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召喚士が召喚した召喚士 ~基礎から始める召喚マネジメント講座~  作者: KEI
第3話 十羽の鳥と迷子の森

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(一)依頼文の読み方

◆ 一 召喚士ギルドへ


 ヴァルセイン王国中央召喚士ギルドは、リオルが思っていたよりも静かだった。


 人は多い。


 入口の近くには依頼人らしい商人がいて、奥の机では召喚士らしい男女が書類を確認している。壁には依頼札が並び、受付の後ろには照会水晶がいくつも置かれていた。


 けれど、酒場のような騒がしさはない。


 声を出す者はいても、声を荒げる者はいない。


 誰かが依頼を持ち込み、誰かが契約条件を確認し、誰かが記録板へ署名する。


 召喚士ギルドは、賑やかな場所というより、たくさんの約束が管理されている場所だった。


「ここが、依頼を見る場所……」


 リオル・ロステルは、入口のところで少し立ち止まった。


 学生登録の確認で来たことはある。


 学校行事の説明で、先生に連れられて入ったこともある。


 けれど、依頼掲示板を自分の目で読むつもりで来たのは初めてだった。


 横に立つメルセナ・オルブライトは、いつも通り無表情だった。


 白に近い灰色のコート。金色の髪。翼のような銀の髪飾り。


 彼女が一歩中へ入るだけで、ギルド内の空気が少し変わった。


 受付の職員が姿勢を正す。


 書類を運んでいた若い職員が足を止める。


 奥にいた召喚士の一人が、慌てて帽子を取った。


 リオルは小声で言う。


「先生、やっぱりすごい人なんですね」


「昨日から、その説明は何度かされたはずです」


「聞きましたけど、こういう反応を見ると改めて……」


「反応に慣れる必要はありません。目的に集中してください」


「はい」


 返事をした直後、受付の奥から女性が歩いてきた。


 栗色の髪を後ろでまとめた、落ち着いた雰囲気の職員だった。手には記録板を抱えている。


「オルブライト閣下。お待ちしておりました」


「今日は照会ではありません。低難度依頼の閲覧です」


「学生向け閲覧ですね。ロステルさんの訓練ですか」


「はい」


 メルセナが答える前に、リオルは慌てて頭を下げた。


「リオル・ロステルです。よろしくお願いします」


「ミレイユ・グレインです。こちらこそ。昨日は通信水晶越しで失礼しました」


「あ、ミレイユさん」


 リオルは顔を上げた。


 昨日、通信水晶越しに応召条件を照会していた職員。


 声だけしか知らなかった相手が、今、目の前にいる。


「首、大丈夫でしたか?」


 ミレイユは一瞬だけ目を瞬かせた。


 それから、少しだけ笑った。


「今のところ繋がっています」


「よかったです」


「よかったで済ませてよい話かは、まだ審議中です」


 メルセナが言った。


 ミレイユはすぐに姿勢を正す。


「全力で繋げ続けます」


「お願いします。照合担当が必要です」


「首の話が普通に続いてる……」


 リオルは小さく呟いた。


 メルセナはそれを聞き流し、ミレイユへ視線を向ける。


「低難度依頼の閲覧をお願いします。受注前の訓練です」


「承知しました。学生向けに危険度を落とした一覧を用意しています」


「ただし、実際の依頼文を変えすぎないでください」


「はい。依頼者の文章は原文を残し、補足だけこちらで付けています」


「よいです」


 リオルは首をかしげた。


「依頼文って、分かりやすく直した方がよくないんですか?」


「訓練としては、直しすぎない方がよいです」


 メルセナは、依頼掲示板の方へ歩き出した。


 リオルも慌ててついていく。


「現実の依頼は、最初から整理されていません。依頼者は、自分が分かっていることと分かっていないことを、必ずしも分けて書きません」


「だから、読めるようにする?」


