第17話 みやびフェス広島①
17時。広島市内。広島市民球場跡地。
――参番ステージ。
天候は良好。夕陽が差し込み、辺りを照らしている。
球場の中央には巨大な四角いモニター。全方位から映像が見られる。
それを囲むように、観客が大勢集まり、心同じくしてその時を待っていた。
「……時間だ。来るぞ、来るぞ」
ざわざわと声が上げる中、一人の客が興奮気味に言った。
しかし、その時は訪れない。1分経ち、5分経ち、15分経つ。
「……このモニター壊れてるのか?」
「壱番ステージのチケット買うべきだったかね」
「おいおいおい。こっちは客やぞ。高い金払わせて、これか?」
痺れを切らした観客は、不満をあらわにする。
あと、1分。いや、30秒もすれば、暴動が起きそうな空気。
『臣民共よ。まさか、この程度で痺れを切らしたのではあるまいな?』
演出か、機材トラブルか。どちらかは分からない。
現れたのは、白無垢の和装。花嫁衣裳を着る鬼龍院みやび。
『今宵の余の晴れ姿。しかと、その眼に、耳に、脳に焼き付けるがいい!!!』
その一言が。その姿が。その生き様が。
「殿下は今日もお美しい」
「殿下は今日もお美しい」
「殿下は今日もお美しい」
「殿下は今日もお美しい」
「殿下は今日もお美しい」
会場のボルテージを最高潮にまで引き上げる。
かくして、始まった。後に伝説と語り継がれるライブが。
◇◇◇
ライブ予定時間は17時から20時。
奇数曲は、どのステージでもみやびが担当する。
偶数曲は、ステージ事の出演者が担当する。それがみやびフェス。
どのライバーも必ず輝け、どのステージの客も楽しめる極めて平等なステージ。
「……」
一曲目が終わる。みやびの完璧な導入。
二流は考える。しょせん場繋ぎ。みやびの腰巾着だって。
三流は考えもしない。喜んでステージに上がり、馬鹿みたいに歌うだけ。
(あーしは一流になる。社長が鬼龍院みやびでいるうちに超えてやる)
桃瀬桃子は虎視眈々と、待った。
圧倒的強者の喉元に食らいつく、その時を。
そうして、ステージが幕を開く。映像が映る。観客が見える。
そこは――。
「参番ステージのみんな。やっほー。盛り上がってるー?」
衣装はピンクのゴスロリ服。髪はピンクボブ。体は小柄。
動きに連動する3Dモデル。自己投影型の完璧な仕上がり。
「いやぁ、これは儲けもんや」
「もももっ!? なんでここに」
「弐番ステージのはず、だったよな」
驚きを見せる観客を横目に、ポップな音楽がかかりだす。
(あーしを参番ステージに立たせた以上、その見返りはきっちりもらうからね)
◇◇◇
6日前。広島市内。ホテル。地下二階。個室。
バスローブに身を包み、桃子はベッドに腰かけ、携帯を耳に当てている。
『……も、桃子、さん。こ、コラボの件で、話があります』
たどたどしい独特な口調で、話を切り出される。
通話の相手は思った通り、伊勢神宮ちゃんの中身だった。
「待ってたよぉ。それで、早速だけど、答えを聞かせてくれるかな?」
『こ、コラボはできません』
「ふーん。こっちに損はないけど、勿体ないなぁ。一応理由を聞かせてくれる?」
意外、というより、少し見直した。
たぶん、この子は自分の力で成り上がるつもりなんだ。
『い、一緒に、壱番ステージの切符。か、勝ち取りませんか』
「……へ?」
違う。この子はコラボなんかよりもっと先を見ている。
そう直感してしまった。まだ何も聞かされていないっていうのに。
◇◇◇
四十畳ほどの四角いスペースに、複数のモニターと、桃子の姿。
3Dモデルを動かすための黒いモーションキャプチャースーツを装着していた。
「ありがとー。これから、まだまだ参番ステージ盛り上がるからね!」
二曲目。桃子のパートが終わる。
どのステージも無料で生配信されている。
視線は、配信画面。複数あるモニターの一つに向く。
壱番ステージ。同時接続数321万人。
弐番ステージ。同時接続数154万人。
参番ステージ。同時接続数93万人。
目標の数字には、全然、届いてない。
(あーしが歌っても、この数字……。もっとやれるはずなのに)
ステージ内の観客の人数は限られている。
だけど、同接は青天井。そこにあの子は目をつけた。
『に、弐番ステージの同接を、さ、参番ステージが上回れば、参加ライバー全員を、い、壱番ステージにあげてもらえるよう、ナナコさんと、約束、しました。だ、だから、桃子さん。ど、どうか、参番ステージで、歌ってもらえませんか?』
部屋の隅にいるライバー達の目は、血走っている。
コラボ、ではなく、個人同士の力で輝き、下剋上を起こす。
それが、あの子の提案した作戦だった。だけど、現実はかなり厳しい。
「お、お疲れ、さまでした。桃子、さんのおかげで――」
「お世辞はいらないよ。それよりさ、想定内なの、この数字は」
声をかけてきたのは、伊勢神宮ちゃんの中身。
目を隠すような長い前髪に、白黒の袴を着ている。
実名は知らない。クラスにいたら目立たそうな女の子。
「……き、厳しいです」
ぶん殴ってやりたかった。
ここにいるライバーは自分以下の人ばかり。
出鼻でこけてしまったのは、正直、めっちゃくちゃ痛いはず。
「…………まだ策はあるんだよね?」
でも、殴ってはあげない。
士気が下がれば、正真正銘終わり。
勝ちの芽を自分で摘むわけにはいかなかった。
「あ、あります!!」
返ってきたのは、この子にしては、景気のいい言葉。
だったら、信じてあげるしかなかった。そのために、ここに来たんだから。




