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元勇者の俺、魔王が経営するレストランで働くことになりました  作者: pakipaki
第1部:魔王と勇者のホワイトな職場
23/23

第23話 『メイドの帰還と、黒と金の独占欲』

連休なので、22日と23日は毎日2話づつ更新予定です。(8時、22時)

よろしくお願いします。

※23日2話目

 王都の職人街に、爽やかな朝の光が降り注いでいた。白い壁が眩しい『キッチン・ブラン』の厨房では、俺、アルフレッドが開店準備の最終確認に追われていた。


「よし、パンの仕込みも完璧だ。……しかし、この服、やっぱり少し気恥ずかしいな」


 俺は、サルトルに仕立て直されたばかりの漆黒のコックコートの襟元を、無意識に触った。魔界の高級素材『影織りサテン』は、驚くほど軽く、それでいて俺の動きに馴染んだ上に吸い付くような素材感があって楽に行動できるようだ。

 袖をいつものようにグイと捲り上げれば、計算し尽くされたカッティングが、鏡の中の俺の小麦色の前腕の筋肉をこれでもかと強調していた。


「何をニヤついている、下僕。鏡を見る時間は終わりだ。客が来るぞ」


 カウンターの定位置で、優雅に脚を組んで座るマスターが言った。彼は元の長身に戻り、新品同様に輝く燕尾服を完璧に着こなしている。その機嫌の良さを証明するように、燕尾服の長い裾が、椅子の背後でパタパタと、まるで猫の尻尾のように楽しげに空気を撫でていた。


「別にニヤついてなんていませんよ。……マスターこそ、随分と裾が動いてますね」


「ふん、これは新しい服の生地の馴染みを確認しているだけだ。……それより、来るぞ。あの騒がしいメイドがな」


 カランカラン、と軽やかなベルの音が店内に響いた。


「おはようございまーす! 週に一度の、レンが参りましたっ!!」


 扉を勢いよく開けて入ってきたのは、エレン、もとい、この店でメイドとして働く「レン」だった。彼女はいつものように献身的な笑顔を浮かべ、元気よく店内へ踏み込み……そして、カウンターの中に立つ俺の姿を見た瞬間、石像のように硬直した。


「……おはよう、レン。今日もよろしくな」


 俺がいつものように小麦色の腕を振って挨拶すると、レンの顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。彼女の手から掃除用のハタキが滑り落ち、その大きな瞳は、俺の胸元から捲り上げた二の腕にかけて、食い入るような勢いで往復した。


「あ……あぅ……ア、アルフレッド様……? え、その、お召し物が……」


「ああ、これか? 昨日いろいろあってさ。サルトルっていう服飾師に新しく作ってもらったんだ。……どうかな、変じゃないか?」


 俺が少し照れながら、小麦色の腕で頭をガリガリと掻いたその時だった。レンの鼻から、一筋の鮮血がたらりと流れた。


「ちょっ、レン!? 鼻血!? 大丈夫か!?」


「あ、ああああ……ダイジョウブ、大丈夫なんですアルフレッド様!! ただ、あまりの視覚的暴力……いえ、あまりの神々しさに、私の聖なる血液が私のパッションとともに肉体から溢れ出しただけで……!!」


 レンはハンカチで鼻を抑えながら、ふらふらとあとずさった。彼女の脳内では、今まさに「小麦色の肌×漆黒の魔界素材×鍛え上げられた筋肉」という禁断の掛け合わせが、聖女としての理性を木っ端微塵に破壊していた。


(何ですかあの破壊力は!? 漆黒の生地が、アルフレッド様の小麦色の肌をより一層艶やかに引き立てて……しかもあの金糸の刺繍、動くたびに筋肉のラインをなぞるように光るなんて、サルトルさん、あなた天才ですか!? 全力で寄付したい!! 聖教会の予算を全額ぶっ込みたい!!)


 レンは心の中で絶叫し、跪いて天を仰いだ。週に一度しかアルフレッドを見られない彼女にとって、今のアルフレッドは「尊さの致死量」を超えていた。しかし、彼女の鋭い「聖女の眼」は、ある決定的な事実に気づいてしまう。


「……? 待ってください。その、アルフレッド様の襟元と袖口の刺繍、それにボタンの意匠……」


 レンの視線が、俺の隣で悠然と茶を啜るマスターへと移る。マスターの燕尾服の襟元。そこに施された、銀色に輝く魔界の文様。それは、俺のコートに刻まれた金糸の刺繍と、全く同じ曲線を描いていた。


