奴隷狩り
「逃すなよ、上玉だ!」
野卑た男の声と笑い声。そして、徐々に近付く蹄の音。少し離れた場所からは地面を跳ねるように走る馬車の車輪の音も響く。
その音に追い立てられ、懸命に逃げている人影があった。
三角の耳と、スカートに穴を開けて外に出た長い尾の毛を逆立てた、淡い水色の髪の少女だ。
小柄な身体で細い手足を必死に動かし、少女は涙を滲ませて辺りを見た。
驚くような速さで走る少女だったが、やがて馬に追いつかれていく。
「おらぁ!」
馬に乗る男が怒鳴り声を上げて分銅の付いた縄を投げ、少女の足に巻きつけた。
「ぎゃん!」
悲鳴を上げて地面を転がる少女。速度が出ていただけに恐ろしい勢いで身体を地面に叩きつけられ、少女は地面にうつ伏せに倒れてしまう。
馬を止めた男は笑いながら降りた。追い付いてくる二台の馬車を横目に、男は倒れた少女に向かって歩いていく。
腰から短剣を抜き、左手で倒れた少女の肩を掴んだ。
「ツッ!」
直後、少女は振り返りながら小さなナイフを振るう。
硬い金属の当たる音が響き、少女の握るナイフの刃と男の短剣が歪な十字を作った。
「獣人ってのは気が強ぇなぁ」
男は笑いながらそう言うと、ナイフを握る少女の腕を足で器用に踏みつけ、右手で頭を掴んだ。
「下手くそは気を抜いて噛まれるが、俺はそんな馬鹿とは違うからな」
「う、うぅ……」
余程強く握られているのか、少女は手足をバタつかせることも出来ずに悲鳴を漏らした。
やがて馬車が追い付き、馬車を走らせていた馭者が馬車を止め、二人降りてくる。
「おい、凄い転げ方してたぞ」
「治せないような怪我してねぇだろうな?」
口々にそんなことを言いながら現れた二人に、男は面倒臭そうに鼻を鳴らした。
「そんな失敗するかよ。ほら、奴隷印持ってこい」
「今やんのか?」
「こいつ、相当動くからよ。逃げられた時の為に先にしとこうぜ」
男がそう言った瞬間、少女は獣のような声を上げて暴れ出した。それを力付くで押さえ付け、男は二人を振り返る。
「な?」
「お、おぉ。こりゃ元気が良いな。ほれ、奴隷印だ」
そう口にして、男は箱を取り出した。大きな鍵の付いた頑丈そうな箱である。箱を開けると、中から白い長方形の印鑑のようなものが現れた。
少女を取り押さえた男が顎をしゃくり、少女を見る。
「ほら、今のうちに押せ」
「い、いやぁ! いやぁああっ!」
絶叫を上げる少女に、印を持った男は下卑た笑いを浮かべて近づいた。男が何か呟くと、印が薄っすらと緑色に光る。
「動くなよ? 一度押したら消えないからな。顔に印なんてあったら売り物にならねぇ……」
笑いながらそう言った男は、不意に姿を消した。
「あん?」
咄嗟のことで事態を把握出来ない男達は、奴隷印を手にしたまま後方に吹き飛んだ仲間を見て固まる。
そして、呆然とする男の後ろに巨人がいることに気が付いた。
「なっ!?」
少女を取り押さえた男が声を上げた瞬間、間の抜けた顔で固まっていたもう一人の仲間は吹き飛んだ。
片手で横からハエを追い払うように振ったのだ。だが、その勢いは凄まじく、無防備だった男はボールのように吹き飛んで地面を転がった。腕が変な方向を向いたまま倒れた仲間を見て、男は慌てて立ち上がる。
「な、な、何でこんなところにゴーレムが……!?」
言いながら、男は少女を片手で掴み上げてゴーレムを睨む。
「魔術師は何処だ!? こ……」
声を荒げた男は最後まで喋る間も無く、少女を掴んだ腕と頭に強かな一撃を受けて昏倒した。少女は地面に落ちて軽く頭を打ち、隣に倒れる男に気が付いて息を呑む。
男の腕は折れた骨が皮膚を突き破っていた。
「あ、う……」
少女はゴーレムを見上げて怯え、後ろに少しずつ下がった。腰を抜かしてしまったのか、手足を不恰好に動かして後退りをする少女を暫く眺め、ゴーレムは馬車の方へ歩き出した。
【タイキ】
「うわ、馬車の中も一杯捕まってるよ」
スクリーンに映し出された映像には、老若男女問わず複数人の獣人達が雑多に詰め込まれていた。屋根はあるが、牢屋のように鉄格子が四方を囲んでおり、中には椅子も何も無い。
二つの馬車の中で、怯えた様子を見せる獣人達。それを見て、エイラが眉根を寄せた。
「……酷いですね。奴隷印を受けていなければ良いのですが……」
「奴隷印? まさか、焼印かい?」
痛そうだなと顔を顰めていると、エイラは首を左右に振る。
「大昔は焼いた鉄ごてで背中に印をつけていたようですが、ここ百年以上は奴隷印という印をつけます。砂漠の大国が開発したものですが、一生消えない印ということで瞬く間に世界に広がりました。焼くのは付けられてすぐなら回復魔術で治せましたが、魔術を練り込んで付ける奴隷印は傷では無いので治せません」
「エグいなぁ」
エイラの説明に溜め息を吐くと、エイラは表情を曇らせて顎を引いた。
「命令を強制する奴隷印も開発中らしいのですが、幸いなことに今現段階では軽い罰を与える程度の力しかありません。身体が痺れて動けなくなるくらいですね。ただ、動けなくなったところを鞭で打たれますが……」
「うわ、怖……何処の世界の人間も酷いことを思いつくもんだ」
そう答えて、俺は画面に指を伸ばした。A1の項目に指を置き、口を開く。
「皆を連れて来られるかな? 一先ず避難させよう」
そう言うと、A1は馬車を両手で持ち上げた。
乳酸菌は牛以外からも手に入ると聞き、改めてペンネームを変えておいて良かったと思いました。




