第15話 ソロかコラボか
翌朝。広島県知事公舎。一階。会議室。
青いジャージ姿のアザミがパイプ椅子に腰かける中。
向かいに座るは、黒服に黒髪オールバックのサングラスをかけた男。
「あんたのサポートを任された、キクだ。ナナコの姉貴に拾われる前は、弱小レーベルのサウンドエンジニアをやっていた。作詞はできないが、作曲の方は少しばかり経験がある。フェスに必要なら頼ってくれて構わない」
ナナコの付き人。名前はキクというらしい。
さばさばとした高圧的な喋り。他人行儀で素っ気なさを感じた。
「……あ、あの、わたし」
「男性恐怖症のことは知っている。極度な接触はしない」
言おうとしたことを、先に言われてしまう。
(あれ。話したことあったかな?)
些細な違和感を覚えつつも、知っていたなら話は早い。
「……じゃ、じゃあ、考えていること、話しても、いいですか?」
昨日の件も含めて、相談してみることにした。
◇◇◇
「桃瀬桃子とコラボ……」
キクが難色を示したのは、コラボの件。
ライブ当日に頼みたいことへの反応は良好だった。
「も、問題、ありますか?」
「姉貴の意向は、参番ステージでのライブ。コラボを選ぶなら、俺は手を引く」
言いたいことはよく分かる。
あくまで、彼は上司の指示下で動いている。
個人的な関わりのない人間より、上司の肩を持つのは当然。
「……そ、そこを、な、なんとか、なりませんか?」
ただ、こちらも抱えきれないほどの責任を背負っている。
普段なら絶対諦めるけど、勇気を出して、少しだけ食い下がってみた。
「……」
返ってきたのは沈黙。
体は小刻みにぷるぷると震えている。
「あ、あの……」
今にも殴りかかってきそうだった。
逃げたい気持ちを抑え、平静を装って声をかけた。
「南無三っ!!」
すると突然、キクは拳を振るう。自分自身に対して。
「……っ!?? だ、だいじょうぶ、ですか?」
物音が鳴り、自分を殴ったせいでパイプ椅子に埋もれていた。
男の人に手を差し伸べることはできない。ただ言葉を投げかけることはできた。
「……も、問題ない。ただの発作だ。ともかく、意見を変えるつもりはない」
変わった人。というより、かわいそうな人だった。
発作で自分を殴ってしまうなんて、日常が地獄だったはず。
ただ、どちらにせよ、個人かコラボか、選ばないといけなくなった。
◇◇◇
広島県知事公舎。二階、執務室。
高そうな椅子に腰かけるのは、臥龍岡県知事。
公務じゃないからか、昨日会った時とは違い、燕尾服を着ていた。
「ほんで、用とはなんじゃいな?」
「ど、どこまで、人に頼っていいと、思いますか?」
自分一人で答えを出してもよかった。
ただ、時間はまだ余裕があるし、失敗はできない。
自分勝手に決めてしまう前に、第三者の意見を聞いておきたかった。
「……えらい、抽象的じゃのぅ。まぁよい。ワイなりの結論でいいか?」
「お、お願いします」
「身分不相応な相手を頼るのはやめておけ。相手の頼みを断れんようになる」
「で、でも、早く結果を出さないと……」
「恩の押し売り言うてな。半端に成功した人間ほど、立場の弱い人間に一方的な恩を売り、見返りに支配しようと考えよる。そこに対等な意見交換などありゃせん。同じ目線で話せんなら、成功しても、心は一生奴隷のままよ」
「……だ、だとしても」
成功しないと、意味がない。
やれることは全部やった方がいい気がする。
「枕営業、という言葉を知っておるか?」
「……あ」
枕営業――体を売って、仕事をもらうこと。
それで仕事をもらっても、長続きしないのはよく聞く話。
恐らく、そういう類の誘いに引っかかったと思われているんだろう。
「己の価値は下げるな。本当に価値のある宝石は装飾をせずとも、輝く」
ここに来て、良かった。
そう思えるほどの為になる助言。
後は、自分の考えに。意思に従うしかない。
◇◇◇
広島県知事公舎近くの道路。
夜は更け、住居と街灯の明かりだけが頼り。
電信柱に背もたれしながら、袴姿のアザミは携帯端末に耳を当てる。
『もしもーし。こちら、桃瀬桃子の携帯だよ』
「……」
『あれ? 聞こえないなぁ。いたずら電話なら切っちゃうよ?』
この反応。たぶん、誰がかけてきたか分かってる。
分かった上で、わざと試してる。
切り出さないと。声を出さないと。ちゃんと思いを伝えないと。
「……も、桃子、さん。こ、コラボの件で、話があります」