第七章 第二公演『ストレイ』
「おい、誰かいないか!」
座っている貴族役の男性が、上手のほうに目をやりながら、不機嫌そうに叫んだ。
間もなくして、執事役の女性が、呼び声に応じて上手から現れる。執事が来るなり、貴族はデスクにあるティーカップを手に取りながら、言葉を続けた。
「カップが空のままだぞ。俺が紅茶を飲み終える時間くらい、覚えておいたらどうなんだ?」
「申し訳ありません、フルファンテさま。すぐにご用意いたします」
執事は怯えながら頭を下げ、踵を返して退場しようとした。
その瞬間。上手袖にいる裏方の一人が、木の枝を床に叩きつけて打撃音を響かせる。それと同時に、執事は仰向けにばたりと倒れ、動かなくなった。これにより、誰かが執事を鈍器で気絶させたのだと、観衆に認識させる。
何事だとばかりに動揺する貴族。程なくして、気絶させた犯人は自分であると示すかのように、上手からローラが姿を見せた。
黒いコートを羽織り、頭はフードで隠している。その姿を見るなり、貴族はデスクチェアから転げ落ち、恐怖で腰を抜かしながら叫んだ。
「おまえは……まさか、ストレイ!」
ローラが淡々とした口調で貴族に言う。
「毛織物商人フルファンテ。同業者たちの家畜を毒殺して倒産させ、ずいぶんと恨みを買ってきたようね」
ローラが懐からナイフを取り出して握った。もちろん、あれは収縮するおもちゃのナイフであり、殺傷性はない。
護衛が誰もいない中で、ナイフを片手に詰め寄られ、貴族の男性は声にならない悲鳴を上げる。ローラは一切の情けをかけずに走り出し、貴族に覆いかぶさった。
首元に深々と突き刺さるナイフ。観衆から悲鳴が飛び交う中、ローラは貴族が息絶えるまで刺突を続ける。貴族の首が垂れて動かなくなったところで、ローラは貴族の胸を蹴ってナイフを引き抜き、立ち上がった。
激しく動いた勢いでフードが外れ、ここでローラの顔が露わになる。今まさに人を殺したにもかかわらず、死体を見下ろすローラの顔は冷酷無比を貫いていた。人の血が通っていないと感じさせるほどの表情に、観衆だけでなく、俺たちも思わず唾を呑み込む。
ローラの演技に圧倒されている場合ではない。ここから先は俺たちの出番である。暗転幕が閉じられる中、俺は下手袖で一緒に控えていた男性と準備を始めた。
ローラだけが下手に退場し、部屋の装飾も引割幕によって隠される。次の準備が完了し、マスコロさんの合図で暗転幕が開かれた。
「ちくしょう、またやられた!」
男性が憤りをあらわにしながら先に登場し、俺はその後に続く。
俺は王国に仕える騎士の役で、先に出た男性は俺の上司役だ。二人とも、黒いシャツとズボンの上に、赤と青で彩られたシュールコーを重ねた格好をしていた。本当はチェーンメイルを中に着るべきだが、資金を節約するために黒の衣服で代用している。
横に並んで歩きながら、俺は上司の男性と会話を始めた。
「またストレイの犯行ですか」
「ああ。私室で過ごしていたところに奇襲を受け、喉を一突きだそうだ。そして例に漏れず、遺体の上には一本のアザミが置かれていた」
「アザミ……報復の花言葉を持つ花ですね」
会話が終わるのと同じタイミングで、上手の端まで辿り着く。マスコロさんの合図で引割幕が開かれ、俺たちはそれに合わせて体を反転させる。そうすることで、俺たちが殺人現場に到着したことを演出した。
部屋に入って最初に、俺たちは遠くで転がったままの遺体に注目する。上司が説明していたとおり、遺体の上にはアザミの花が一本。そして、遺体のすぐそばでは、彼の息子役を演じるフトゥーロくんがむせび泣いていた。
遅れて、先ほど気絶させられた執事が部屋に入り、俺たちに事情説明を始める。
「私がフルファンテさまに命じられて、紅茶をお持ちしようとしたときのことです。部屋の外で待ち構えていた犯人に頭を殴打され、私は意識を失いました。黒いコートを着ており、頭はフードで隠していましたが、小柄な少女のように見受けられました」
