番外編「ティルナノ開発秘話・後編 〜孤独に寄り添う賢者〜」
前半では、最強のチートキャラ『エリアス』が生まれた経緯が語られました。
後半では、お遊びで作られたはずのそのキャラが、
孤独に戦う一人の男の、確かな心の支えになる物語を描きます。
新堂と瑛士の間の言葉のいらない信頼、
そして友情を感じていただけると嬉しいです。
現実の開発現場は、華やかなものばかりではありません。
見えない場所で、誰かが黙って泥をかぶり、夜を越えていく。
このお話は、そんな静かな戦いと、そこに寄り添う『賢者』の話です。
※ 今回も、開発現場そのままの空気をお届けするため、
少し『濃いめ』の用語が登場しますが、
最後に簡単な用語解説を入れています。
ふわっと雰囲気で読んでも、ちゃんと伝わりますのでご安心ください。
それでは、どうぞ!
渋谷・桜丘町の坂を少し上った先にある、築二十年の雑居ビル。
その四階のフロアが、ティルナノ開発チームの拠点だった。
午後九時を回る頃——
オフィスの蛍光灯はフロアの半分だけ落とされ、
モニターの白い光だけがデスクの上を照らしている。
どこからどう見ても残業タイムなのだが、
不思議なことに誰もそれが『残業』だとは認識していない。
誰一人文句を言うこともなく、
当たり前のように淡々と、それぞれの作業に没頭している。
室内にはキーボードが叩かれる音と、遠くで鳴る空調の音だけが響いていた。
その静けさを破ったのは、バトルプランナー・新堂直希の小さな声だった。
「……あれ?」
画面に流れるサーバーログが異様な速さで伸びていき、新堂の指が固まる。
ログの更新が『止まらない』時は、大抵ロクなことがない。
「ちょっと待って……
これ、ヘルスチェック通ってるのにスレッド戻ってないじゃん……」
瑛士が椅子ごとスッと横に滑る。
「見せて」
新堂は唇を引き結び、ログビューワを拡大した。
「ログの伸び方、完全にリークのやつです
……ヒープに積んだメモリが返ってきてない」
「うーん……」
「解放する処理が抜けてます。
多分……俺が新人に振ったタスクのとこですね」
瑛士も画面を追い、息を飲んだ。
確かにログは静かに肥大化している。
こういうのが一番、タチが悪い。
このまま放置すればサーバーは不安定になり、
最悪の場合、週単位の工数が吹き飛ぶ。
「……これは、やってますね……」
新堂は、椅子を弾くように立ち上がる。
「サカキさん、俺、徹夜で直します!!」
その声には焦りだけじゃなく、
「自分が責任を取る」という覚悟が宿っていた。
瑛士は半分だけ目を閉じ、ほんの一瞬考えた。
「いえ……直すのは僕がやります」
「でも、これは俺の——」
「違う。責任者は僕だ。見逃した僕の責任でもある」
「サカキさん……」
新堂は言葉を飲み込む。
こういうときの瑛士は、優しいというより、強い。
「新堂さんは一旦帰ってください。
明日『戦う』のはあなたです。
バトル調整は、やっぱり新堂さんじゃないと」
その声は、押しつけでも慰めでもなく、
心から信頼している人間に向ける言葉だった。
「……わかりました。では、お先に失礼します……」
新堂は唇を噛むと、背中を少しだけ丸めて退出した。
ドアが閉まる音は、驚くほど小さかった。
* * *
みんなが帰った後の深夜の開発室。
瑛士はコンビニでコーヒーと軽食を買い、徹夜の作業に備えた。
「じゃあ、やるか……」
眼鏡をクイっと押し上げた。
そして差分ビューを開き、スクリプトの参照リンクを一行ずつ追っていく。
ログの修正は、実に地味な作業だ。
数百行のコードを追い、
不要な処理をひとつずつ外し、
メモリの戻り先を確認し、
絡まった糸を、丁寧に解くような作業。
誰が見ても退屈で、誰も讃えてはくれない仕事。
だが、瑛士は黙々と手を動かし続けた。
「失敗したからって、一人で追い詰められることはないんだ……」
——それは、昔の自分に言い聞かせた言葉だった。
瑛士はかつて、同じエラーに
一晩中ひとりで向き合った時のことを思い出していた。
失敗に気づいていた人もいたが、
誰も瑛士に声をかけなかった。
