猫ねこネコ
悲鳴と絶叫が幾重にも重なって響く恐怖の馬車が天空の城に到着した。
馬車の中を見ると、泣き叫ぶ者や失神した者、身を寄せ合ったままガタガタと震える者など、阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。
二つの馬車を順番に運んだA1が最後の馬車を地面に下ろすと、御者席に必死にしがみ付いて震える少女の姿があった。
「車で移動とかしてもネコって凄い怖がるもんな」
ペッタリと伏せられた猫耳を見ながらそう納得していると、エイラが困ったように口を開いた。
「……どうやら、何人かは奴隷印を既に……」
「消せないんだっけ?」
「はい……」
意気消沈するエイラに、俺は溜め息を吐いて少女に目を向ける。
すると、馬車の御者席でこちらを睨みながら震える少女の姿があった。
「大丈夫? 危なかったね」
そう声をかけながら近づくと、少女がナイフを構えてこちらに向き直る。
荒い呼吸を繰り返し、怯えたような眼で威嚇する少女。手を出せば引っ掻かれる。
ぼんやりとそんなことを考えつつ、俺は両手を広げて笑った。
「怖くないよ? ほら、武器も何も持ってない」
そう告げると、少女は眉尻を下げて首を竦める。
可愛い子だな。
場違いにもそんなことを思った。中学生くらいに見える小柄な身体と、その体型に良く合う幼げな顔と大きな丸い目。うん、マタタビあげたい。
そんなことを思いながら微笑んでいると、フラッと少女の身体が傾いた。力が抜けたように馬車から落ちそうになり、まるで予測していたかのように自然に動いたA1に支えられた。
どうやら気を失ったらしい。
「とりあえず、申し訳ないけどそっちで寝ててもらおうか。馬車壊せるかい?」
そう言うと、A1は一瞬周囲を確認し、城の壁で木陰になる地面に少女をふんわりと下ろした。そこへ、エイラが付き添うように隣に座る。
そして、A1は馬車に近付き、馬車の鉄格子を両手で握って広げた。バリバリと屋根と床の繋ぎ目が割れ、中から絶叫が響き渡る。
物凄い怯えさせてしまった。
人一人分が出られる隙間を作っても、今のところ誰も出てくる気配が無い。仕方がないので、もう一つの馬車の鉄格子もバリバリした。
すると、こちらは隙間が出来てすぐに、一人の男が顔を出した。浅黒い肌に黒髪の五十代ほどの男だ。彫りが深く、無精髭を生やしている。筋肉質な身体ということもあり、何かの武術の達人のような迫力と雰囲気を持った男だ。
だが、可愛らしい猫耳とふりふり揺れる尻尾が生えている。
「……私はバルト。名前を聞かせてもらっても良いだろうか」
バルトと名乗った猫耳の男は緊張した様子でそう口にした。
「俺はタイキです。宜しくお願いします」
軽く頭を下げてそう言うと、バルトは目を瞬かせながら会釈を返す。
「た、助けてくれた、と思っている。それについて、最大限の感謝を……だが、この城はいったい……」
動揺しつつ、バルトは咳払いをして周りを見た。
「うーん……空を飛ぶ城、ですかね? 住みやすいですよ?」
笑いながらそう答えると、バルトは目を丸くして俺を眺め、ついには吹き出した。
「ふ、はっはっは! 皆、大丈夫だ。出て来い」
バルトがそう言って馬車から出てくると、釣られるように他の人たちも馬車から降りてきた。気を失った老人や女の人もいたが、他の人が担いで一緒に出て来る。
皆は馬車の前に座り込むと、何度も頭を下げた。
「あ、ありがとうございます。ありがとうございます」
「何とか、全員が奴隷にならずに済みました」
口々に感謝の言葉を言われ、俺は恐縮しつつ苦笑する。
「助けたのはコイツですからね。お気になさらず」
そう言うと、ざわざわしながら皆はA1を見上げた。
「こんなゴーレムは初めて見た」
「あぁ、それに凄い動きをしたぞ」
「やはり、大魔術師様なのか……」
こちらをチラチラと見ながらA1と俺に対する会話がなされている。なんとも不思議な気持ちになりながら、俺はバルトを見た。
「とりあえず、この城に滞在していっても良いけど、どうします?」
そう尋ねると、バルトは複雑な顔で皆を見た。他の人達はお互いの顔を見合わせている。
「……我々は、あの魔の森を鎮める為の祠を守る護人と呼ばれる一族だ。普段ならばあんな盗賊くずれに後れはとらないのだが、家族を人質にとられてな……あわや、役目を果たせないところだった。だが、タイキ殿が助けてくれたことで、また祠を守ることが出来るだろう」
「では、またあそこへ?」
そう聞き返すと、バルトは申し訳無さそうに深く頭を下げた。
「助けてもらっておいて、厚かましいことを口にしているのは重々承知している。その高度なゴーレムを動かす為に多大な魔力が必要であることも分かっているつもりだ」
そう言って、バルトは顔を上げた。
「それでも、我々を、あの場所へ下ろして欲しい」
バルトの真剣な目を見つめ、俺はA1と顔を見合わせた。魔力なんて言われても良くわからないが、良く考えたらA1ってどうやって動いてるんだろう。
やはり、太陽光だろうか。
どうでも良い事を考えて笑い、バルトに向き直る。
「良いですよ。A1ならササっと運んでくれますから」
「……感謝する」
深く頭を下げるバルトに苦笑していると、ふと、奥に座る老人が顔を上げた。
「バルトよ」
名を呼び、老人は立ち上がる。深いシワの刻まれた年寄りらしい年寄りだ。白髪は白髪だろう。
「今回、残念ながら三人は奴隷の印を受けてしもうた。その者達は、悪いが護人としてはやっていけないだろう」
老人が哀しそうにそう口にすると、バルトが悔しそうに歯を嚙み鳴らす。
そういえば、奴隷印を付けられた人は魔法的な感じで拘束されちゃうんだっけか。それだと、確かに今後も人質に取られて同じ事態を引き起こしちゃうんだろうな。
大変だなぁ、なんて思って見ていると、バルトは眉をハの字にした情け無い顔をこちらに向けた。
「……申し訳ない。奴隷印を受けてしまった者三人を匿って貰えないだろうか。何処か、獣人達が暮らしていける場があればそこで下ろしてもらっても良い。だから……」
「ああ、いや、大丈夫ですよ。ほら、住む家は余ってますからね。良かったらそこの家か城に住んでもらえれば」
「……重ね重ね、感謝を」
また深く頭を下げるバルト。気苦労が多そうである。
「それで、その三人というのは……」
そう言って皆を見回すと、気の強そうな二十代後半ほどの女の人が立ち上がった。そして、皆の視線が気を失った四十代前後の女の人と、その肩を支えるように持つ三十代くらいの男へと向く。
「私の妻とその妹、そして弟だ。妻を含めて妻の兄弟全員が気が強くてな……暴れ過ぎた為に……」
悔しそうにそう言うバルトに、俺は深く納得する。
バルトの嫁とその兄弟か。確かに、離れ離れになるのは嫌だよな。何となく、エイラが診てくれている気を失った女の子にも似てる三人だが、もしかして四人兄弟だったりして。
「たまに戻って来ましょうか? そうしたら、その時は会えますよ?」
そう言うと、バルトは嬉しそうに顔を上げた。
「本当か! それは有難い……!」
本当に嬉しそうに返事をしたバルトに、俺も少し嬉しくなった。奥さん大好きなんだろうな、バルト。




