第16話 暗躍
広島市内、お好み焼き店。
カウンターとテーブルがあり、席は満席。
どこも大きな鉄板があり、じゅうじゅうと音を立てている。
「いいか、坊主。広島風お好み焼きなんて間違っても口にするなよ。お好み焼きの発祥は、大阪じゃなく広島なんだ。大阪が元祖お好み焼きで、広島が広島風お好み焼きと言われる風潮を死ぬほど嫌っている。もし、店員に広島風お好み焼きくださいなんて言った日には、ぶちまわされるからな」
その隅のテーブル。坊主頭に、青い制服を着た糸目の男。
鍛えられた肉体に、腰には刀。
滅葬志士副棟梁に位置する隊員。千葉一心は力強く説明する。
「ぶちまわされる……?」
向かいに座るのは困り気味に答える、青い制服を着たジェノ。
「ぼこぼこにされる、という意味だ。いいか、絶対に言うんじゃあないぞ」
一心は、そう強調すると、
「いらっしゃい。ご注文はなんにしよる?」
茶髪で後ろ髪が外にはねた、活発そうな女性店員が現れた。
青の和服を着ていて、腰には、般若のロゴが入った黒の前掛けをつけている。
「広島風お好み焼きをふた、つ……」
口に出したのは一心。
その顔が青ざめていくのが、見える。
流れのせいか言ってはいけないことを口走っていた。
「いい度胸しよんねぇ。表、出てくれる?」
「いや、ちが……。今のは言葉の綾だ。待ってくれ!!」
その後、一心の断末魔が、町中に響き渡った。
◇◇◇
「いいか、反面教師というやつだ。姐さんには逆らうな」
顔が腫れあがった一心が、説得力しかないことを告げる。
「姐さんって、この人は一体……」
視線を向けた先。副棟梁を軽くぶちまわした人。
先ほどの店員がテーブルに居座り、お好み焼きを頬張っている。
「うーん、やっぱ、うちのお好み焼きが世界一じゃ」
『またキャラがかぶっとる。だから広島には来たくなかったんじゃ』
姐さんと呼ばれた人と、懐にいるツバキの声が響く。
今はツバキの事情なんてどうだっていい。この人はいったい何者なんだ。
「……今、誰か広島の文句でも言うた?」
広島を冒涜されたと思ったのか、彼女は眉根をひそめる中、
「滅葬志士広島支部棟梁。毛利広島。郷土愛が強すぎるお人だ」
一心はその正体を淡々と告げる。
広島というあまりにもストレート過ぎる名前。
それだけでパンチがあったけど、それより気になったのは肩書き。
――滅葬志士棟梁。
通りで強いわけだ。この人だけは怒らせないようにしよう。
「気のせいか。それより、見やん顔やね。この子は?」
「こいつはジェノ。新人です。フェスの件で派遣されました」
「いらんお世話じゃ。地元はうちらが守る。新人に出る幕はない思うよ」
ただ、いきなり風当たりは強い。
こっちは新人な上に、外国人。よそ者だ。
郷土愛が強い彼女なら、歓迎したくない気持ちは分かる。
「なんでもいいので、お手伝いさせてもらえませんか?」
でも、引けない。引くわけにはいかない。
このまま手ぶらでアメリカに帰っていいわけがない。
「……理由は?」
「仲間が鬼にさらわれたんです」
率直に話す。余計なことは言わない。
「はぁ……。じゃったら、皿洗い、してもらえる?」
諦めたようなため息と共に、広島は言う。
ファーストコンタクトはどうにかなった。問題はここからだ。
◇◇◇
広島市内、線路沿いにある駐車場。
電車が横切り、フェンス越しに光が走る。
「……いや、こっちこんでっ!!!」
這いずるは若い女。
長い黒髪のハーフアップ。
グレーのドレスを着た、キャバクラ嬢。
その向かい。フェンスを背に立っているのは。
「――」
深くフードをかぶり、黒い角が突き出た背の高い鬼。
一歩、また一歩と、腰を抜かした獲物に少しずつ近づいていく。
「うぅ……こんで言いよるのにぃ!!」
深夜の人気のない路地に女の声が響く。
それがたまらなく情欲と食欲をかき立てられる。
あとは一手で事足りる。か弱い人間を組することなど容易い。
「危害は加えません。どうか、どうか血を恵んでくれはしませんか!」
膝をつき、頭を地面にこすりつけ、嘆願する。
それは帝国における最も相手を敬い、服従を示す行為。
自らの位置を限りなく下げ、相手を立てる礼式。――土下座。
「………………は?」
目をぱちくりとしたキャバ嬢は、つけまつ毛が落ちている。
あともう一押し。へりくだれ。へりくだれ。油断するな。へりくだれ。
「器材はこちらを。200CCほどで構いません! お手間はおかけしませんので!」
懐から注射器を取り出し、顔を上げる。
見えたのは、赤い瞳に、金色の髪をした鬼。
高貴な立ち振る舞いが売りの鬼龍院みやびの中身。
人間に媚びへつらい、もはやその面影もないナナコだった。
「そ、それなら、ええけど……」
キャバ嬢は注射器を受け取り、困惑気味に承諾する。
(やった、営業大成功!!!)
この瞬間が一番生を実感する。
この反応を見るのがたまらなく好きだった。




