悩める二人
「……っ!? っ!?」
声にならない声をあげながら落ちていくワイバーンと俺を交互に見るエイラを横目に、どうしたものかと悩む。
なにせ、ドジっ子天使にこの世界に遣わされたのだ。よく分からない扱いを受けそうで怖い。
とりあえずは適当に誤魔化しながら過ごすとしよう。
「あ、あの!? 今のは!?」
「うん、驚いたね。何だろうね?」
「全然驚いてない!」
「あ、そうだ。あっちには温水プールもあるんだよ」
「ちょ、ちょっとタイキ様!?」
そんなノリで上手く誤魔化しながら島内を案内して回った。
最後は四階で窓際に椅子とテーブルを置いてゆっくりと夕日を眺める。
夕日に照らされたエイラは綺麗で、思わず「このまま此処に住みなよ」と言いそうになった。
だが、エイラは町娘である。両親も心配しているだろう。あの火サスの現場は良く分からなかったが、騎士達に乱暴されかけたのかもしれない。騎士の風上にも置けぬ奴らよ。
しかし、久しぶりの会話相手である。申し訳ないが、エイラ側から言い出すまで、このままでも良いだろうか。
居なくなってしまうと寂しい。
だが、エイラに魔術師であると嘘を吐いている今の状態は如何ともしがたい。罪悪感はありつつも、説明するのが難しい。
さて、困ったなぁ。
【エイラ】
大型のワイバーンを指先一つ動かさずに倒したタイキ様は、やはり伝説の大魔術師様に違いない。
本気を出せば一人で国一つ滅ぼすことだって出来るかもしれない。
だが、当の本人は至って自然体であり、むしろ誰よりも穏やかで優しい。
「この島では肉や魚、野菜や果物は何とかなるんだ。あと、水とか塩、砂糖みたいな調味料もね。でも、牛乳が無い」
「牛乳ですか?」
「豆乳なら出来るんだけどね。だから、牛乳の代わりに豆乳を使って料理とかもしてるんだよ」
「そうだったんですか」
「でも、牛乳が無いと乳製品が作れないんだ。凄く大事な乳酸菌って栄養も取れないしね」
「乳酸菌?」
「うん。チーズとかヨーグルトとか、色んな乳製品に必ず入ってるんだよ。乳酸菌は身体の調子を整えるだけじゃなくて、ストレスの軽減にも効果があるんだ」
「よ、よく分かりませんが、とても良い物であることは理解出来ました」
私の返事に満足したのか、タイキ様は何度も頷いて笑った。
「しかし、タイキ様は何でもお出来になるのでしょう? 牛を島で飼われては如何ですか?」
「……牛の世話をした事が無いんだ。乳搾りもね」
珍しく顔をしかめて言われた言葉に、私は思わず吹き出して笑ってしまった。
「ご、ごめんなさい」
笑いながら謝るが、タイキ様は拗ねたように口を尖らせる。
「誰にだって初めてはあるし、出来ないことなんて山のようにあるものだよ?」
「そうですね。ふ、ふふふ」
ああ、タイキ様もちゃんと人間だった。笑いを我慢しながらそんなことを思い、私は少し安心していた。
私も牛の世話なんてしたことは無いが、ゴーレムやこの島を作れと言われるより遥かに楽だろう。
「ちなみにエイラは何が得意なんだい?」
「ダン……あ、いえ、そ、そうですね……」
咄嗟にダンスと答えそうになり、慌てて誤魔化した。そういえば、私が子供の頃からやっていたものは町娘らしくないものばかりだ。
どうしよう。
料理も出来ないし掃除すら出来ない。町娘ならば学問は出来ずとも家事くらいは出来るだろう。
では、私には何が出来るのか。
悩んでいると、タイキ様が困ったように笑った。
「そんなに真剣に考えなくて良いよ。あ、それなら料理練習してみるかい? 簡単なやつなら教えられるよ?」
「あ、お、お願いします」
答えながら少し落ち込んでいると、タイキ様は柔らかい微笑みをこちらに向けた。
「誰でも最初は出来ないからね。ゆっくり覚えたら良いさ。一年もやってたら俺より上手くなってるよ」
「……ありがとうございます」
タイキ様は優しい。
多分、疑いも無く私のことを町娘だと思ってくれている。こんな生活をしているからか、少し浮世離れしているから私を疑わないのだろう。
そんなタイキ様を騙したくはない。それに、タイキ様ならば正直に言えば助けてくれる気がする。
でも、もし駄目だったら、私はここにはいられないだろう。
いや、今もいつ出て行けと言われるか分からない。
タイキ様にとって気紛れで助けた町娘だ。もし、面倒に思えば地上へ帰されて然るべきだと思う。
このまま黙っていれば、此処に居ることが出来るかもしれない……そんな、酷く自分勝手な考えが私の口を閉じさせた。
二人が悩む内に、天空の城は山を越える。向かう先には、世界を統べるべく勢力を拡大している大国、ブラウ帝国があった。
世界よ、空を飛ぶ城を見たことがあるか!?
あ、右手の中指が折れました。
左手で書いてます!




