番外編「雨に咲く百合の花・後編〜雨の中で近づく心〜」
「雨に咲く百合の花【黒翼の戦士と癒しの光】」の続編です。
毒に倒れたリゼを救うため、ノエルは癒しの魔法を使い、ふたりは洞の中で一夜を過ごします。
焚き火の音、雨音の調べ、そして小さな心の温もり。
強さこそが全てだったリゼの胸に、やがて初めての心の変化が訪れます。
〜 前回のあらすじ 〜
王都リアンナハの薬師見習い・ノエルは、森で薬草を採取中、架刑花に襲われる。
彼女を救ったのは、女剣士・リゼ。
だがリゼは戦いの中で毒を受け、ノエルは洞の中で彼女を介抱することに。
雨音と焚き火の灯りの中、ふたりの心は少しずつ近づいていく——。
✧༺ 第四章 ぬくもり ༻✧
夜半、眠りについていたノエルは、リゼの苦しそうな息遣いに目を覚ました。
「……リゼさん?」
ノエルが身を寄せて覗き込むと、リゼは汗を滲ませながら震えていた。
ノエルはそっと額に手を当てた。
「すごい熱……!」
リゼの頬は紅潮し、唇だけが青白く見える。
呼吸も早く、脈が荒い。
「高熱は、体が毒を追い出そうとしている証拠。
でも、このままじゃ危険だわ……」
ノエルは慌ててリゼを守る鎧の留め具に手を伸ばした。
カチャカチャと金具の音が小さく響く。
「ま、待て……何をしている——!」
気がついたリゼは、慌ててノエルの手を掴んだ。
その手をゆっくりと振り解き、ノエルはリゼを落ち着かせるように、微笑みかけた。
「大丈夫です、脱いだ方が楽になりますよ」
「おい……!」
鎧が外れ、肩口から冷たい空気が流れ込む。
リゼの体がわずかに震えた。
「早くこうすればよかった……急いで濡れた服も取りましょうね」
「よせ……!」
「恥ずかしがっている場合じゃありません!」
ノエルの声は、思わずリゼが気押されるほどに強かった。
ノエルは手際良くリゼの服を脱がせると、絞った布で汗と汚れを拭き取っていった。
首元の薬草を貼り替え、携帯していた丸薬を含ませたが、それでもリゼの震えは止まらない。
ノエルは迷った末に、静かに言った。
「失礼しますね……」
彼女はそっとリゼに寄り添うように横たわると、リネンの下着姿になった彼女の体を抱き寄せた。
「な、何を!?」
リゼは、一瞬身をすくめた。
「じっとして……」
リゼの背中越しに、ノエルの身体の柔らかさと温もりが伝わってくる。
「や、これ以上は……!」
治療のためとわかっていても、リゼは自分の鼓動が速まるのを感じた。
でも、ノエルは離れるどころか、ますますリゼを抱きしめる手に力を入れた。
その指先は、ほんのりと光っていた。
——ノエルは、手のひらから癒しの魔法を注ぎ込んでくれていたのだ。
リゼは抵抗する力を抜き、ノエルの腕に身を任せた。
焚き火の炎に照らされて、二人の影は一つに溶けていった。
「……あたたかい……」
ノエルの胸に顔を埋めながら、リゼがかすれた声で呟いた。
「……すまなかった」
「え?」
「私はずっと、戦うことだけが強さだと思っていた。
だが、あなたの薬と魔法は……こんなにも強く、頼もしい」
ノエルが微笑む。
「お役に立ててよかったです」
リゼは目を伏せ、呟いた。
「……悪かった。実力をわきまえろ、などと偉そうに言ってしまって」
「いえ。あの時助けてくださって、私はうれしかったです」
「そうか……」
やがてリゼの体からは緊張が抜け、安らかな寝息が聞こえてきた。
雨の音が遠くで静かに鳴っている。
ノエルは、抱き合って眠る温もりを感じながら、胸の奥に何かが芽生えるのを覚えた。
それは、恐怖でも、同情でもない。
——守りたい。
自分を救ってくれたこの人のように、誰かを苦しみから助け出す存在になりたい。
「……今度は、私が守る番です」
小さくつぶやいたその声は、焚き火の音に混じって消えていった。
✧༺ 終章 雨に咲く百合の花 ༻✧
焚き火が消えるころには、雨はすっかり止んでいた。
湿った空気の中に、森の匂いが満ちている。
土や木々から湧き立つような——夜明け前の、命の萌える匂いだった。
ノエルが洞の外へ出ると、雲の切れ間から淡い光が差し込み、雨粒を抱いた葉がきらめいていた。
「……わ、綺麗」
思わずこぼれた言葉に、背後から静かな声が返る。
「朝か」
振り向くと、リゼが立っていた。
「起きられます? 無理をしてませんか?」
「もう平気だ。……ありがとう」
その声は力強さを取り戻しつつあった。
二人は朝の木漏れ日の中、街へと歩き出した。
「……リゼさん、見て!」
ノエルが指さす先。
昨日は気づかなかったが、湖のほとりにはたくさんの白い百合の花が咲き乱れていた。
朝露に濡れた花弁が、朝の光を受けてキラキラと輝いている。
「素敵ですね〜!」
無邪気にはしゃぐノエルを見て、リゼは、彼女の笑顔を守ることができて、心からよかったと感じた。
そして——
白い花よりも、この笑顔のほうがずっと眩しい……そう思った。
* * *
程なく二人は、リアンナハの城門へと辿り着いた。
「送っていただいて、ありがとうございました」
「こちらも助かった。だが、もう一人であんなところをうろつくな」
「そうですね……でも、薬草の採取もしないと……」
俯いたノエルに向かい、リゼは腰のポーチから一枚のカードを取り出した。
「信頼できる奴がやってるギルドだ、行ってみろ」
ノエルは、差し出されたカードを受け取る。
そこには羊皮紙に銀の文字で、こう刻まれていた。
《白銀の角笛団》
「……ギルドですか?」
「丁度、森で食材を探すのが好きな、熊のような男がいる。
薬草の採取に付き合ってもらうといい」
リゼはそう言うと、一礼してから歩き出した。
陽の光が黒髪を照らし、濡れた外套が静かに翻る。
ノエルはその背中を見つめながら、
何か言おうとして、言葉を飲み込んだ。
代わりに、胸の中にそっと呟く。
(私も……あの人みたいに、誰かを守れるようになりたい)
ノエルは手の中のカードをぎゅっと握った。
リゼの姿はもう街の人混みに消えていた。
けれど、翼のように揺れる長い黒髪の残像は、ノエルの心の中でいつまでも揺れていた。
白い百合が咲く朝、雨は止み、ふたりは新しい一歩を踏み出しました。
彼女たちの心に芽生えた『癒しの花』は、いつか再び交わることに……
そして、リゼがこの夜に感じた緊張の意味とは……?
今はまだ内緒です!
それは本編の、ある後日談で明かされる予定ですので、お楽しみに(*´ω`*)




