ヴィオレットの思惑
【ヴィオレット】
予想通り、ゴーレムは私の誘いに敢えて乗り、近付いてきた。
あのタイキという青年にはまるで王という雰囲気は無い。だが、凡夫でも無い。
アツール王国の同盟となったからといって、私やアイファを殺さなかったところには為政者としての素質も垣間見られる。
自国の利益を優先する。
これが為政者の第一条件であり、それを理解しているからこそ、帝国と安易に戦争状態にはしないのだ。
先の戦いへの介入により、力は見せつけている。通常ならば、それだけで帝国は天空の国と事を構えようとはせず、むしろ積極的に友好国となるべく動くだろう。
そう思ったからこそ、タイキは我々を天空の国に滞在させたはずだ。
しかし、一つ誤算があった。それはケーニヒス・ブラウという老人の気性だ。
己が欲望の為ならば国が亡ぼうが気にしない狂人であり、稀代の戦略家でもあるブラウ帝国の皇帝である。
それに比べ、タイキという人物は欠伸が出る程にお人好しで平和主義だった。
恐らく、エルフを全て奪い去った後に皇帝と交渉し、エルフに手を出さないように告げるつもりだったのだろう。対して、皇帝はタイキがエルフの守る精霊樹を狙っていると思っているはずだ。
ならば、皇帝がエルフを手放すはずが無い。
つまり、帝国と天空の国は争う未来しか存在しないのだ。
兵を率いて小国を圧し潰し、略奪した金品や宝物で優雅な暮らしをしてきた部分は感謝しているし、とても楽しい日々だった。
だがそれも終わりだ。残念ながら、天空の国と戦えば帝国に勝ち目はない。
そう思い、僅かに感傷的になっていると、皇帝は近づいてくるゴーレムを見て口を開いた。
「そこで止めよ」
そう言われ、私はゴーレムに向かって片手を上げる。
しかし、ゴーレムは止まらない。速度を緩める事なく、真っ直ぐに皇帝に向かって歩いていく。
ゴーレムの制御など奪っていないのだから当たり前だ。
「ヴィオレット将軍! 陛下はゴーレムを止めよと……!」
ゴーレムが止まる気配が無いと分かり、ようやく周りが騒ぎ始めた。
「……おや、止まりませんねぇ? これはどうしたことか……」
私がそう言うと、皇帝の周囲を守るように兵士達は動き出し、宮廷魔術師達はゴーレムへ攻撃する為に詠唱を開始する。
「やはり、寝返っていたか!」
「陛下をお守りしろ!」
騒がしく動き始める一同。他にもゴーレムがいるというのに、接近してくる一体に向かって全員が武器を構えるのはどうかと思うが、私にとっては都合が良い。
城内にも関わらず最大級の魔術を繰り出そうとするかつての同僚達に笑みを浮かべ、私はゴーレムの後を静かに追従する。
「……至高なる者よ、その御力をもって刻を凍らせ止めよ……」
口の中で静かに詠唱をしながら……。
【アイファ】
ヴィオレットの狙いが読めない。
あのタイキ殿のゴーレムをどうにか出来るとは思えないが、果たして帝国を裏切ったのか。
だが、ヴィオレットは私と同じく奴隷の印のために皇帝には手を出せない。
そうなるとゴーレムが肝だが、ヴィオレットがこの場に来る必要は無い。タイキ殿のゴーレムを用いて場を支配する気ならばこのゴーレム達だけで事足りる。
いや、確かにあのゴーレム達が暴れ出せば、人質となってしまった私やフィアトーラが死ぬ可能性も出て来るだろうが、ヴィオレットがそんなことを気にするだろうか。
そこまで考えて、私はあることに思い至った。
タイキという人物の性格だ。
もしかするとあの温和な空の王は、皇帝を取り押さえて言うことを聞かせるつもりなのかもしれない。皇帝を殺さないから帝国内は混乱せず、内乱も起きづらい。そして、エルフは解放される。そんな理想を思い描いたか。
「甘過ぎる考えだが、ありえる」
呟いてから奥歯を噛み締め、眉根を寄せる。
もしそれをタイキ殿が狙っているのならば、それは下策と言わざるをえない。後に必ず望まざる結果を招くこととなるだろう。
いや、今この状況の私が何を言わんや、か。
全てはタイキ殿の心のままに。家族の大半を救ってもらったのだ。今さら私の命など惜しくはない。
ただ、願わくばフィアトーラだけは無事に森へ帰れたなら……。
精霊樹に祈りを捧げる私の眼前で、三人の魔術師の魔術が発動する。
石すら融解させる滅しの炎による円柱、頑強なる城壁すら木っ端微塵に砕く巨石の槍、そして、可視化するほどの暴風が圧縮された鎌鼬。