「なるほど。このナルキッソス王国に最近出没し始めた凶悪犯、ストレイと見て間違いなさそうですな」
上司が相槌を打っていたところ、フトゥーロくんが大きめの泣き声を上げた。全員の注目がそちらに集まる。
「坊ちゃまには合わせる顔がございません」
悄然としてうつむく執事に頭を下げると、俺たちは遺体に歩み寄り、検視を始めようとした。
「お父さんのご遺体を調べさせてもらってもいいかな」
そばにいたフトゥーロくんに、俺から声をかける。フトゥーロくんは泣きじゃくるのを止め、こちらを向いた。
削れそうなほどに歯を食いしばり、目は怒りのあまり血走っている。父を失った悲しみとストレイに対する憎悪が、彼の演技からひしひしと伝わってきた。
「パパを殺したやつに、あんたらが仕返ししてくれるんだよな。絶対に見つけ出して殺してくれよ」
フトゥーロくんの痛切な頼みに、上司はもちろんとばかりに力強くうなずく。その一方で、俺は黙り込み、うつむいたままでいた。
その理由がまだ明かされないまま、引割幕が閉じられる。フトゥーロくんと執事はすり足で退場し、俺たちは引割幕を回り込んで上手から再登場した。そのまま下手へ歩いていくことで、俺たちが帰路に就いているのを演出する。
「血も涙もない極悪人め。何としてもくびり殺してやらねば」
上司が怒りに震えながら呟いたところで、俺はぴたりと足を止めた。遅れて上司が振り返り、俺たちは舞台の中央で向かい合う。
「俺はそうは思いません」
首を振り、俺は上司に対して反論を始めた。
「今回の被害者は、家畜殺しの罪に問われていながら、賄賂により釈放されたと耳にしています。ストレイだけを極悪人とみなすのは間違っているのではないかと」
「ソル、貴様!」
上司が憤慨し、俺の頬を思いきり殴る。俺は勢いのまま床に倒れ、殴られた頬を押さえながら上司を見上げた。
「まだやつの肩を持つつもりか! やつは正義を気取った幼稚な犯罪者だぞ。ばかげたことを言うな!」
鼻息を荒くしながら怒鳴ったあと、上司は踵を返し、俺を置いて下手へと退場していく。よろよろと起き上がって舞台の中央に立ち、俺は語り始めた。
「騎士団は、極悪人だからストレイを捕らえようとしているのではない。この王国にとって、都合の悪い存在だから捕らえようとしているだけだ」
肩を落としながら、俺は台詞を続ける。
「ストレイが現れて以来、王家とつながっていた悪人どもにも等しく制裁が下るようになった。本当にストレイを捕らえるべきなのか、俺はいまだにわからないままでいる」
観客席を見上げ、観衆がひそひそ話をしていることに気づく。どうやら、ローラがほとんど登場しないことを不思議に思っているようだ。ローラの演じるストレイが未知すぎるあまり、どのような人物なのか、想像を膨らませているのだろう。
暗転幕が閉じられ、パグを始めとする裏方たちが場面転換を始めた。民家のオブジェクトを、下手袖からはみ出るように設置し、いったん引割幕で隠しておく。
また、ここで初めて、舞台後方にある大黒幕を使用した。これは、後方の白い壁を隠し、暗闇などを演出するために使う、黒色の幕だ。これを閉じることで、次のシーンにおける夜空を演出する。
その間に、俺は上手へ引き返し、上司役の男性は下手から舞台へ戻ってきた。暗転幕が開かれるまでの間、上司役の男性は俺に申し訳なさそうな顔を向けていた。
気にしなくていいと返す間もなく、暗転幕が開かれる。上司役の男性は急いで演技の顔つきに戻り、上手袖にいる俺に向かって声を張った。
「みなの者、集まれ!」
俺だけでなく、ほかの騎士役も三人ほど、上手から一緒に登場した。咳払いをしたあと、上司は命令を始める。
「とある修道女の家に、ストレイから殺害の予告状が届いたらしい。今夜、われわれの手でその修道女の警備に当たる」
「またやつか」
「自己陶酔もここまで来るとはなはだしい」
