新皇帝来島
「ようこそ、天空の国へ」
そう声を掛けると、馬車から降りたばかりのブラウ帝国の新たな皇帝、シュバルツが口を開く。
「……貴方が、タイキ殿、ですか?」
戸惑いを隠せないような返事に、俺は苦笑して首を傾げる。
「一応、タイキという名前を名乗っておりますよ」
そう答えると、シュバルツは僅かに慌てた様子で首を左右に振った。
「あぁ、いや、申し訳ない。てっきり、何百年と生きていそうなご老人を想像していたもので……まさか、本当に伺っていた通りの御姿とは……」
シュバルツはそう呟き、改めて背筋を伸ばした。
「私が現ブラウ帝国皇帝、シュバルツ・ブラウです。先の革命の際には、お力添え頂き有り難く存じます。今しばらくは帝国の地固めに奔走しておりますが、落ち着けば改めて同盟国として大々的な催しをさせていただきます。その場には是非タイキ殿にも参加していただきたく……」
と、シュバルツは大国のトップらしからぬ低姿勢で挨拶を始める。
だが、それも仕方のないことかもしれない。なにせ、ブラウ帝国は革命直後である。国内の情勢に掛り切りだろうし、敵対する国は減らしたい筈だ。
本来ならこれほど早く新皇帝が他の国に出向くなどありえないらしいが、今回は一泊二日の超短期間での挨拶と視察旅行ということで来ることが出来たとのこと。
そんなに忙しいならもっと後回しでも良いですよ、などと思っていたが、シュバルツはかなりこちらに気を揉んでいるようである。
と、色々と考える俺を尻目に、シュバルツは周囲をゆっくりと見回して口を開いた。
「……しかし、ようやく天空の国に足を踏み入れたというのに、全く現実感が湧きませんね。確かに、雲が目線より下にあり、空は見たことがないほど深い。だが、足元には美しい石畳と草原の道……美しいが、不思議な場所だ」
シュバルツがそんな感想を口にすると、ディツェンが大きく頷いて両手を広げる。
「まさに、空の上の理想郷! タイキ様! ディツェンがついに帰って参りました!また魔術の深淵について私にご教授を……!」
俺は魔術の深淵について語ったことがあっただろうか。
内心そう思いながらも、ディツェンに苦笑を返して片手を上げておいた。
「タイキ様、エイラ様。ただいま帰りました」
トレーネがそう言うと、隣に並んだメーア、ラント、シュネーが深く一礼する。
「お疲れ様でした」
挨拶を返すと、トレーネ達は笑顔でお互いの顔を見合う。
「久方ぶりにございます、タイキ様、エイラ様。ご機嫌はいかがでしょうか」
次にユーリが挨拶をし、俺とエイラが会釈して返事をする。
「ユーリさんもお疲れ様です。協力していただき、本当に助かりました」
そう答えると、ユーリは楽しそうに笑った。
「ふふ。こちらこそ、得難い経験をさせていただきました。ブラウ帝国の陛下と直接の知り合いとなれたのですから、報酬は十二分にいただけました」
ユーリがそう言ってシュバルツに顔を向けると、シュバルツは困ったように笑いながら頷いていた。
どうやら、ユーリがフリーダー皇国の王族であると知ったらしい。帝国の皇帝としては大きな借りが出来たというところだろうか。
複雑な状況に笑っていると、最後にアイファ達が前に出て来た。そして、その場で片膝をつく。アイファの他に三人のエルフがおり、全員がこちらに頭を下げている。
皆が口をつぐむ中、アイファが代表して口を開いた。
「タイキ殿……タイキ殿のお陰で我が家族達は無事に森へと帰った。望むなら、タイキ殿を精霊樹と引き合せよう。精霊樹が応えるかどうかは分からないが、恐らくタイキ殿ならば……」
アイファがそう言うと、エルフ以外の面々が驚きの声を上げる。まぁ、伝説として語られる存在を直に見ることが出来るというのは驚嘆すべきことなのだろう。
しかし、森の中に実際に降りるのは怖いなぁ。モンスターみたいなのもいるみたいだし。
ふとそんなことを考えた俺は、片手を上げて首を左右に振る。
「いや、素晴らしいことであり、大変な名誉ですが、遠慮しておきましょう。俺よりもユーリさんやトレーネさん達の方が頑張りましたからね」
そう言って笑うと、エルフ達は顔を上げて目を丸くした。
「なんと無欲な……」
「人間にも、このような人物がいるのか…」
男のエルフ二人がそう呟くと、アイファのすぐ後ろにいる女のエルフが顎を引く。確か、フィアトーラという名前だったか。
「……なるほど。アイファの言っていた意味が分かりました。そして、そういった人物なればこそ、精霊樹に引き合わせたい」
そんな厄介な言葉を漏らすと、フィアトーラはまた頭を下げた。
「タイキ様。空の王たるタイキ様にご無礼を承知で申し上げます……! 何卒、地上に降りて精霊樹に御手を……!」
フィアトーラが声を張り、アイファがその台詞に追従する。
「フィアトーラは精霊樹の直接のお世話をしていた巫女ともいうべき存在。悪いようにはしないと約束しましょう。是非とも、精霊樹に……」
えー。やだー。
思わずそんな台詞が口をついて出そうになったが、何とか飲み込んだ。
「……ありがとうございます。しかし、一先ずは城の中へどうぞ。皆様お疲れでしょうから、心ばかりのおもてなしを致しますよ」
そう言って笑い掛けると、エルフ達は何故か良い方に受け取ったらしく感嘆の声を上げていた。
それを見ていたシュバルツは何とも複雑な表情で一人呟く。
「我が父は長年掛けて屈服させようとして駄目だったが、タイキ殿はむしろエルフ達から是非にと頼まれる、か。皮肉なことだな」
自嘲気味に笑って口にされた言葉に、俺は何となく北風と太陽という言葉が頭に浮かんだのだった。