そのどれもが極大魔術とも言われる最大級の魔術だ。
通常ならば千の兵を屠り、数十体のゴーレムを打ち砕く一撃ばかりである。
轟音が鳴り響くと同時に視界は赤く染まった。対魔術を施された床や壁が一部吹き飛び、城の屋根は炎と鎌鼬の影響で大きな穴が開く。
周囲に熱波は巻き起こるが、その熱量の殆どは破壊の中心に向かって凝縮されていった。周囲には土煙と破壊された屋根からの瓦礫が舞い、視界は一時的に失われる。
その景色が、誰かが行使した風の魔術によって払われた。
そして現れたのは、屋根に空いた屋根からの陽を浴びながら歩を進める、タイキ殿のゴーレムの姿だった。
「ば、馬鹿な……」
呻くような声が聞こえる。
それはそうだろう。実力は私と遜色ない宮廷魔術師達が、一斉に放った最大破壊力の一撃なのだ。
だが、タイキ殿のゴーレムはその全てを正面から受けきってしまった。腕や脚の一本は無くなるかと思ったが、僅かに足元に残った土煙で見えない部分はあっても、その歩みから恐らく無傷だと予想が出来る。
これでは、もはや為すすべが無い。あの異常な堅牢さに加え、力は強く目にも止まらぬ速度で移動することまで出来るのだ。
このゴーレム一体が上位のドラゴンに匹敵するとみなくてはならないだろう。
その事実にようやく気が付いた兵達が、ゴーレムが歩を進める度に後退し、自然と道を開けるように左右に避けた。
そのことを咎めることもせず、皇帝は目を細めてゴーレムを見つめる。
「へ、陛下……逃げて下さい……!」
兵の一人がそう口にするが、皇帝は鼻を鳴らす。
「馬鹿な。この帝都から逃げてどうなる? 我はもう若くないのだからな。再起を図る時間も残っておらぬわ」
そう言ってカカと声を上げて笑うと、近付いてくるゴーレムを見て両手を広げた。
「この力……コレ一つあれば全てが叶う。それが十以上……く、くくく……口惜しいな。これが欲しい。空の上の城とやらも、精霊樹も……己の欲に気が狂いそうだ。はっ、はっははははっ! さぁ、この我をどう殺す気だ? その細身に似合わぬ剛力で首を千切るか? それとも頭から圧し潰すか? どうせだ。貴様にしか出来ぬ殺し方を見せてみろ!」
まさに、ケーニヒス・ブラウという言葉だった。
自分の死を予感しながらも、タイキ殿のゴーレムの力に身を焼くほどの好奇心を刺激され、輝くような笑みを浮かべて自らを殺せと叫んでいる。
その皇帝の前にゴーレムは立ち、ゆっくりと両手を伸ばし始める。
ゴーレムの手が皇帝に触れようとしたその時、ゴーレムの後方からヴィオレットが現れ、口を開いた。
「……刻止めの細氷」
直後、ゴーレムの足元を中心にきらきらと光る氷の霧が舞った。地面は瞬く間に白く染まり、ゴーレムの体表も霜が降りる。
「ヴィオレット、貴様……」
皇帝が目を見開いてヴィオレットを睨むと、当の本人は口が裂けたような恐ろしい笑みを浮かべ、顎を引いた。
「えぇ、分かっていますよ。今こそ、私が陛下を助けますとも。この全てを凍らせる氷の魔術で、ゴーレムを氷漬けにしますからねぇ……あら? しかし、これではすぐ側にいる陛下まで巻き添えになってしまうのでしょうか……」
ヴィオレットはそう言うと困ったような顔で笑った。
「申し訳ありません、陛下。もう私でもこの魔術は取り消せませんね。さぁ、凍り付くまで残り十数秒……どうか、良い夢を、陛下」
その言葉を合図に、ゴーレムと皇帝の足元が音を立てて凍りつき始めた。見る見る間に足首、膝、腿と氷に覆われていく中、皇帝は恐ろしいまでの形相でヴィオレットを睨み、口の端を吊り上げる。
「……く、くくくっ! やるではないか、小娘が。我に手を出せないから、明確な我の敵対者を作り出した、か! 面白いぞ! そのような抜け道があるとは! ああ、なんたることだ! 死の間際、これほど我の心を潤す出来事が押し寄せるか! 運命とは皮肉なものよ! 欲するもので溢れ、そのどれもが手に入らぬ! は、ははは! ははははははっ!」
気が狂ったように笑いながら、ブラウ帝国皇帝、ケーニヒス・ブラウは氷の墓標の中で息絶えた。
その壮絶な最期を、誰もが声も出せずにただ眺めていることしかできなかった。いや、その中で唯一ヴィオレットだけは、小さく肩を揺らして笑い声を漏らしていたが。
派手な戦争と迷いましたが、今回はじんわりと終わらせてみました。書籍版ではかなり改稿する予定ですのでお楽しみに!




