第12話「戦いを前に——星の導きと焚き火の誓い」
こんにちは、いつも読んでくださってありがとうございます!
第12話は、いよいよ洞窟突入を前にした、『最後の安らぎ』のシーンです。
仲間たちとのキャンプ、焚き火、星空——そして、ささやかな癒しの時間。
今回は、いつもより少しゆったりとした空気で物語が進みますが、
次回からはまた、怒涛の展開が待っています!
戦いの前の『深呼吸回』として、
静かな夜のひとときを楽しんでいただけたら嬉しいです。
夜の帳が降りる頃——、
焚き火の勢いも盛りを過ぎ、辺りにはパチパチと薪の爆ぜる音だけが響いていた。
ほんのり暖かい炎の周りでは、皆が思い思いのやり方で自分の時間を過ごしている。
早々とテントに戻って休む者。
炎の揺らめきに照らされながら、未来や夢を語りあう者。
バルガンは、丸太のような腕を枕にして早々に寝落ちしていた。
豪快ないびきが夜空まで突き抜けていく。
ノエルは膝の上に小さな木の器を置き、薬草を混ぜながら鼻歌を歌っていた。
竪琴を奏でるときとはまた違う、リラックスした声——。
途切れ途切れに聞こえてくるその柔らかな音色に、心が和む。
リゼは焚き火のそばで黙々と剣を磨いていた。
炎に照らされる横顔は相変わらず鋭いけれど、愛用の刃を労るその手つきは、驚くほど優しい。
時折こちらへと視線を送り、「異常なし」とでも言うように小さくうなずく姿に、不思議と胸が安心で満たされていった。
ふと空を見上げると、エリアスが昼間に描いた《星の円環》が、頭上で私たちを守るかのように輝いていた。
光の天蓋から粉雪のように舞い降りてくる青い粒子は、焚き火の煙と混ざり合い、野営地を柔らかく包みこんでいる。
(……まるで、空と大地に守られているみたい)
* * *
エリアスはというと、少し離れた岩の上に腰を下ろし、未来を読み解くかのように静かに夜空を仰いでいた。
「エリアス、まだ寝ないの?」
「……おや、あなたもまだ眠れないのですか?」
エリアスは私に気づくと、隣に座りなさいと招き寄せた。
「それなら、少し星の話でもしましょうか」
私は黙ってうなづいた。
「ご覧なさい、あれは『白い牝牛の道』……
魂は皆、この道を通ってティル・ナ・ノーグへ至ると言われています」
エリアスが愛用の杖で示した先には、夜空を横切る天の川があった。
最初は白いもやのように見えていたけど、目が慣れてくると、それが無数の星々の集まりだとわかる。
私が住んでいる東京では、こんなに澄んだ夜空は見たことがない——。
「死者のための道とも言われていますが……同時に、生きる者をも導く光なのです」
そう囁く声は、焚き火の余熱よりも温かく、けれど少しだけ切なかった。
「生きる者……?」
(それなら……私が『ティルナノ』に来たのも、天の川の導き……?)
