表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元勇者の俺、魔王が経営するレストランで働くことになりました  作者: pakipaki
第1部:魔王と勇者のホワイトな職場
21/23

第21話 『縮んだ誇りと、小さき王の特等席』

連休なので、22日と23日は毎日2話づつ更新予定です。(8時、22時)

よろしくお願いします。

※22日2話目

 王都の職人街に、平和な朝が戻ってきた。昨日の凍てつく闇が嘘のように、路地裏の突き当たりにある『キッチン・ブラン』には、柔らかい陽光が差し込んでいる。

 だが、その平和な空気の中で、俺、アルフレッドは、物干し竿から取り込んだ「あるもの」を見て、冷や汗を流していた。


「……あれ。こんなに、小さかったっけ」


 俺は小麦色の腕を伸ばし、パリパリに乾いた燕尾服を広げた。魔界の太陽をねじ伏せた、あの誇り高き漆黒の装束。昨日の激闘で煤まみれになったのを見て、俺は「洗濯しておきますよ」と請け負った。そして、勇者の頃からの習慣で、大きなタライに石鹸をたっぷりぶち込み、小麦色の肌を汗で光らせながら、ガシガシと力任せに揉み洗いをしたのだ。魔界の高級繊維『黒炎シルク』が、人間界の石鹸と、俺の怪力による物理攻撃にどれほど弱いか、当時の俺は知る由もなかった。


 その結果、俺の手に収まっているのは、どう見ても五歳児が着るような、可愛らしいサイズの燕尾服だった。


「…………ま、まあ、着てみれば意外と伸びるかもしれないし」


 自分でも無理があると分かっている言い訳を口にした、その時だった。


「アルフレッド。我の服はどこだ。いつまで裸でいさせる気だ」


 背後から、低く、尊大な声が響いた。振り返れば、いつものように銀髪を乱したディアボロが、寝巻きの薄いガウンを羽織っただけで立っていた。その瞳は、俺の手にある「黒い布の塊」を不審げに睨みつけている。


「あ、マスター。おはようございます。あの、これ、洗濯が終わったんですけど……」


 俺は、意を決して、縮み上がった燕尾服を広げて見せた。ディアボロの真紅の瞳が、点になった。沈黙。路地裏を通り抜ける風の音だけが、やけに大きく聞こえる。


「…………それは、何だ。我が着るものの予備か?」


「いえ、昨日マスターが着ていた、本物です」


「……貴様。我が、いつの間に小人族の王になったというのだ」


 ディアボロの声が、怒りで低く震え始めた。彼はひょいと俺の手から燕尾服を奪い取ろうとしたが、指一本分しかない袖口を見て、再び絶句した。魔王のプライドが、音を立てて崩れていくのが分かった。


「すみません! 俺が良かれと思って、ちょっと力いっぱい洗っちゃって。ほら、魔界の汚れって頑固そうだったから」


「ちょっとだと!? 貴様のその小麦色の腕は、服を圧縮する魔法でもかかっているのか! これでは、腕を通すことすらできん!」


 ディアボロは、その小さな燕尾服を掲げ、わなわなと震えていた。だが、彼は魔王だ。代わりの服など人間界にはない。かと言って、このまま裸に近い姿で店に出るなど、彼の矜持が許さないはずだ。


「ふん……。よかろう。服が我に合わせぬというのなら、我が服に合わせてやろうではないか」


「え? どういう意味です、マスター」


 俺が言い切る前に、店内が激しい魔力の渦に包まれた。銀色の光が溢れ、俺は思わず小麦色の腕で顔を覆った。光が収まった時、そこにいたのは。


「…………マスター?」


 俺の足元、ぶかぶかの寝巻きの山の中から、一人の子供が這い出してきた。透き通るような白い肌、大きな宝石のような真紅の瞳、そして背中まで流れる美しい銀髪。どこからどう見ても、五歳くらいの、息を呑むほどに美しい幼子だった。だが、その幼子は、俺を見上げて不遜に鼻を鳴らした。


「アルフレッド、目線が高いぞ。ひざまずけ」


 声は高い。鈴を転がすような愛らしい声だ。だが、その喋り方は、間違いなく目の前の「ちびディアボロ」が、あの魔王であることを示していた。


「な、なんですかその姿……! 服に合わせて縮むなんて、魔力の無駄遣いにもほどがありますよ!」


「黙れ! 我の燕尾服こそが王の正装。これを着ぬまま接客するなど、魔王の威厳に関わる。……ほら、貴様。さっさと着せろ」


 ちびディアボロは、短い腕を左右に広げ、俺に命じた。俺は唖然としながらも、しゃがみ込んで、彼に燕尾服を着せ始めた。小麦色の大きな手が、子供の小さな体に触れる。驚くほど肌が柔らかくて温かい。

 そして縮んだ燕尾服は、今の彼には驚くほどジャストサイズだった。


「……よし。完璧だ。これで我の威厳は保たれたな」


 ちびディアボロは、ちんまりとした燕尾服の襟を正し、満足げに頷いた。だが、どう見ても可愛らしいお人形さんにしか見えない。俺は、吹き出しそうになるのを必死に堪え、あるものを手にとった。


「マスター。せっかく綺麗になった服を汚しちゃいけませんからね。これも着てください」


「む……? なんだ、その布切れは」


 俺は、自分の予備のエプロンを、ちびディアボロの首にひっかけた。大人用のエプロンは、幼児化した彼にはあまりに長く、足首まで隠してしまった。背中でリボン結びにしてやると、そこには『世界一偉そうな新人店員』が誕生した。


