第18話「ラスボスぶっ倒していざ帰還!……と思ったら、まだまだ帰れそうにありません!?」
大きな戦いがひと段落し、ようやく訪れた安らぎの時間。
……だけど、このまますんなり帰してはもらえませんでした!?
まきぽんの夢に現れた、『黒い影』の正体とは——?
こうして私たちは、『闇』の根源を打ち倒すという、女王さまからのミッションを無事にクリアした。
でも……。
勝利の余韻が静まると、燃え尽きたあとの虚脱感に支配されてしまった。
「ダメだ、もう脚が動かない……」
兵士の一人が膝をつき、肩で荒い息を吐いている。
見渡せば、誰もがぐったりと壁に背を預け、魂が抜けたように座り込んでいる。
……無理もないよね。
絶え間なく襲いかかるコウモリの大群に、悪魔と化したリヒト。
あれだけ厳しい戦いを重ねて、全員が無事に生きてること自体が奇跡に近い。
「皆……限界だな」
「そのようですね……」
リゼとエリアスは顔を見合わせた。
「一刻も早く帰りたい気持ちは同じですが、無理な行軍は危険です。
ひとまずここで休みましょう」
「賛成! 疲れた〜」
私もその場にへたり込む。
エリアスは静かに杖を掲げ、この場に再び《輝石の護符》を展開する。
天井や壁に埋まった鉱石が青白く光り、それが地底湖の水面にも反射して、広間全体が星空に包まれているかのような幻想的な空間を生み出した。
「ふぅ……」
(やっぱりホッとするなぁ……この魔法、大好き)
戦いの恐怖と緊張を忘れさせてくれる、心地よい灯火。
柔らかな光のドームに守られて、ようやく皆は肩の力を抜くことができた。
「さあ、怪我をした人は名乗り出てね! 傷は放っておくと悪化するわよ〜」
ノエルは薬草を取り出し、兵士たちを次々と手当てしていく。
「助かります、私たちの分まで」
「当然よ〜、一緒に戦ったんですもの! 遠慮しないでね♪」
彼女は黒翼団のヒーラーともすぐに打ち解け、知識を交換しあっていた。
「なるほど……アルニカとオトギリソウを聖水で練った上に、布を当てて湿布にすれば……!」
「そうよ〜、軟膏にして塗るより、成分が効率よく染み渡るの」
薬草の話をしている時のノエルは、本当にイキイキとして楽しそうだ。
私とみきぽんも、綺麗な水を汲んできて兵士の傷口を洗ったり、包帯を巻いたりと手伝った。
「……お嬢ちゃんありがとう、痛みが引いていくよ」
「わーいでち!」
「それに、さっきは本当に強かったな! おじさん、ビックリしたぞ」
「なあ、俺にもあの鉄球の技を教えてくれよ」
「えへへ……」
兵士たちに囲まれたみきぽんは、すっかり皆のアイドルだ。
無邪気な笑顔が、疲れた大人たちの心まで癒していた。
「お姉ちゃんも、あの男に負けないで、よく頑張ってたわね」
「……ありがとうございます!」
「おねーたんも、いいこいいこ、でち!」
【みきぽんちゃん……いい子でち!】
【今度はナースエンジェ……ゲフンゲフン、ちょっと古いかw】
【いやそれおっさんしか知らんやつww】
みんなに笑顔が広がる。
* * *
治療も一段落着いた頃、ノエルは竪琴を手に取り、弦を軽く爪弾いた。
——ポロン、ポロン……。
回復効果のある魔力が込められた音色だ。
柔らかな旋律が広がり、張りつめていた神経が解けていく。
「ふふっ、みんなよく頑張ったわね……ゆっくり休んでいいのよ〜」
炎よやさしく揺れて
今日の傷を癒やせ
眠りの森へ導くは
星々の静かな調べ
疲れた剣をそっと置き
盾を重ねて瞼を閉じよ
夜明けが来るまで
この歌が君を包む
【癒しの歌声、最高かよ……】
【ノエルたんは天使かな? うん、天使だね】
【やべー寝落ち不可避……】
子守歌のような歌声は、胸の奥まで優しく染み込んでくる。
まぶたが重くなり、私も思わず眠りに落ちそうになった。
「おーい! 寝ちまうのはまだ早えぞ!」
ダハハと笑いながら、バルガンが大鍋を抱えて現れた。
「いいにおいでちー!」
「バルガン……いつの間に!」
姿が見えないと思っていたら、地底湖の水を沸かして何かを作ってくれていたようだ。
自分も最前線で盾となって戦い、疲弊しきっているはずなのに……。
無限の体力があるはずもなく、今のバルガンを動かしているのは、みんなに温かい物を食べさせてやりたいという、その一心なんだろう。
本当に——心から温かくて優しい人……。
「さぁみんな、どんどん食ってくれ!」
鍋の中身は、干し肉と野菜を放り込み、岩塩で味を付けただけの簡単なスープだった。