上司の命令を聞き、ほかの騎士たちはストレイに対する悪態をつき始めた。上司も全くだと言わんばかりにうなずく。
そして次第に、俺以外の役者たちは話し合う仕草だけをし、言葉を発さなくなった。ここで、俺が周りに反応されないまま一人語りをすることで、俺が考えに耽っている様子を演出するのだ。
「予告状の話に違和感を覚えたのは、どうやら俺だけらしい。自分の首を絞めるような真似を、暗殺者のストレイが好んでするだろうか? それに、これまでの標的たちと違って、今回の標的は特に悪事を働いてなどいない。これらが意味するものとは、一体何だろうか?」
ほかの騎士たちが先に上手へ向かっていく。「何をぼうっとしている」と上司に頭をどつかれることで、俺はわれに返って黙考を止めた。
上司に付いていく形で、俺も上手に退場する。引割幕が開かれ、場面が修道女の家の前に変わったところで、俺たちは一斉に上手から再登場した。
家の玄関前では、修道女役の女性が先に待ち構えている。俺たちを見るなり、その修道女はすがるようにこちらへ駆け寄ってきた。
「われわれが必ずや、あなたの身をお守りしましょうぞ。どうぞご安心くだされ」
上司が胸を張ってそう言うと、次にうっとうしそうな目で俺を睨みながら命令した。
「おい、おまえは標的と家の中にこもっていろ。同情しているようなばかはいるだけ邪魔だ」
しぶしぶ返事すると、俺は家のドアを開け、修道女を連れて中へ入っていった。
俺たちがいなくなったところで、上司は意気揚々と会話を始める。
「これだけ警備の数がいれば、こそこそとしか動けんストレイも手が出せまい」
「そうですね」
部下二人も、返事とともにへらつき始めた。
そのすぐ横にいるあと一人の騎士は、特に反応を示さない。相槌を打つでもなく、へらへらと笑うでもなく、ただ黙って上司を見つめるばかりだ。
上司たちが油断しきっていたところ、事件は唐突に発生する。不意に、黙していた騎士が腰の剣を抜き、上司の喉をためらいなく掻っ切ったのだ。ナイフに続き、剣も刃のないただのレプリカなので、これで傷が付く心配はない。
上司が喉を押さえながら声にならない声を上げ、崩れ落ちる。部下の二人もすぐに剣を抜こうとするが、敵のほうが速い。先に一人の胸を斬り、事切れたそれをもう一人に突き飛ばし、怯んだところを頭から叩き斬った。
上司たちが息絶えて動かなくなったところで、ようやく男はへらへらと嘲笑う。どうやらここで、観衆も次々に勘づいていったようだ。騎士に扮していたこの男こそが、ストレイを騙って予告状を送りつけた真犯人であると。
死体となった上司の頭を踏んづけ、男は語り始めた。
「おまえら騎士団の統制が甘いおかげで、騎士になりすますのはいたって簡単だったぞ。あとは、家にいる標的たちを殺せば、俺の勝ちだ。罪のない人間をも殺したとなれば、ストレイの面目も丸つぶれだろうからなあ。やつを失脚させねえと、殺しの仕事が奪われて稼げなくなっちまう」
剣先をべろりとなめ、男は愉悦に満ちた顔で玄関へ向かおうとする。だが次の瞬間、男はある気配に気づいて足を止め、上を見上げて叫んだ。
「ストレイ……!」
男の一言に釣られ、観衆も歓声とともに、家の屋根に注目する。屋根の上には、一人の少女が立っていた。黒いコートを羽織り、冷酷な顔で男を見下ろしている――ストレイの再登場だ。
ローラが屋根の上に立てるよう、民家のオブジェクトには細工をしてある。裏側に階段状の足場を作り、屋根の上まで上らせることで、この演出を実現させた。
男が次に何か言うより先に、ローラが屋根から飛び降りる。突然の行動に観衆は息を呑んだが、黒衣を着たパグに支えられているので、心配は無用だ。
とはいえ、裏方の姿が少しでも観衆の目に映れば、劇の世界観を壊しかねない。民家のオブジェクトに腕が重ならないようにするなど、このシーンは特に練習を重ねている。観衆が変わらず夢中になっているあたり、パグは本番でも上手くやってくれているようだ。
