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元勇者だけどたまに猫になる魔王と一緒に暮らしてレストランやってます。この関係は誰にも言えません  作者: 甘城ソウヤ
第2部:英雄たちの休日と、黄金の再会

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第52話 『黄金の再会と、無音の風』

「……誰だ」


 ハウンドの警戒心が、最大レベルへと引き上げられた。

 石畳に突き刺さったフォーク。その投擲の威力、角度、タイミング。どれをとっても、ただの王都民に可能な芸当ではない。


 路地裏から現れたのは、漆黒のコックコートに身を包み、顔を白い布巾で隠した男だった。彼はゆっくりと、しかし一切の迷いがない足取りで、処刑場と化した広場の中心へと歩み寄ってくる。


「……店員、殿……?」


 ガイルが掠れた声で呟く。なぜ、彼がここにいる。

 ここは戦場だ。料理人が来ていい場所ではない。だが、その男の纏う空気は、ガイルが知っている「温和な店員」のものとは決定的に異なっていた。


 鋭く、重く、そして静かだ。


「警告する」


 ハウンドが冷徹に告げた。


「貴様が何者かは知らん。だが、これ以上の介入は『治安維持局への反逆』とみなす。即時撤退せよ。さもなくば――」


「さもなくば、殺すか?」


 布巾の下から、低い声が響いた。男は止まらない。

 ハウンドとの距離、あと十メートル。


「……いいだろう。排除する」


 ハウンドの姿が掻き消えた。

 身体能力強化魔法による超高速機動。人間の動体視力を超える速度で懐に潜り込み、手刀で心臓を貫く――それがハウンドの必勝パターンだ。


「危ないッ!」


 ガイルが叫ぶ。

 だが、男は動かなかった。避ける素振りすら見せない。

 ハウンドの指先が、男の喉元に迫る。


 その、刹那だった。


 世界から、音が消えた。


 男の手が、顔を覆う白い布巾にかかった。守るためではない。隠れるためでもない。ただ、親友の前で胸を張るために。


 バッッ!!


 男が布巾を力強く引き剥がした。風が吹いた。白い布が高く、高く舞い上がり、太陽の光を浴びて輝く。


 その下から現れたのは。


 短く切り揃えられた金髪。強い意志を宿した、澄み切った群青の瞳。

 そして、かつて世界を救った時と変わらない、不敵で、どこか悪戯っぽい笑み。


「――っ!?」


 ハウンドの動きが、驚愕でコンマ一秒遅れた。その隙を見逃すような男ではない。


 ガギィィィンッ!!


 金属音が遅れて炸裂した。

 ハウンドの突きを、男が逆手に持った「黒い刃」で受け止めていた。それは剣ではない。魔界の鋼で打たれ、料理人の魂が込められた、一本の肉切り包丁だ。


「……硬いな、お前の手は。肉を叩くのには向いてなさそうだ」


 男――アルフレッドは、涼しい顔でハウンドの攻撃をいなすと、強烈な蹴りを腹部に叩き込んだ。


 ドゴォッ!


「ぐっ……!?」


 あの大男ハウンドが、またたく間に後方へ弾き飛ばされ、石畳を削って静止した。

 広場にいる全員が、信じられないものを見る目で、その男を凝視していた。


 アルフレッドは、ゆっくりと息を吐き、舞い上がっていた白い布巾が地面に落ちるのを横目で見送った。そして、呆然と座り込むガイルの方へと振り返る。


「……よお、ガイル。遅くなって悪かったな」


 その声。その顔。その、太陽のような笑顔。

 ガイルの脳裏で、二つの記憶が重なった。路地裏で料理を作る、猫背気味の店員。そして、かつて背中を預け合い、共に死線を潜り抜けた無二の親友。


「……嘘、だろ……」


 ガイルの声が震える。涙が、溢れて止まらない。信じられない。けれど、信じたい。

 ずっと、この瞬間を待っていた。


「……アル……フレッド……?」


「ああ。久しぶりだな、泣き虫ガイル」


 アルフレッドは、小麦色の腕で包丁を弄びながら、肩をすくめて見せた。


「店員殿でも、クロスマンでもない。……俺は、アルフレッドだ」


「な、なぜ……なぜ、生きて……いや、なぜ隠れて……!」


「色々あったんだよ。……でもな、もうやめた」


 アルフレッドは、まっすぐにガイルを見据えた。


「守るためとか、店のためとか、言い訳するのはもう終わりだ。……俺が、もう隠れて生きたくなかったんだ。お前の前で、胸を張れない生き方は、死んでるのと同じだからな」


 その言葉は、ガイルの胸に熱く突き刺さった。そうだ。こいつはこういう男だ。馬鹿で、お人好しで、誰よりも「勇者」だった。


「……馬鹿野郎……!」


 ガイルは涙を拭い、剣を杖にして立ち上がった。足の震えはもうない。絶望は消えた。隣に、最強の男がいるのだから。


 ハウンドがゆらりと立ち上がった。彼は懐から小さな水晶板を取り出し、それを片目に当てると、アルフレッドの顔を凝視した。

 水晶板の表面に、無数の幾何学模様が高速で走る。


「……生体データ照合開始。骨格、魔力波長、声紋パターン……」


 ハウンドが無機質な声で呟く。これまで「死亡」として処理されていたデータと、目の前の男の情報を突き合わせる作業。数秒の沈黙の後、水晶板が赤く明滅した。


「……一致率99.9%。……確定」


 ハウンドが水晶板を握りつぶした。その表情からは余裕が消え、明確な警戒色が浮かんでいる。


「……対象B、アルフレッド。生存を確認」


 ハウンドの合図と共に、周囲の『掃除屋』たちが一斉に武器を構えた。数にして五十。対するは、包丁を持った料理人と、満身創痍の騎士。


 だが、二人の顔に不安はなかった。


「……行けるか、ガイル」


「愚問だ。……今の私は、空腹ではないからな!」


 ガイルが剣を構える。アルフレッドが包丁を構える。背中と背中が、当然のように吸い寄せられ、ピタリと重なった。


「背中は任せたぞ、勇者!」


「ああ。ランチタイムの忙しさに比べれば、こんなの準備運動にもならないさ!」


 黄金の再会。止まっていた時間が、爆発的な熱量を持って動き出した。二人の英雄が並び立つ時、王都の風向きが変わる。


 無音の風は去り、今、反撃の嵐が吹き荒れようとしていた。

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