だけど疲れ切った身体には、温かいものが食べられるだけで涙が出そうなほどありがたい。
【うおおおお、食いてぇ!】
【俺、バルガンに完全に胃袋掴まれてるかも……】
「ほら、この大きな肉の塊はちっこいのにやるぞ」
「やったー! おにくでちー!」
ぱあっと笑顔を弾けさせるみきぽん。
「……おやさいは、たべなくてもいいでち?」
みきぽんは、バルガンの顔色を伺うように覗き込む。
「心配すんな、野菜もたっぷり入ってるぞ! ダーッハッハッ!」
「やっぱりー!!」
その無邪気なやり取りに、私もつられて笑ってしまった。
「……おいおいエリアス、またダウンしちまったのかよ?」
バルガンは、岩壁に力なくもたれかかっていたエリアスに、スープをよそって渡した。
「……魔力を使うのも、疲れるんですよ……」
彼は額に汗を浮かべ、消耗しきった顔をしている。
「ったく情けねえな、だから日頃からもっと鍛えておけって言ってるだろ! ダーッハッハッハ!」
バルガンにバシバシと強く肩を叩かれ、エリアスは苦笑いしていた。
(ふふっ、この二人……本当に仲がいいのね)
* * *
優しい光に守られながら……
私たちは傷を癒し、温かい食べ物でお腹を満たし、ようやく生きていることを実感した。
壁に埋まった無数の鉱石たちの、ささやかなきらめき。
「……綺麗だね」
思わずつぶやいた私の声に、隣でスープをすすっていたみきぽんもにっこり頷いた。
「おほしさま、いっぱいでち!」
やがて、戦い疲れた者たちも次々と眠りについていった。
「みきぽん、今日もいっぱい頑張ったね。
私たちも寝よっか」
「あい……みきぽん……おめめ、くっつくでち……」
みきぽんは、私の胸にことんと頭を預けて寝てしまった。
竪琴の音色も、余韻だけを残して消えていく。
空になった鍋のそばでは、焚き火の残り火が小さく揺れていた。
……そして、辺りはすっかり夜の帳に包まれた。
。*❅┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈❅*。
焚き火が小さく揺れる中、眠りに落ちていった。
まどろみの中で、私は夢を見ていた。
——気づけばそこは、冷たく暗い水の中。
何かに足首を掴まれている。
私はそこから逃れようと、必死に水面を目指した。
「カエサナイ……」
頭の中に直接響くような声。
黒い瘴気が渦を巻き、その奥には女のような影が揺らめいていた。
(……水の女神? いや……違う……)
長く黒い髪が水に漂い、無数の触手のようにまとわりついてくる。
美しくもおぞましい、呪われた姿。
「カエサナイ……カエサナイ……」
幾度も繰り返される呪詛の合間に、ただ一度だけ。
かすかな声が届いた。
『……たす……けて……』
「……誰っ!?」
ゴボゴボッ……!
息が苦しい。
肺が焼けるように痛み、私は水面へと必死に手を伸ばした——けど、
触手のような髪に全身を絡め取られて、また深い水底へと引きずり込まれていく……。
。*❅┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈❅*。
「……きぽん……まきぽん……!」
——ガバッ!
遠くから声が聞こえ、誰かに揺り起こされる感覚で目が覚めた。
「はぁ、はぁ……夢……?」
冷たい汗が額を伝い、心臓がバクバクと脈打つ。
……そうだ、ここは地底湖のほとり。
私の横では、毛布に包まりながら、みきぽんがすやすやと眠っていた。
「……すみません、苦しげでしたので……」
すぐそばから声がした。
ハッとして振り返ると、そこにはエリアスがいた。
今のは、ただの悪夢?
それとも……。
「エリアスが起こしてくれたの?……ありがとね」
「いえ……」
一瞬の沈黙。
普段、あまり感情を表に出さない彼にしては珍しく、どこか迷いを秘めたような瞳をしている。
「まきぽん……少し、二人だけで話がしたいのですが」
「えっ?」
胸の奥がざわめく。
今まで、こんな風にエリアスに誘われたことなんてなかった。
一体、何の話なんだろう……。
エリアスが語る真実が、私たちの常識を根本から覆していくことになろうとは——。
この時の私は、まだ知らなかった。
大勝利!みんなでご飯!……そんな平和ムードの後に、まさかの悪夢とエリアスの意味深な一言。
凸凹姉妹はまだまだ帰れないようです(笑)。
次回、第19話ではエリアスがついに重大な秘密を語ります。
どうぞお楽しみに!