パグが足場を下りきって両手を放し、ローラが勢いのまま男に覆いかぶさる。男は床に叩きつけられ、衝撃のあまり剣を取り落としてしまう。
武器がなくなった男の胸を踏んづけ、ローラがナイフを取り出して突きつける。男は焦りを募らせながら許しを請い始めた。
「わ、悪かった。俺の負けだ。もうおまえに逆らうような真似はしねえ。だから……」
ローラは一切容赦しない。躊躇なくナイフを振り下ろし、男の喉仏を刺し貫く。二度、三度、四度。男が白目を剥いて息をしなくなるまで、ローラは刺突を繰り返した。
だらんと首が垂れたところで、ローラがようやく男から離れ、立ち上がる。足下に転がる死体の数々を、ローラは眉一つ動かすことなく見つめた。もはやその姿は、粛々と魂を刈り取る死神と呼ぶにふさわしい。
ローラがコートの内ポケットから一本のアザミを取り出し、男の死体の上に乗せる。次に、ローラがその場を去ろうとしたタイミングで、俺はマスコロさんから合図を受け取った。玄関の扉を開けて家を飛び出しながら、俺は大声でストレイを呼び止めた。
「ストレイ!」
ローラがくるりとこちらを向く。敵意や殺意があるのかないのか、そもそも何を考えているのか、その表情からは一切の感情が読み取れない。
面向かって対峙するソルは、相当な恐怖を覚えているはずだ。それでもソルには、ストレイを改心させたいという願望が芽生えている。ここで恐怖に打ち勝たなければ、自身の願いを果たすことはできない。
俺はぎゅっと拳を握り締め、振り絞るような声でローラに言った。
「おまえは根っからの悪じゃない。おまえのような人間が騎士になれば、今まで裁かれなかったやつらにも、正しい裁きを下すことができる。だから……もう犯罪に手を染めるのは止めてくれ。おまえが人を殺すのを、俺はこれ以上見たくない」
向こうは口を閉ざしたまま、まっすぐこちらを見つめている。リハーサルで何度も目にしてきたはずだが、やはりローラの演技は迫力がすさまじい。胸の内が一切読めない死神を前に、俺は演技であっても呑まれ、立ち竦んでしまう。
「……標的を守らなくていいの?」
ようやくローラが口を開き、張り詰めた空気がほんの少しだけ緩んだ気がした。心配してくれているのかとばかりに俺は目を丸くしたが、そうではない。
「標的、家に残したままなんでしょう? 今まさに、私の仲間が標的を殺しに向かっているかもしれないわよ」
彼女の言葉を聞き、俺、もといソルは苦悩する。ストレイの言葉が嘘か実かを確かめるには、標的のもとへ向かうしか方法はない。ストレイを説得して改心させたいが、私情のために任務を放棄し、標的を見殺しにするわけにはいかない。
ソルの揺らぎに揺らいだ心を、俺は表情にしわや歪みといった形で投影させる。そして、長い葛藤の末、ついに決心した。踵を返し、標的の護衛を優先することにしたのだ。
駆け足で玄関に向かい、扉を開け、家の中に入る形で俺は退場する。いくつもの死体が転がる中、一人その場に佇むローラ。シーンがクライマックスを迎えたところで、バトラーさんによるピアノの演奏が始まる。
今回は曲を奏でることはない。ゆったりとした一定のリズムで、音階をずらして鳴らしていくだけだ。その不規則な音色が、一切の感情を見せない彼女の不気味さを助長させる。
一人だけになっても、独り言すら呟かないローラ。くるりと踵を返し、静かで恐ろしい音色とともに退場していく。ゆったりとしたその足取りは、衝突や殺人を経てもなお、揺らぐことのない彼女の心を示していた。
上手袖に辿り着き、ローラが身を隠したところで、暗転幕が閉じられる。基本、公演中は私語を慎まなければならないのがマナーだ。それでも興奮冷めやらぬようで、観衆がストレイのことでひそひそと話しているのが聞こえてきた。
謎に満ちたストレイについて考察をもたらせただけでも、俺としては十分な成功だ。しかし、まだ最後のシーンが残っている。パグたちが場面転換をしてくれている間に、俺は騎士役の人たちと上手で横一列に並んだ。
