせいではないかと、紬は考えていた。


 実際は、八つも離れているのだから、そのまま「年の離れた兄妹」で、なんら問題はないのだが、時折親子に間違われることがあり、お互いに憤慨しているのだ。


「……なんです?」

 カウンターでコーヒーを淹れながら、アレンが首を傾げる。アレンの目に映る紬は、漆黒の髪に漆黒の瞳だ。紬の目が金色に変わるのは、御霊喰らいの絶ち、カザリと同調した時だけである。


「喫茶店のマスターが、世を忍ぶ仮の姿なんだったら、もう少しそれっぽく……愛想よくしないと駄目なんじゃない?」

 始終藪睨みのような目で客を迎える喫茶店など、聞いたこともない。

「お嬢様こそ、相手が男と見るや、誰彼構わず口説きに掛かる癖をどうにかしないと、そのうち不同意わいせつ罪で捕まりますよ?」

「はぁぁ? なんでよっ! こんな美人に声掛けられて断る方が罪人でしょうが?」

 カウンターの椅子に座る紬の長い髪が、ゆらんと波打つ。

「美人……?」

 アレンがわざとらしく辺りを見渡した。さも「どこにそのような人物が?」と言わんばかりの行為であり、紬の神経を逆撫でする。

「あんたねぇっ」

 睨み付けてくる紬の視線などまるで無視し、淹れたてのコーヒーを差し出す。


「さ、これを飲んだら出てください。遅刻しますよ」

 紬は、結切りの巫である以前に、まだ十六歳の学生だ。本来なら、十八歳になるまでは御霊喰らいの絶ちを継承することは叶わないはずだった。しかし、一族滅亡という危機的状況に際し、そのような細かい決まりなどにこだわっている場合ではなくなったのだ。


「学校なんか行ってる場合じゃないのにっ」

 眉間にしわを寄せる紬に、

「高校を卒業すること。それは髙天家のしきたりの一つです」

「知ってるわよ」

「そうですか。毎日毎日同じようなことを口になさるので、忘れているのかと思いました」

「ふんっ、嫌味な男ね」

「お褒めいただき光栄です」

「褒めてない!」


 出されたカップに手を付ける。アレンの淹れるコーヒーは、悔しいほどに美味しい。不愛想なマスターでも客が入るのは、このコーヒーと、アレンの外見目当ての女性客が一定数存在するからだろう。


 カップを傾け、琥珀色の液体をコクリと飲み干すと、椅子から降り、鞄を手にする。

「じゃ、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ、お嬢様」

 カウンター越しに頭を下げているアレンを見、ドアを潜る。チリン、というドアベルの音を聞きながら、店の看板を「OPEN」に変えるのが、紬の日課だった。


 どんな世界でも、悪いやつというのは陽が落ちてから動くものであり、未穢みえの活動時間も御多分に漏れず、主に夜だ。昼間は未穢の気配を探りつつ、普通の生活をする。学校にも行かねばならないし、行けば勉強もしなければならない。人間関係にやきもきしたり、行事に参加したりもしなければならないだろう。

「……面倒臭っ」


 ──半年前のことだ。


 髙天家では代々、未穢の根絶のため、御霊喰らいの絶ちを手に、戦いを続けていた。未穢は人の髪に宿る悪霊で、切っても切っても、またどこかで湧いて出る。

 半年前、カザリを手に未穢と戦っていたのは、紬の姉である麻だった。その麻が、無惨な姿となり、郊外で発見された。麻を殺したのがどこの誰かは、未だに不明なままだ。それだけではない。麻の死と同時刻、髙天の家が火事となり、家の中からは一家全員の亡骸が発見された。たまたま修学旅行で家にいなかった紬だけが、命を繋いだのだ。


「あ、紬ぃ! おはよ~!」

 手を振りながら走ってくるのは、クラスメイトの三倉華。

「華、おはよ」

 家が近所なわけでもないのだが、決まって華は紬を迎えに来る。理由は簡単。


「ねぇ、アレン様はっ?」

 ガラス扉から店の中を覗く。アレンの姿を見つけると、長く息を漏らした。

「はぁぁぁ、今日も麗しいわぁ~」

 目が、ハートになっている。一目見た瞬間、恋に落ちたのだそうで、華はこうして毎日、足しげく店に通っているのだ。


「あれのどこがいいの? 目付きは悪いし、愛想はないし」

 チラ、と目配せすると、こちらに気付いたのか、カウンターの向こうからアレンが小さく手を振ってくる。

「きゃ~! ファンサ、最高!」

 華が大袈裟に叫ぶと、大きく手を上げブンブンと振り回す。

「はいはい、もう行くよ!」

「ああ~ん、残念」

 華に腕を絡め、歩き出す。


 アレンは紬の兄、ということになっている。


 紬の住んでいた髙天の家は、すべて焼けてしまった。貴重な未穢についての文献も、家族の思い出も、すべてが燃えた。普通の火事ではない。“すべてを燃やすために”薬品が使われていたのだから。


 家は建て替えることもできたが、あの場所に身を置くこと自体、危険なのではないかと判断し、今は更地になっている。そしてこの喫茶店は、一階が店、二階が住居となっていて、アレンの知り合いに借りている借家だった。


「紬はいいなぁ、毎日アレン様と一緒に居られてさ」

「……ま、兄妹だからね」

 しれっと言ってのけると、華が口を尖らせる。

「でもでもぉ、義理の兄妹なんでしょ? ってことはさ~、ねぇ?」

「なにが『ねぇ?』なのよ、まったく」

 紬は肩を竦めてみせた。


 紬の家族は、未穢に殺されたに違いなかった。命拾いした自分は、家族が殺されなければならなかった理由を調べなければならない。姉を倒すことができるほどの力を持つ未穢が、どこかにいるのだ。そして自分は、一刻も早く麻を越えなければならない。そうでなければ、復讐を果たせないからだ。


 それに、不可解なことはまだある。


 黒木アレン……彼は髙天家を守る隠密の家に生まれた。黒木家は代々髙天家を守り、陰から支える存在だった。その黒木家は、アレンを残し全員が行方不明となっている。

(もうちょっと本腰入れて動きたいんだけどな)

 一家惨殺から半年。なんの手掛かりもないまま、紬は高校受験を経て、やっと高校生になったのだった。本当は進学などどうでもよかったが、アレンに無理矢理説得され現在に至る。


『麻様に「妹を頼む」と言い付かっております』


 そんな風に言われては、断りようがない。紬の姉、麻は紬にとって、とても大切で、絶対的存在なのだから。そしてそんな麻の婚約者が……黒木アレンだ。


 義理の兄。

 実際二人は結婚に至らなかったが、今の兄妹設定は、まんざら嘘ということもないのである。


「あ、そういえばさ、サイトに依頼、入ってたよ?」

「え? ほんとっ?」

「うん、中身は紬が確かめてね。私には嘘かほんとか、見極められないし」

「わかった。ありがと」

 華は近代技術(IT関連)に明るい。とあるサイトの掲示板に、とある書き込みをしてもらっているところなのだった。そして、依頼が来たということは……。


「本物でありますように」

 小さな声で、そう呟いた。

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