彼に手を伸ばせば、その人もまた責任を背負うことになると、
みんな知っていたからだ。
挫けそうになりながら、たったひとりで解決した夜。
モニターの光だけが、味方だった。
誰だって、好き好んでミスをするわけじゃない。
でも、そのミスを好き好んで一緒に背負ってくれる人もいない。
あの夜、誰かが声をかけてくれたなら。
ほんの少しだけ、寄り添ってくれていたなら——。
(……もう誰にも、あんな思いはさせない)
だから今日は、手を離せない。
失敗を誰にも受け止めてもらえなかった、
あの孤独な夜を、自分はもう知っているから。
* * *
そして、東の空が白みかけた頃——。
修正が完了し、サーバーは安定した。
デスクの端に置いてあったコーヒーは、すっかり冷めていた。
「……テスト環境に上げる前に、ローカルで一回まわすか」
瑛士はモニターをもう一枚開き、ゲームクライアントを起動する。
画面に現れたのは——エリアス。
新堂が作った、最強のデバッグキャラだ。
全ステータス上限突破、全ジョブ開放、スキルクールタイム0。
いつの間にか王宮付きで女王様の補佐官という、
大層な役職まで与えられていた。
「ほんとに、なんで俺なんだよ……」
二割ほど理想化された『自分』が、画面の中に立っている。
瑛士は、なんとも言えない苦笑を浮かべながら操作してみた。
タッ タッ タッ。
背筋を伸ばして、几帳面そうな見た目をしている。
歩き方は落ち着いていて、動きはどことなく上品さを感じさせた。
(新堂……お前には俺ってこういう風に見えてるのか……?)
思わず笑ってしまう。
スキル一覧を開くと、 見慣れたものから
初めて見るようなものまで、ずらりと並んでいた。
「全部使える……ほんとに全部盛りかよ……」
試しにスキルをひとつ選んでみる。
戦士系ジョブの最終奥義《獅王炎剣》。
「……いや、これ絶対魔法職が使っていい技じゃないだろ!」
半分呆れながらクリックした瞬間——
エリアスの手に炎が集まると、刹那、紅蓮の大剣が形を成した。
刀身に纏った炎は灼熱の獅子の形に揺らぎ、
見ているだけで気持ちが鼓舞されていくようだ。
エリアスは無造作に、それを片手で振りかぶる。
——ゴォォォォッ!!
地面が鳴動したかと思うと、爆音の中、
巨大な炎の獅子が襲いかかり、画面上の全ての敵が溶けるように消えていく。
「……強過ぎかよっ!?」
苦笑が漏れた。
ゲームバランスも何もあったもんじゃない。
……あまりに強引で、あまりに一方的な戦いだった。
でも、嫌ではない。
むしろ——すごく快適だった。
操作は軽く、レスポンスは即応。入力遅延は感じない。
キャラとしては完全にやりすぎなのに、触っていて気持ちが良い。
(……さすがのセンスだな、新堂)
操作感のあまりの爽快さに、瑛士は思わず低くうなった。
指が自然と、もう一度トリガーにかかる。
* * *
瑛士はエリアスで各エリアを踏み抜きながら、
敵AIの挙動や処理負荷、ログの伸びを確認していった。
リークは止まっている。挙動も安定している。
修正箇所の再現テストは、驚くほどスムーズに終わった。
……本来なら、もっと時間がかかるはずの作業だ。
「おいおいおいおいおい……」
ヤバいぞ……便利すぎるだろ、コイツ。
半ば呆れながらも、胸の奥は温かかった。
このキャラは単なる『効率』のためではない。
『困った時の誰かを助けるため』に生まれたのだと、
制作した新堂の気持ちが痛いほどに伝わってきた。
エリアスは画面の中で、静かに立っている。
まるで、
「大丈夫、あなたは一人じゃない」
と、伝えてくれているように。
瑛士は背もたれに体を預け、目を閉じた。
孤独な作業のはずだったが、
なぜか仲間と一緒に戦っていたような気持ちになり、目頭がじんわりと熱くなる。
早朝の開発室に少しずつ、朝の日差しが差し込んできた。
みんなが出社して来るまで、帰って少し仮眠でもしておくか。
——瑛士は頬に手をやり、伸びてきた無精髭の感触に、また一人苦笑した。
* * *
// End of this commit.
