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元勇者だけどたまに猫になる魔王と一緒に暮らしてレストランやってます。この関係は誰にも言えません  作者: 甘城ソウヤ
第2部:英雄たちの休日と、黄金の再会

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第54話 『崩れ去る影と、呪いの予言』

「……エラー。対象BおよびCの連携行動、予測パターンに該当なし」


 ハウンドの無機質な声に、焦燥の色が混じり始めた。

 彼の視界には、黄金の盾と黒い包丁が、まるで一つの生き物のように交互に迫りくる光景が映し出されていた。


「遅い!」


 ガイルが盾でハウンドの視界を塞ぐ。その死角から、アルフレッドが滑り込む。

 ハウンドは後退して回避を試みるが、その足元には既に、ガイルが斬り崩した石畳の破片が転がっていた。


「足場は悪いぞ」


 アルフレッドが笑う。

 それはかつて魔王城で幾度となく見せた、不敵な勇者の笑み。

 体勢を崩したハウンドの懐に、アルフレッドが踏み込む。殺すためではない。その動きを、完全に止めるために。


「もらった」


 アルフレッドの包丁の峰が、ハウンドの鳩尾に深々と突き刺さった。同時に、ガイルの盾がハウンドの背中を強打する。前後からの同時衝撃。


「が、はっ……!?」


 ハウンドの巨体がくの字に折れ、膝から崩れ落ちた。装甲に亀裂が走り、その瞳から光が消える。


「……システム、ダウン。……任務、遂行不能」


 最強の兵士は、糸が切れた人形のように沈黙した。

 数値と効率だけで組み上げられた強さは、信頼と、阿吽の呼吸の前に敗れ去ったのだ。


「……ふむ。駒遊びは終わりのようだな」


 広場の奥で、ヴァレリウスが静かに呟いた。

 彼は慌てる様子もなく、灰色のスーツの埃を払い、モノクルの位置を指先で直した。だが、その顔色だけは、頭上を覆う魔王の闇に、確実に奪われていた。


「計算外だ。これほど非効率で、感情的な要素が、私の完璧な数式を上回るとはね」


「貴様の計算に、誰かの顔があるのか?」


 アルフレッドが包丁を肩に担ぎ、ヴァレリウスを見据える。その横にはガイルが剣を構え、背後には絶対的な魔力を放つディアボロが、愉悦と軽蔑を浮かべて浮遊していた。


「さて、人間。教育の時間だ」


 ディアボロが指を弾く。それだけで、ヴァレリウスの周囲の重力が倍増したかのように、彼は地面に縫い付けられた。


「ぐっ……!?」


 ヴァレリウスが膝をつく。プライドの高い彼にとって、これ以上の屈辱はない。


「貴様は管理だの秩序だのとほざいていたな。だが、見ろ。貴様が誇る『計算』とやらで、今の我を止められるか?」


 ディアボロが片手をかざす。空を覆う黒いオーラが収束し、ヴァレリウスの目の前で小さな、しかし高密度の黒球となる。それは、触れれば王都ごと消滅しかねないほどのエネルギーの塊だった。


「ひ、っ……」


 ヴァレリウスの喉から、理屈を超えた恐怖の音が漏れる。


「秩序だと? それは我が許しているから存在しているに過ぎぬ。……くだらぬ計算機風情が、世界の主を気取るな」


 ディアボロは黒球を握りつぶし、霧散させた。殺しはしない。ただ、彼が信じていた「管理された世界」という幻想を、圧倒的な暴力という現実で粉々に砕いたのだ。


「……チェックメイトです、ヴァレリウス」


 ルシウスが冷徹に告げる。


「貴方の部隊は無力化されました。ジャミング装置も破壊済み。そして何より、貴方の掲げる正義は、今ここで否定されました」


「否定? ……いいや、違うね」


 ヴァレリウスは膝をついたまま、震える手でモノクルを直し、薄い笑みを浮かべた。その目は、敗北者とは思えないほど冷たく、底知れない光を宿していた。


「見てみたまえ、彼らを」


 ヴァレリウスが視線を動かす。

 広場の外縁では、騒ぎを聞きつけた王都民たちが、不安そうにこちらを覗き込んでいる。聖騎士たちが彼らを制止しているが、その目には恐怖の色が浮かんでいた。


「彼らが求めているのは『英雄』ではない。『安心』だ。今日、私が敗れたことで、王都の治安維持システムは一時的に機能不全に陥るだろう。……その混乱と恐怖を、君たちは背負えるのかね?」