程なくして、パグたちのほうも準備を終えてくれた。下手には、色とりどりの花に囲まれた、三基の棺が並んでいる。無論、ストレイの偽者に殺された騎士たちの墓だ。
暗転幕を開くより先に、俺が声を張り上げる。
「結局、標的がストレイの仲間の手によって殺されることはなかった」
俺が台詞を言い終えたタイミングで、暗転幕が開かれる。俺たちは胸に手を当て、殉職した騎士たちに敬意を表し続けた。それにより、今が葬儀の最中にあることを示す。
だが、隣にいる騎士たちが喋ることはない。俺だけが心情を口にすることで、ソルが思い耽っているのだと観衆に理解させた。
「帰還後、俺は今回の犯行が、殺された偽者によるものであったことを、王に伝えた。ストレイ、おまえに暗殺を止めてほしいという俺の想いは、今も変わらない。願わくば、更生して正しい道を歩んでいってほしい。そのためにも、俺は必ずおまえを見つけ出し、捕らえてみせる」
決心とともに、俺は殉職者たちへの黙祷を終える。ほかの騎士たちも同様に止め、俺たちは一斉に上手へ退場していった。
最後に、観衆へさらなる考察の種を与える。俺たちがいなくなったあと、下手から、アザミの花束を抱えたローラが姿を見せたのだ。
口を閉ざしたまま、変わらぬ表情のままで、ローラは俺たちの去っていったほうを見つめる。しばらくの沈黙のあと、ローラは踵を返し、静かに退場していった。
最後に誰もいなくなったところで、緞帳がゆっくりと閉じられる。俺たちの演劇が閉幕した。
ばらしを始めようとした瞬間。観客席から、耳を打つほどの拍手喝采が聞こえ、俺たちは度肝を抜かれる。最初のころから評価がひっくり返ったとはいえ、ここまで大勢から称賛されるとは思ってもみなかった。
これも、最後までやり遂げてくれたみんなのおかげだろう。特に、ミステリアスな役を全うしたローラ、難しいシーンを乗り越えたパグ、二人には頭が上がらない。
カーテンコールに応じ、俺たちは横一列に並んでから緞帳を開く。みんなで一礼すると、吹雪の激しさに勝るとも劣らないほどの歓声を浴び、思わず怯んでしまった。
「舞台監督兼主演、ローラ・ヴェラミンテ!」
司会のアナウンスを受け、ローラが前に躍り出てお辞儀する。さすがはチーノに並ぶほどの人気を得ているだけあり、ただでさえ大きかった歓声がさらにこだました。
隣で感心していたところ、司会が次のアナウンスを始める。
「脚本兼主演、アスーム・ジェンキンス!」
その言葉を聞き、予想外にも観衆の声が弾んだ。
「脚本ということは、あのストレイを生み出した人物か!」
「この劇の面白さは、脚本ありきと言っても過言じゃない!」
「主演の騎士も務めていたのね! あなたもすばらしい演技だったわ!」
俺は一生、ローラよりも喝采を浴びることはないと思い込んでいた。だからこうして、観衆からこれ以上ないほどの称賛を受け、俺は驚きのあまり立ち尽くしてしまう。
不意に、マスコロさんが俺の背中を思いきり叩いて言った。
「行ってこいよ。みんな、おまえさんのカーテンコールを待ち望んでいる」
マスコロさんだけでなく、みんなも俺に笑顔を向け、後押ししてくれている。俺はみんなの期待に応えようと、勇気を出して一歩躍り出た。
ローラの隣に立つと、ローラが満面の笑みで出迎えてくれる。俺が称賛されていることを、ここにいる誰よりも喜んでくれているように感じた。
お互いに手を握り、両手を上げて観衆の称賛に応じる。輝かしいばかりのスタンディングオベーションが、俺の胸を打ち、奮い立たせた。
同時に、自分の本心にようやく気づく。俺はローラに少しでも追いつき、共に称賛されることを望んでいたのだ。
この先もずっと、今日のカーテンコールは俺の胸に刻まれ続けることだろう。拍手が止むまでの間、俺はローラの隣に立てた喜びをしみじみと噛み締めた。




