エルフ救出第1号
ロボットが素早く兵士達を薙ぎ倒し、その間にメーアとトレーネが驚くエルフを連れて逃げた。
どうやら、エルフもメーア達が敵ではないと察してくれたらしい。
その映像にホッと一息吐き、背凭れに寄り掛かる。
「なんとか上手くいったみたいだね」
「そうですね。しかし、これで他の場所も時間にゆとりが無くなってしまいましたが……」
エイラの台詞に、苦笑しつつ頷く。
「そうだね。まぁ、元から今回は皇帝に気取られないようにスピーディーにいく予定だったし」
そうフォローしつつ、内心では少し焦っていた。
最短一週間でこの事を皇帝が耳にするならば、帝都では一週間以内に全てのエルフの所在を明確にせねばならない。
アイファが半数近くは居場所を予測しているようだったが、ディツェンとユーリは手探りな為にあまり成果を発揮出来ていない。
幸いなことに、エルフはそれぞれ何かしらの仕事に従事しているらしく、よく兵士達に囲まれて移動している。
つまり、タイミングさえ合えばすぐにでも発見出来るだろう。
「後は、運次第かな」
小さく小さくそう呟き、俺は息を吐いた。
【エルフ】
強い風が吹いた。
土煙が舞い上がり、遅れて頑丈な石壁が崩壊する音が響く。
それを確認した時には、帝国兵達はもう吹き飛ばされた後だった。
「に、兄さん……!」
妹の震える声と服の裾を引っ張られる感覚に、俺は上手く答えることも出来ずに妹の背に片手を添える。
なにせ、目の前には不恰好な四角い箱のようなゴーレムの姿があるのだ。ゴーレムはそれまでの動きが嘘のように静かに佇み、ゆっくりと顔をこちらに向けてくる。
その背後から、ローブを目深に被った二人の人影が現れた。影になっていて顔の一部しか見えないが、恐らく二人とも女だろう。
このゴーレムの造り手に違いない。
「……お、お前達は……」
「いいから、走って!」
何者か。そう聞こうとした瞬間、前を走る女が強い口調でそう叫んだ。
若い。声の感じは、まるで子供のような幼いものである。そして、敵意も無いようだ。
「……分かった」
短くそう答え、妹の手を引く。
即同意するとは思わなかったのか、女が呆気に取られるような気配を感じた。
「……じゃあ、付いてきて!」
が、女はすぐに気持ちを切り替えるとこちらなど見もしないで前を走り出した。あっという間に追い抜かれた俺と妹が思わず顔を見合わせていると、次に来た人物に声を掛けられた。
「アイファさんからの頼みです。どうか付いて来てくださいね」
そう言われ、成る程と納得する。
「……っ! 兄さん!」
妹が弾むような声を出した。
「ついに、動くのか!」
頷いてからそう言い、俺達も女の後を追って走る。
ようやく、この時がきた。
自分達だけが逃げることは容易だっただろうが、逃げれば間違いなく他の家族に迷惑が掛かる。そう思い、動くことも逆らうことも出来ずに、随分と長い時間が経ってしまった。
長年共に暮らしてきた大切な家族達だからこそ、皆が同じ気持ちだと理解出来た。それ故に余計に動くことができなかったのだ。
兵士達の会話から、魔術師として優秀なアイファが宮廷魔術師に選出されたと知っていた。
それを初めて聞いた時、二つの想いが胸の中を駆け巡った。一つは、どんな理由であれ一定以上の地位を得たアイファならば皆を助けることが出来るかもしれないという想い。
そしてもう一つは、アイファ本人がそのことを理解し、義務や責任、使命といった鎖に縛られてしまったことへの深い同情である。
もし自分が同じ立場に立ったなら、毎日を平静に過ごすことは出来ないだろう。
早く自分が動かねば、家族はこのまま帝国の道具として離れ離れに暮らす羽目になるかもしれない。
早く自分が動かねば、年寄りはこのまま森に帰ることも出来ずに石の上で生を終えるかもしれない。
早く自分が動かねば、精霊樹に執着する皇帝が家族に拷問を行うかもしれない。
その恐ろしい想像は、毎日自身の精神を蝕み、静かに己を殺していくことだろう。
だから、俺はアイファがついに行動を起こしたことに喜びを覚えるし、もし失敗したとしても責めるようなことは無い。俺がすることは、アイファのやろうとしていることを出来るだけ早く理解し、アイファの思う通りに動くことだ。誰か一人でも死ねば、それはアイファの心に一生残る傷となるだろう。
死ねないし、死なせない。
「やるぞ、シャル」
「はい、兄さん!」
妹も想いは同じだ。俺はシャルとうなずき合いながら、石畳の上を走った。
【ヴィオレット】
柔らかく手触りの良い寝具を指先で撫で、窓の外に目を向ける。地上からは見ることが出来ないような深く青い空だ。
清潔なベッドと様々な驚愕すべき設備、そして目を見張るような美味しい食事。
信じられないような快適な生活だ。何者も来ることが出来ない空の上は、平和で穏やかな日々が約束されたようなものだろう。
しかし、それ故に地上でみられるような強い刺激は無い。
犯罪者は居らず、戦争も無く、飢餓も無く、静かでゆったりとした時間が流れる天空の国。
その一室で、私は目を細めて息を吐く。
「……なんと面白みの無い国でしょう」
そう言って、ベッドから腰を上げて窓に近付く。
窓から島の風景を眺め、自然と溜め息が出た。美しい白い家々や木々、毎日変わらぬ景色だ。
「違う文化、違う人種、違う魔術……地上には私も知らない国が幾つもあるに違いないですからねぇ」
呟き、私は窓を開ける。
穏やかな時間に鼻を鳴らし、口を開いた。
「違う様々なものを屈服させ、奪い取る……これほど楽しいことは他にありません」
そう口にすると、空の上とは思えない柔らかな風がふわりと私の頬を撫でていった。
まるで、腐る私の心を慰めるようで、それがまた癪に障る。
「……自力で脱出は難しいでしょうねぇ」
タイキという人物は随分とお人好しに見えるが、今の事態では手加減は期待出来ないに違いない。あのアイファと空中戦を繰り広げたゴーレムと戦うのは利口とは言えないだろう。
「やはり、最も確実な方法は私を自由に出来る人物を言いくるめることでしょうか」
つまり、タイキである。幸いなことに今はゴーレムを複数同時に動かしているらしく、タイキの集中力は平時よりも遥かに下回っていることだろう。
「あとはこの部屋から出ることが出来るか、でしょうねぇ」
そう呟いて扉の方に向かい、片開き扉を開いた。すると通路の反対側の壁に立つゴーレムの姿が。
「……タイキ様にお会いしたいのですが……って、私は何をしてるのでしょう」
なんとなくゴーレムに話しかけてしまい、気恥ずかしさに呻く。
「もっと違うやり方を考えなければなりませんねぇ……って、あら?」
部屋に戻ろうとしたが、ゴーレムが向きを変えていることに気が付いて立ち止まる。
ゴーレムはこちらに体の側面を向け、通路の奥に顔を向けていた。
「……まさか、そんな……」
そう呟きながら、私は一歩部屋から出て通路に足を踏み出した。
同時に、ゴーレムが通路の奥へと歩き出す。
その背中を呆然と見つめ、私は口を開いた。
「……どうやら、会わせてもらえるようですねぇ」
まったく、この国には常識が通じない。