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【開発現場ミニ用語集】(夜中の開発室 ver.)
◆ 「ヘルスチェック通ってるのにスレッド戻ってない」
これは、
・外から見ると「元気そう」に見えている
・でも中では処理が止まって帰ってこない
・結果、ログが溜まり続ける
という 『見た目は生きてるけど、実際は死んでる』状態。
気づいた瞬間、胃がキュッとする。
◆ リーク(Memory Leak)
本来は使い終わったメモリを「返して片付ける」必要があるのに、
それをしないせいで メモリを使いっぱなしにしてしまう状態。
使い終わった皿を洗わずにシンクへ積み上げ続けるようなもの。
時間が経つほど処理が重くなり、最悪システムが止まる。
開発者はこれを見つけると、だいたい静かにため息をつく。
◆ ヒープ(Heap)
プログラムが「必要なときに、必要なぶんだけ」
メモリを借りて使うための 大きな作業スペース のこと。
使い終わったら 元に返す(片付ける) のがルール。
返すのを忘れると、作業スペースが物で埋まって身動きが取れなくなる。
この「返し忘れ」が先ほどの リーク に直結する。
◆ 「ログは静かに肥大化している」
派手な警告もエラーも鳴らさず、
ただひたすらにログファイルだけが大きくなっていく現象。
『静かに狂う』系バグの代表選手。
気づいた時には既に影響範囲が広がっていることが多く、
大抵「うわ……」と声が漏れる。
◆ 「……これは、やってますね」
現場でトラブルを見つけたときに使われる、独特の共通語。
直接的に「ミスです」「誰かの作業ミスです」とは言わない。
でも、全員が心の中で理解している。
意味としては──
「だれかが何かをやらかしているが……
ここで犯人探しをしても生産性がないので、とりあえず落ち着いて対処しましょう」
という、大人の知性と諦観が混じったやさしい言い回し。
いわば 「戦場の合言葉」。
「責めるな、まず直そう」の精神がこもっている。
◆ 「ローカルで一回まわす」
本番のサーバーに出す前に、自分のパソコン環境で動作確認しておくこと。
現場ではよく
「とりあえずローカルで一回まわしますね」
的な言い方をする。
この「とりあえず」に、何人の夜が救われてきただろうか。
そして何人の夜が終わらなかっただろうか。
◆ ゲームクライアント
開発中のゲームを 実際に『プレイヤーとして動かせる』状態にしたもの。
開発ツールやエディタではなく、
「普通に遊んだらこう見えるよ」という画面と操作が出てくる方。
バトルの感触、移動の違和感、UIの押しやすさ、スキルのテンポ——
『触ってみないと分からないこと』を確認するための窓口。
◆ 「エリアを踏み抜き」
テスト確認のために、ゲーム内のフィールドを
めちゃくちゃ高速で駆け抜けること。
普通のプレイでは到達に数十分かかる道のりを、
デバッグキャラだとものの数秒で突破する。
開発者はこれを見て「はいはい最強最強」と言いながら笑う。
でも内心すごく助かっている。
【すべてに共通する真実】
バグは派手にわかりやすいものより、静かに潜んでいるもののほうが怖い。
最後までお読みいただきありがとうございました。
「ゲーム開発って楽しそう!」と思っていただけたなら嬉しいです。
……え? 「いや普通に地獄では?」って?
はい、正解です!(笑)
でも、同じ志を持った仲間と、好きな物を創り上げる時間は、
それでもとても幸福なものでした。
たとえ、一週間、家に帰れなくても……(吐血)。
さて、第一章を考える過程で
副産物のように生み出されてきた物語の数々も、一旦これで一区切りです。
次回からは、いよいよ本編第二章が始まります!
またワクワクするような冒険と、胸に迫る切ないお話をご用意して、
皆様をお待ちしてますので、どうぞお楽しみにお待ちください♪




