開幕
【アイファ】
全てを引き裂くように鋭い二つの風の刃。周囲の壁にヒビを入れながらこちらに飛来するそれを、私は寸でのところで防いだ。
既に、こちらの体力も魔力も底を尽きつつある。
壁に片手をつき、背中を丸めた前傾姿勢のまま足を引き摺るように歩く私を、通路の奥に立つ二人の男が嘲笑った。
「随分と無様な姿を晒してるな、アイファ殿?」
「貴方のそのような姿を見るのは初めてですよ」
宮廷魔術師のローブを着た二人は、大盾を構えた重装歩兵の列の後方からそんな声を投げ掛けてくる。
大口を叩くのなら、私の目の前でやってみろ。
そう言ってやりたいが、正直今の状態は有り難かった。
突如として私が反乱を起こし、帝都のエルフ達を連れ去っていると判断した皇帝は、数の力で押し潰すことに決めた。
そして、虎の子の近衛兵と上級騎士、そして宮廷魔術師は自分の周りと城の外周に配置し、私が逃げ出せないように対処したらしい。
「ふ……」
思わず、笑いが漏れる。
私は最初から自分が生き残ろうなどとは思っていない。
家族達さえ無事ならば、それで問題は無いのだ。
そんな私にとって、この時間を掛けた嬲り殺しのような状況は正に望んでいた展開である。
「何を笑って……っ!?」
笑みに気が付いて声を上げようとした男に、私はなけなしの魔力を使って小さな氷の塊を飛ばす。普段の私の力を知っているその男は、そんな小さな氷程度に最大限の警戒を見せ、慌てた様子で結界を張っていた。
「く、くくく……」
その様子に、私はまた笑う。
「……どうやら、既に頭がおかしくなっているらしい。重装歩兵団! 少しずつ前進しろ!」
号令が響き、まるで鉄の塊のような鎧の兵士達がこちらに歩き出す。硬く重い、物々しい足音だ。重装歩兵には魔術に対して抵抗力を備えた大盾と鎧を装備している。
本来なら正面から戦うのは避け、ゴーレムや落とし穴、落石を用いて物理的に対抗する相手である。
我が故郷の森の中であれば問題なかったが、こんな場所では最悪の相手と言える。
さて、この相手に今の状態で、どれだけ時間が稼げるか。
ここが、私の最後の戦場だ。
【ユーリ】
私は今、歴史の転換点にいる。
帝国を強大な存在へと押し上げた立役者たる皇帝が、次の代へと入れ替わるのだ。それも次の皇帝になるだろう人物は、一度帝位継承権を剥奪された皇太子、シュバルツ・ブラウ。
慎重な彼が皇帝になった場合、侵略を続けてきた帝国がピタリと領土拡大を止めることだろう。
それが帝国にとって良い結果となるかは分からない。けれど、周辺国にとって、フリーダー国にとっては確実に良い結果が訪れる。
ここは、後々皇帝になる人物に大きな貸しを作っておいた方が良い。
「ユーリ様。皆もう下に向かってますよ」
と、ディツェンから声を掛けられて私は顔を上げた。
「あら? 皆様いつの間に……ちょっと考え事をし過ぎましたでしょうか」
そう言って苦笑すると、ディツェンは困ったように笑う。
「まぁ、我々はオマケみたいなものですからね。いざという時に援護するくらいしか仕事はありませんから」
それだけ言うとディツェンは笑いながら階段を降りていった。
ディツェンは優しい。研究が好きで、それを認められて国の予算を割り振られる術師となれた。本来なら、研究室に引き篭もりたいところだろう。しかし、今は渋々ながら善意でアイファやシュバルツの助けになろうとしている。
私やヤヌアル兄様は、どうあっても頭の片隅から皇国の利益になるかどうかといった考えが離れることは無い。
為政者とはそういうものだろう。
だからこそ、純粋に人助けが出来るディツェンのことが私達兄妹は大好きなのだ。
そして、それはタイキ様にも感じていることだった、
天空の国に住む、天空の王。
やろうと思えば世界をその手にすることも可能だろう。だが、そういった欲などは全く感じられない。
今回のアイファの件でもそうだ。アイファの願いを聞き入れた後に精霊樹を手にし、さらに帝国をそっくりそのまま奪い去ることも可能に違いない。
しかし、タイキ様はエルフだけでなく、アツール王国のことにも配慮して帝国との戦争を避けている。
「不思議な人、ですね」
思わず、私の口からそんな言葉が漏れた。
階段を降りながら、タイキ様が嬉しそうに語った料理や城の設備のことを思い出す。
まったく王らしくない、優しい人。
この帝国が変わった時、貴方は何を思い、何をするのでしょうか。
私にとって、それは帝国の行く末と同じだけ気になること。
それを確認する為にも、アイファ達エルフを救って帝国の革命を為さなければ。
「……まさか、こんなことに関わることになろうとは思いもしませんでしたね」
そう呟き、私は一人微笑みを浮かべてディツェンの後を追った。