「よし、これで完璧です! さあ、開店準備をしましょうか、マスター」


「ふん……。歩きにくいな、この布は。……おい、アルフレッド! 貴様、どこを触っている!」


 俺は、あまりの可愛さに耐えきれず、小麦色の腕を伸ばして、ちびディアボロをヒョイと抱き上げてしまった。脇の下に手を入れて持ち上げると、彼は足をバタバタさせて抗議した。


「下ろせ! 無礼者! 我を物のように運ぶな!」


「いいじゃないですか。その短い足じゃ、カウンターまで歩くのに日が暮れちゃいますよ」


 俺は彼を抱えたまま、厨房へと運んだ。腕の中に収まる重みは、いつものマスターとは違うけれど、その不機嫌そうな態度だけは本物だった。


 その時、店の扉が勢いよく開いた。


「おーっす! アルフレッド、昨日の騒ぎは災難だったな! 陣中見舞いに――」


 やってきたのは、裏口からではなく珍しく正面から入ってきたギャレットだった。彼は、カウンターの椅子の上に乗せられた『エプロン姿の美幼女のような魔王』を見て、石のように固まった。


「……あ? 誰だ、そのガキ。アルフレッド、隠し子か?」


「違いますよ! この方は、うちのマスターです」


「はあああ!? 魔王様が、なんでそんな縮んでんだよ! 呪いか!? 勇者の呪いなのか!?」


 ギャレットが叫ぶと、ちびディアボロはカウンターの上で仁王立ちになり、ギャレットを指差した。


「黙れ、下等な盗賊。我の姿を笑う者は、奈落の底で後悔することになるぞ。……アルフレッド! こいつを今すぐつまみ出せ!」


 声は可愛らしいが、その瞳に宿る威圧感だけは本物だ。ギャレットは「ひええ、中身はガチの魔王様だ……!」と腰を抜かして震え上がった。


 そこへ、さらに追い打ちをかけるようにルシウスが姿を現した。彼は入り口で、エプロン姿のちびディアボロをひと目見た瞬間。


「…………」


 無言で眼鏡を外し、クロスで丁寧に拭き、再びかけ直した。そして、そのままディアボロの元へ歩み寄ると、深々と頭を下げた。


「……ディアボロ様。そのお姿、あまりに……あまりに尊く、神々しい。この光景を記録するために、今すぐ王宮から絵師を百人呼び寄せましょう。国家予算を全て投入してでも、この『ちび魔王様像』を広場に建てるべきです」


「ルシウス、貴様まで狂ったか! 絵師など呼ぶな、消し飛ばすぞ!」


「いいえ、これは魔界と人間界の親和性を示す歴史的瞬間です。……アルフレッド殿、そのディアボロ様を私に抱かせてはいただけないか?」


「絶対に嫌です、変なことに使いそうだから」


 俺は小麦色の腕でちびディアボロをガードした。当の本人は、ルシウスの尋常ではない熱視線に怯え、俺の服の裾をぎゅっと掴んでいる。その無意識の仕草が、あまりにも子供らしくて、俺の胸はほこほこと温かくなった。


「ほらほら、ルシウス様も落ち着いて。マスター、お腹空いたでしょう。今、特別なパンケーキを焼きますからね」


「ふん……。我を子供扱いするなと言っているだろう。……だが、そうだな。貴様の焼く菓子なら、毒見くらいはしてやっても良い」


 俺は厨房に立ち、小麦色の腕を振るって、いつもより小さめの、可愛らしいパンケーキを焼き始めた。たっぷりのバターと蜂蜜をかけて。ちびマスターはカウンターの椅子に座ろうとしたが、幼児化した体では、足が届かずによじ登ることもできない。


「…………アルフレッド」


 彼は、椅子を見上げたまま、消え入りそうな声で俺を呼んだ。


「はいはい、わかってますよ」


 俺はパンケーキを置くと、再び彼を小麦色の腕で抱き上げ、俺の膝の上に座らせた。カウンター越しに接客をするのは難しいけれど、今日だけは、この『特等席』で我慢してもらおう。


「……貴様の膝は、骨張っていて座り心地が悪いな」


 文句を言いながらも、ちびディアボロは俺の体に背中を預け、短い手でフォークを握った。彼がパンケーキを一口食べるたびに、銀色の髪がふわふわと揺れる。ちびマスターを抱っこしたまま、俺は茶を淹れた。


「マスター。その燕尾服、もう縮んじゃって戻らないんですけど……どうしましょうか? 予備もないですし」


 俺が茶を差し出すと、ちびディアボロは茶を一口啜り、俺の小麦色の腕に自分の小さな手を重ねた。その手は、昨日の嵐の中で俺を温めてくれた、あの大きな手と同じ暖かさを持っていた。


「ふん。我の魔力が完全回復し、服を引き伸ばす術を思いつくまでは、この姿のままでいよう。……この不自由な姿も、貴様を顎で使う分には悪くないかもしれんからな。アルフレッド、次のパンケーキだ。もっと蜂蜜をかけろ」


「はいはい、今焼きますよ」


 路地裏の突き当たり。真っ白な壁に囲まれた『キッチン・ブラン』には、今日も賑やかな声と、甘い香りが満ちている。ちびディアボロと、彼を抱き上げる元勇者。二人の間に流れる時間は、昨日のどんな激闘よりも、強く、深く、そしてほんわか結ばれていた。


 たとえ燕尾服が縮んでも。たとえ魔王が小さくなっても。この店が、二人の帰る場所であることに、変わりはないのだから。

ここまで読んでくださってありがとうございます!

よかったらブクマで応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