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元勇者だけどたまに猫になる魔王と一緒に暮らしてレストランやってます。この関係は誰にも言えません  作者: 甘城ソウヤ
第3部:魔界の足音と、揺るがぬ白き城

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第71話 『新時代の承認と、帰るべき窓際の席』

 闘技場を包む極限の静寂。

 翁が深く息を吸い込み、剣を構えた。その枯れた肉体から、魔界の歴史そのもののような重圧が膨れ上がる。


「若き王よ。これが、最後だ」


 翁の眼差しが、研ぎ澄まされた殺気そのものへと変質した。


「先代様の剣を、受けてみよ」


「はぁぁぁっ!!」という圧倒的な気迫と共に、翁の姿がブレる。先代魔王から受け継いだ『完全なる秘剣』が、老齢とは思えぬ一切の無駄がない軌道と神速でディアボロへと迫った。


 迫り来る完璧な刃を前に、ディアボロは一瞬だけ目を閉じた。刹那、彼の瞼の裏に焼き付いていたのは、ただ一つ『群青の光』だった。


 その光を胸にディアボロは、深く、揺るぎない笑みを刻み、目を開く。


「ぬぅぅぅんっ!!」


 己の在り方を決めた黒鋼の剣で、迫る秘剣を真っ向から迎え撃つ。


 ガギィィィンッ!!!!


 闘技場全体を大きく揺るがす轟音と、激しい火花が散る。凄まじい衝撃波が観客席へと押し寄せ、貴族たちが悲鳴を上げて伏せる。


 だが、最前列に立つアルフレッドだけは、絶対に目を逸らさなかった。吹き荒れる強風に前髪を乱されながらも、微動だにせず、真っ直ぐに二人の激突を見据え、立ち続けている。


 やがて、ゆっくりと土煙が晴れていく。


 闘技場の中央。二人は剣を交差させたまま、ピタリと静止していた。


「……っ」


 翁が、小さく息を呑む。彼の足は、ほんの「半歩」だけ、後ろに下がっていた。

 孤独であるがゆえに完璧だったはずの先代の剣が、一人ではない「新しい王の剣」に押し負けたのだ。

 そしてカラン、と翁の剣が床に落ちる。

 翁は己の敗北と、永きにわたって抱き続けてきた信念の崩壊を悟った。


 ディアボロは息を乱すことなく、前を見据えたまま、スッと黒鋼の剣を鞘に納める。翁もまた、ゆっくりと剣を拾い、納めた。


「……負けた」


 その静かな宣言が、闘技場に響き渡った。


 決着を見届けた翁は、扉の前に立つルルへと歩み寄った。


「ルル……お前は、戻らぬのか」


 寂しげに問う祖父を見上げて、ルルは無表情のまま、静かに事実だけを告げた。


「魔王様、さびしくない。だから、勝った」


 そして、彼女は小さく首を振った。


「私、あの店に通う」


 自らの意志で『キッチン・ブラン』に通うことを選択した孫娘。その言葉を聞いた翁は、憑き物が落ちたように、静かに笑った。


「……そうか。お前が、選んだのだな」


 過保護に囲い込み、鳥籠に閉じ込めていたはずの至宝。その自立と成長を認め、翁は優しくルルの頭を撫でた。


「……行け。お前の居場所に」


「うん」


 ルルは小さく頷き、ここで初めて、口元に微かな笑顔を見せた。


 翁が、ディアボロへと向き直る。その皺だらけの顔からは、かつての冷徹な強硬派の面影は消え、穏やかなものになっていた。


「……時代は、進んだ」


 翁はゆっくりと、闘技場の石畳に恭しく膝をついた。


「孤独を終わらせた王よ。その選択が正しかったと、いずれ証明せよ」


 そして、観客席の貴族すべてに響き渡る声で、高らかに宣言する。


「私は、ディアボロを承認する。新しき時代の魔王として」


 保守派の貴族たちがざわめく。だが、彼らのトップである翁の決定は絶対だ。一人、また一人と膝をつき、やがて闘技場の全員が、新しい魔王に対して平伏した。


 観客席の隅。息を呑んで見守っていたルシウスが「……終わりました」と短く呟き、手にした鉄の算盤を静かに置く。


「あぁぁ……胃が……やっと落ち着きますぅ……」


 その隣で、限界を迎えていたゼノンが、安堵のあまりべちゃ、と床へと溶け落ちていった。


 立ち上がった翁が、去り際にディアボロを見つめて告げる。


「だが、新時代の王よ。いずれ、人間と魔族、この世界全体を揺るがす『より大きな試練』が来る。その時、お前の選択が真に試される……私は見定めることとしよう」


 大きな予言を残し、翁は静かに闘技場を去っていった。


 闘技場から玉座の間へと戻ってきた、ディアボロとアルフレッド。広い空間には、二人だけしかいなかった。


 ディアボロは、部屋の最奥に鎮座する孤高の象徴たる「玉座」にはもう座らなかった。ただ、窓の前に立ち、魔界の空を眺めている。


「……お疲れ様でした」


 アルフレッドが、背中越しに声をかける。


「……ふん」


 ディアボロは短く返し、そのまま少しの間、沈黙した。やがて、彼は窓の外を見たまま、ポツリとこぼした。


「……アルフレッド」


「はい」


「……貴様の茶を飲みたい。あの席で」


 ディアボロの不器用すぎる本音に、アルフレッドは小さく笑った。


「……はいはい。言い出すのが遅いですよ、マスター」


 窓の外。魔界の分厚い暗雲が切れ、少しだけ空が明るくなっている。


「……行くぞ」


「はい」


 二人は並んで、重厚な玉座の間を後にした。


 一方、玉座の間の隅。そこには、無表情で立つルルと、その傍らで頭を抱え込むギャレットの姿があった。


「ま、待てよ……。ルルがあの店に通い続けるってことは、俺はまた魔界と行ったり来たりで……俺は永遠に避雷針かよおおお!?」


「よろしく。ギャレット」


 嫌すぎる事実に気づいた大泥棒の悲痛な叫びが、空しく魔王城に響き渡る。


 こうして、魔界の歴史を揺るがした政変は、騒がしくも温かい日常への帰還を告げる形で、幕を閉じたのだった。

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