 さらには、俺の腰回りのカッティングと、マスターの燕尾服のライン。一見別物に見えて、二人が並んで立つと、まるで一つの大きな翼を形作るような、完璧な対比構造ペア・ルックになっていたのだ。


「……ま、マスター」


 レンの声が、地を這うような低音に変わった。


「何だ、メイド。鼻を拭け、不潔だぞ」


「……その、アルフレッド様とお揃いのデザイン……それは一体、どういう風の吹き回しでしょうか?」


 レンの背後から、聖女としての神聖な威圧感が、負のオーラとなって立ち昇る。彼女の瞳には、明らかに「嫉妬」の二文字が刻まれていた。


「お揃い? ふん、サルトルが勝手にやったことだ。我の隣に立つ者に、我が権威の一部を分け与えるのは当然の配慮であろう。下僕が我が色に染まるのを、貴様に口出しされる覚えはない」


 マスターはそう言うと、わざとらしく燕尾服の裾をパタパタと揺らし、俺の隣に一歩歩み寄った。その動作は、まるで「この男は我のものだ」と誇示しているかのようだった。


「……マスター、性格が悪すぎます。アルフレッド様を自分専用の装飾品のように扱うなんて……! その役目は、本来、私のような熱狂的なファンが……いえ、献身的なメイドが担うべきものなのに!!」


「ほう、ならば貴様に、この魔界の至宝を縫い合わせる技術があるのか? 貴様の安っぽいメイド服を、アルフレッドの小麦色の肌に合わせるというのか? 滑稽だな」


 マスターの冷徹な挑発に、レンの額に青筋が浮かぶ。二人の間に火花が散り、店内の空気は一触即発の事態となった。


「二人とも、喧嘩はやめてくれよ。……ほら、レン。掃除を始めるんだろ? この服を汚したら、サルトルさんに怒られちゃうし、今日の掃除はまかせるよ」


 俺が困り顔で、レンの肩に小麦色の手をポンと置いた。その瞬間、レンの怒りは一瞬で霧散し、再び「ぽわぁ……」とした恍惚の表情に戻った。


「ひゃ、ひゃい!! アルフレッド様に触れられた……!! このコックコートの生地、魔力を帯びていて、触れるとアルフレッド様の体温がよりダイレクトに伝わってくる気がします……!! ありがとうございます、この制服を承認したマスター、今日だけは感謝します!!」


 レンはハタキを握りしめると、凄まじい速度で店内の掃除を始めた。鼻血を拭いながら、時折、俺の二の腕をチラ見しては「尊い……」と呟き、崩れ落ちそうになるのを必死に堪えている。


 その様子を、マスターは不機嫌そうに眺めていた。彼は背後から、俺の漆黒のコートの裾を、そっと長い指で掴んだ。


「……マスター? 何か用ですか?」


「…………いや、生地の強度が足りぬようだ。貴様が野蛮に動いて破かぬよう、我が監視しているだけだ」


「はは、そんなに弱くないですよ。サルトルさんが自信満々に強度のことも説明してましたし」


 俺が笑って、再び仕込みに戻ろうとしても、マスターはその手を離そうとしなかった。彼は、レンが掃除をしている隙に、自分の燕尾服の裾を、俺のコートの裾に重ねるようにしてパタパタと揺らした。二人の漆黒が重なり合い、金と銀の刺繍が朝日に反射して混ざり合う。


 その二人の光景を、外に出て窓を拭きながら鏡越しに目撃したレンは、ついにその場に膝をついた。


(あああ……!! 鏡越しに見る『漆黒のペア・ルック』!! 独占欲全開の魔王様と、それに全く気づいていない天然無自覚な勇者様!! これです、これこそが私が週に一度、命を懸けてこの店に来る理由……!! 尊い……尊すぎて聖女の加護が浄化されそう……!!)


「レン? 本当に大丈夫か? 顔がすごいことになってるぞ」


 俺が心配して覗き込むと、レンは幸せそうな、それでいて何かに取り憑かれたような笑顔で答えた。


「大丈夫です……最高です、アルフレッド様。私、今日という日を聖典の1ページに刻んでおきますから……!!」


 新調された漆黒の服に身を包んだ二人の男と、それを見て悶絶する一人の聖女。『キッチン・ブラン』の朝は、これまで以上に騒がしく、そして「パッション」に満ちた熱を帯びて、いよいよ開店の時間を迎えようとしていた。


 カウンターの隅では、ルシウスが朝一番で設置していった完全防御のケースの中で、ミニ燕尾服が静かに、けれど圧倒的な存在感を放って、この奇妙な三角関係を見守っていた。

ここまで読んでくださってありがとうございます!

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