「背負うさ」


 答えたのは、ガイルだった。彼は兜を脱ぎ捨てたままの顔で、真っ直ぐにヴァレリウスを睨んだ。


「私が騎士である限り、民の不安も、恐怖も、全て背負って剣を振るう。それが、私が選んだ道だ」


「……泥臭い精神論だ。だが、今はその熱量が勝ったと認めよう」


 ヴァレリウスは両手を挙げ、抵抗の意志がないことを示した。

 駆け寄ってきた聖騎士たちが、彼を取り押さえ、魔封じの手錠をかける。王国の闇を支配していた男の、あまりにあっけない幕切れだった。


 だが、連行される直前。ヴァレリウスは足を止め、アルフレッドの方を振り返った。


「アルフレッド。……いや、かつての勇者よ」


 ヴァレリウスの唇が歪み、呪詛のような言葉を紡ぐ。


「君は戻ってきた。再び表舞台に立ち、喝采を浴びるだろう。……だが、覚えておきたまえ」


 彼はモノクルの奥で目を細め、広場に集まった王都民たちへと視線を流した。

 そこには、復活した勇者と聖騎士を見て、歓声を上げ始めている人々の姿があった。「勇者様だ!」「これで安心だ!」「勇者様の隣に、魔王が……?」


「民衆というのは、無責任なものだ。彼らは今日、君を神のように崇めるだろう。だが、明日、君が彼らの期待を少しでも裏切れば……その掌は一瞬で返る」


 ヴァレリウスの声が、アルフレッドの耳にだけ届くように低く響く。


「英雄への熱狂は、いつか必ず『依存』と『憎悪』に変わる。……平和な世界にとって、君のような規格外の力は、いずれ邪魔な異物になるのだよ」


「……何が言いたい」


「予言をしておこう。……英雄は、いつか必ず自分の信者に殺される」


 ヴァレリウスは、笑わなかった。

 ただ、何かを”計算し終えた者”のように、静かに目を細めただけだった。

 そうして彼は、騎士たちに引かれていった。


「英雄は、信者に殺される……」


 アルフレッドはその言葉を反芻し、熱狂する群衆を見た。無邪気な歓声。だが、その期待の重圧は、かつて彼が感じていた「息苦しさ」そのものだった。

 また、あの孤独な戦いが始まるのか。期待に応え続け、裏切られる恐怖に怯える日々が。


 アルフレッドの背筋に、冷たいものが走った。その時。


「……おい、アルフレッド」


 背後から、不機嫌そうな声がかけられた。振り返ると、ディアボロが腕を組み、つまらなそうに鼻を鳴らしていた。


「いつまで呆けている。……腹が減ったぞ」


 その一言で、アルフレッドの肩から力が抜けた。そうだ。ここはかつての戦場ではない。隣には、自分を勇者としてではなく、一人の「料理人」として見てくれている、この傲慢な魔王がいる。


「……まったく。あんたって人は、本当に空気の読めない魔王ですね」


「何を言う。空気を支配するのが王の務めだ。……さあ、帰るぞ。今日の働きに見合うだけの、極上のメシを用意しろ」


「はいはい。……ガイル、お前も来るだろ?」


 アルフレッドが声をかけると、ガイルは涙ぐんだ目で大きく頷いた。


「もちろんだ! ……また、あのハンバーグが食えるんだな!」


「ポテも作ってくれ! わしも腹ペコじゃ! イテテ……」


 いつの間にか、腹部に包帯を巻いた姿のグレゴリウスも混ざっている。さらに、物陰からはエレンが顔を赤らめてこちらを覗き、リディアが屋根の上で手を振っていた。

 ルシウスはゼノンと共に、静かに一礼して闇へと消えていく。彼らなりの後始末があるのだろう。


「……そうだな。帰ろう」


 アルフレッドは包丁を収め、広場を後にした。

 ヴァレリウスの予言は、確かに怖い。だが、今の彼には、「英雄」という肩書よりも大切な、「キッチン・ブランの店員」という居場所があった。


 崩れ去った闇の後に残ったのは、不格好だが温かい、彼らの「食卓」への帰り道だった。

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