さらに北の空では、七つの星が柄杓の形に並んでいた。
北斗七星だ。
「あれは『戦車の車輪』……旅路を照らし、戦場へ向かう者たちを導く星々です」
「……」
戦場、その言葉に私は胸を強く締め付けられた。
戦いなんて、本当は嫌だよ。
「……導かれる先が、戦いじゃなきゃいいのにな」
思わず胸の奥にしまっておいた本音が、口をついて零れてしまった。
そんな私の気持ちに気づいてか、エリアスは決意を込めた眼差しで私を見た。
「戦いの渦に飛び込むことは、誰でも恐ろしい。
しかし、その先にこそ——あなたの求めているものが見つかるのかもしれません」
「えっ……」
その言葉が胸に突き刺さり、思わず視線を返す。
「エリアス、あなたは……」
あなたは、何かを知ってるの——
そう言いかけて、私は言葉を飲み込んだ。
星明かりが銀縁の眼鏡に反射して、エリアスの表情はほんの一瞬、読み取れなくなった。
「まだ確信はありません。しかし——その時が来たら、あなたに伝えなければいけないことがあります」
「…………」
彼は優しく微笑んだ。
「……さあ、明日も早い。我々も戻ってもう休みましょう」
エリアスの思い詰めたような横顔を見ていたら、私もそれ以上何も聞けなかった。
* * *
焚き火の側に戻ると、みきぽんが抱きついてきた。
とろんとして、もう眠そうだ。
「おねーたん……」
小さな瞳が焚き火の灯りを映して、きらきらと揺れている。
「きょうもたのちかったでち……」
その言葉に、胸がじんと熱くなる。
(……本当に、楽しかった。こんな時間が、ずっと続けばいいのに)
けれど、心の奥底ではわかっている。
この世界は優しいばかりじゃない。
明日、洞窟に待ち構える“闇”が、私たちにどんな未来を示すのか——。
でも、だからこそ、今は。
夜空を見上げる。
無数の星々が輝くティルナノの夜空は、私たちを優しく包み込んでくれる。
(どうか——この仲間と、全員無事に帰って来られますように)
強くそう願った瞬間、まぶたが重くなっていった。
炎の温もりと、瞬く光の残滓、そして隣に寄り添う妹の寝息に包まれて。
毛布にくるまりながら——私はそっと目を閉じた。
* * *
霧の向こうから朝日が差し込み、草原がゆっくり黄金に染まっていく。
鳥のさえずりに混じって、爽やかな風が頬を撫でる。
私はまぶたを開き、隣ですやすやと眠るみきぽんを見つめた。
(私に伝えなければいけない事……)
昨日のエリアスの言葉がまだ胸に残っていて、思わず静かに息を吐く。
「むにゃ……おねーたん、おあよ……」
「みきぽん、おはよ!」
私は起きたばかりの妹をぎゅっと抱きしめた。
* * *
ノエルは朝早くから起きていたのか、摘んできた薬草を茶葉と合わせて、みんなのために香り高いお茶を淹れていた。
ふわりと漂う爽やかな香りに、心が少し落ち着いた。
「……はい、温まるわよ〜」
湯気の立つカップを受け取り、一口すすると胸の奥までじんわりと温まった。
一方、バルガンは大鍋を抱えて、豪快に昨晩のスープの残りをかき回し、そこに黒パンを浸して兵士たちへと手際よく配っていた。
「ほら、朝はガッツリ食って力つけろ!
戦場で腹が鳴ったら笑い者だからな! ダーッハッハッ!」
豪快な笑い声が、兵士たちの緊張を解すように野営地に広がっていく。
* * *
少し離れた岩の上で、エリアスは夜明けの空を仰いでいた。
朝焼けの中、杖の先が淡い光を帯びると、彼は低い声で呟いた。
「……湿った西の風……悪しき兆しだ」
エリアスはわずかに眉を寄せ、風の行方を見つめた。
その真剣な眼差しに、私の背筋にもひやりとした緊張が走る。
やがて彼は確かな決意を込めて、告げた。
「……だが、空には明星の守護もある。この機を逃すわけにはいきません」
リゼは無言でその言葉を受け止め、腰の剣に静かに手をかけた。
彼女の動きひとつで、兵士たちの背筋が正され、空気が一気に引き締まる。
リゼは剣を抜き放ち、朝日に煌めかせながら鋭く号令を放つ。
「これより北の洞窟へ進軍する! ——全員、気を引き締めて進め!」
「「「おおーーっ!!!」」」
剣や槍を掲げた兵士たちの声が、草原を震わせる。
もう私は迷わない。この子と……大切な仲間のために戦おう。
「おねーたん、いくでち!」
みきぽんの小さな手の温もりを感じると、胸の奥で炎のような勇気が燃え上がった。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました!
今回は、戦いの前のそれぞれの想いをじっくり描いてみました。
ちょっとしたやりとりの中にも、それぞれのキャラの距離感や絆が出てたらいいな〜と思います。
そして次回からは——いよいよ北の洞窟へ突入!
もし続きが気になる! と思っていただけたら、
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一緒に最後まで、この旅を見届けてくださいね♪




