ジャストミート
エレベーターが開き、少女と目が合った瞬間、俺は思わず片手を上げて口を開いていた。
「おはよう」
「ひっ」
反射的にA1の後ろに隠れる少女。そして、無言でこちらを見るA1。
驚かしたわけじゃないのに、何故かA1から責められているような気分になる。
ん? 俺は少女を食堂に連れて来いとは言ってないのに、何でコイツは少女と一緒にここにいるんだ?
まさか、紳士では無くフェミニストだろうか。主人の命令よりも少女のお願いを聞いた可能性は十分にある。
俺がジッとA1を睨んでいると、少女が恐る恐るといった様子で顔を出した。
「……あ、あの、大魔術師様、でしょうか……」
「おぉ! 日本語! マジか!」
少女の言葉に思わず歓声を上げると、少女はまたすぐに隠れてしまった。
怯えられている。
地味ながらも人畜無害な人間として平和に生きてきたのに、まさかの女子高生くらいの少女に怯えられてしまった。
これは心に大きな傷を負うような案件である。
ひっそりと凹んでいると、少女がまた顔を出し、上目遣いにこちらを見た。
「わ、私を、どうされるおつもりですか……?」
どうされる?
何が?
「どうって、何が?」
柔らかーく聞き返す。柔らかーく。優しーく。
しかし、少女の顔は緊迫感に満ちている。何故だ。
「わ、私は、ただの町娘で……何も持ってませんし、何も、知りません……」
消え入るような声でそう言われて、ようやく理解した。
あ、誘拐犯と思われてる。
「うわー、そうかぁ。そうだよなぁ……気を失ってる間に知らない場所に連れてかれてるんだもんなぁ。そう思うよねー……」
この誤解をどうにか解かねば。
そう思って少女を見るが、いまだに警戒心剥き出しの状態である。
俺は溜め息を吐きながら笑い、口を開いた。
「とりあえず、ご飯食べようか。付いておいで」
そう告げて背を向けると、後ろで少女が戸惑う気配を感じる。だが、俺とA1が歩き出すと少女の足音も付いてきた。
「腹が膨れれば前向きになるもんだ。なぁ?」
すぐ斜め後ろを歩くA1に小さな声でそう言ってみたが、A1はいつも通り無口なままだった。
【赤い髪の少女】
黒い髪、黒い眼の青年。歳はあんまり違わないのかもしれない。二十歳くらいだろうか。
私よりも頭一つ分大きなその青年は、魔術師らしい細身で珍しい形の布の服を着ていた。上が灰色で下が黒い服だ。
「付いておいで」
意外にも優しい声でそう言われ、私は青年とゴーレムの後に続く。
青年は穏やかな顔でゴーレムに何か話しかけていた。やっぱり、ゴーレムを作った一人なのだろう。見た目に騙されてはいけない。
それにしても、先程までとは違うのにまたも不思議な空間だ。床は何の毛皮か分からないが多分絨毯だ。しかし、左右の壁や天井と壁の間で光る灯りは何だろう。
壁は固くスベスベしているし、灯りは魔術による白い光では無いように見える。かといって、揺らめく様子も無いからランプなどでもないと思う。
左右の引き戸が勝手に閉まり、景色が上に流れて違う場所に来たのにも驚いたけれど、あのゴーレムの大軍を作り出した魔術師達ならば何でも出来るようにも思えた。
青年とゴーレムは明るい光が漏れる部屋に入っていき、長テーブルの前に立つ。
「そこに座っててね」
指し示された方向には簡素な椅子があった。派手な感じでは無いけれど、これも普通の椅子ではないのかもしれない。
おっかなびっくり椅子に腰を下ろすと、少し柔らかい座り心地だった。
落ち着かない気持ちになりながら周りを見てみると、かなり整理整頓された部屋で、青年は火を使って何かしていた。
ふと、良い匂いが漂ってくる。
そわそわしていると、青年は綺麗な白い皿と透明なコップを持って来た。
私の前にあるテーブルに皿とコップが置かれる。皿には質素な麺が乗っていた。驚く程均一な麺は凄いけれど、ただ塩茹でにしただけに見える。
でも、自分が余程空腹なのか、匂いは凄く良い。
と、皿の隣にある透明なコップが目に入る。ガラスかと思ったけれど、違うのだろうか。本当に色一つ付いていない透明な器だ。形もあり得ないほど整っている。
指で触れてみて、器を持ち上げてみた。
じっくりと器を眺めていると、青年が不思議そうに首を傾げていた。
「す、すみません……」
慌てて器を置き、白い皿に乗っている料理に向かい直る。皿のそばにはフォークがあったので、それを手にして麺を絡み取った。
少し躊躇ったが、思い切って口に運ぶ。
僅かに堅さの残る麺を噛み切り、口の中で味わった。
「……美味しい」
思わず、口からそんな言葉が漏れた。ピリッと辛くて、でもほんのりと甘みがある味だ。少し強い風味も美味しさを増幅させている気がする。
素朴な筈なのに深みのある味に、私は夢中になって手と口を動かした。
お皿の上にあった麺が姿を消してしまい、無意識に顔を上げて青年を見る。
「お代わりかい?」
青年から苦笑しながらそう言われ、私は顔が熱くなる。
まるで犬のように浅ましい姿を晒してしまった。恥ずかしい。
頭の中で色々な言葉がグルグルと回る中、今更ながらに上品にフォークを皿の隣に置き、器を手にした。
器の中では透明な液体が揺れている。
お水をいただいて冷静になろう。
そう思って器を口に運ぶと、酸味のあるスッキリとした香りが鼻孔をくすぐった。
果実水だ。私も好きで良く飲んでいたっけ。
懐かしい気持ちになりながら、果実水を一口啜った。ほんのりと甘酸っぱい優しい味がした。
ゆっくりゆっくり、名残惜しみながら果実水を飲んでいると、青年が口を開いた。
「俺はシーハラタイキ。君は?」
「…………エイラ、です」
私が名を名乗ると、シーハラタイキと名乗る青年は嬉しそうに笑った。
美味しいものは皆大好き。
焼肉食べたい。