「はい。依頼文を読むのも召喚士の仕事です」


 掲示板には、たくさんの依頼札が並んでいた。


 荷物運び補助。


 畑の水撒き。


 屋根の上の布を取る。


 ペット探し。


 倉庫整理。


 夜間見回り補助。


 どれも、リオルが想像していた召喚士の仕事より、ずっと地味だった。


「もっと、魔物退治とか、防衛とかが並んでるのかと思ってました」


「あります。ただし、あなたが最初に読むべきではありません」


「危ないからですか?」


「危ないからです。加えて、難しい依頼ほど文章も難しくなります」


 メルセナは一枚の依頼札を指した。


「まずは、低難度依頼からです」


◆ 二 依頼文の読み方


「依頼文を読む時は、まず三つに分けます」


 メルセナは掲示板の前で言った。


「三つ?」


「依頼者が望んでいること。依頼者が分かっていること。依頼者が分かっていないことです」


 リオルは依頼札を見た。


 荷物運び補助。


 近隣の倉庫から店先まで、布袋十個を運ぶ補助。


 重さは一つにつき成人男性一人で持てる程度。


 道は舗装されているが、雨の日は滑りやすい。


「えっと……望んでいることは、荷物を運ぶこと」


「はい」


「分かっていることは、荷物の数と、重さと、距離。あと道が雨の日に滑ること」


「はい」


「分かっていないことは……その日、雨が降るかどうか?」


「よいです」


 メルセナは頷いた。


「雨なら、土精霊で足場を整えるか、滑らない運び方を考える必要があります。人通りが多ければ、大型の召喚対象は邪魔になります」


「呼べるものから考えるんじゃなくて、目的から考える」


「昨日の復習です」


 昨日。


 教室掃除。


 水精霊と風精霊を増やして、小さな台風を作った。


 リオルは思わず、少しだけ遠い目になった。


「床は正直でした」


「依頼文も正直です。ただし、書かれていないこともあります」


「そこが難しいです」


「難しいから、読む訓練をします」


 次に、メルセナは畑の水撒き依頼を示した。


「これはどうですか」


「望んでいることは、畑に水を撒くこと。分かっていることは、畑の広さと場所。分かっていないことは……土の状態?」


「よいです。乾きすぎているのか、ぬかるんでいるのかで、水精霊への指示が変わります」


「水をたくさん出せばいいわけじゃない」


「はい。水を出しすぎれば、作物を傷めます」


 リオルは頷く。


 昨日の床も、水を出しすぎると大変だった。


 畑なら、もっと大変なのだろう。


 次は倉庫整理。


 次は夜間見回り補助。


 次は落とし物探し。


 メルセナは、リオルに一つずつ読ませた。


 依頼者が望んでいること。


 分かっていること。


 分かっていないこと。


 危険になりそうなこと。


 召喚対象に任せてよいこと。


 任せてはいけないこと。


 リオルは少しずつ、依頼札を見る目が変わっていくのを感じていた。


 ただのお願いではない。


 依頼文は、まだ形になっていない仕事だった。


 召喚士は、それを読んで、形にしなければならない。


 その時、ミレイユが新しい依頼札を一枚持ってきた。


「オルブライト閣下。こちら、低難度枠ではありますが、少し急ぎです」


 メルセナが受け取る。


 リオルは横から覗き込んだ。


「迷子捜索補助……」


 札には、こう書かれていた。


 森の端で薬草摘みに出た子どもが、昼前から戻っていない。


 年齢は八歳。


 最後に見られたのは、東の小道近く。


 赤い帽子。


 黄色い肩掛け。


 小さな薬草籠を持っている。


 森の深部ではない。


 ただし、日暮れまでに発見したい。


 地元の捜索隊はすでに出ている。


 上空または広範囲からの確認補助を求む。


 リオルの指先が、依頼札の上で止まった。


「子ども……」


「読み上げてください」


 メルセナが言った。


 リオルは依頼文をもう一度、声に出して読んだ。


 読み終える頃には、胸の奥が少しざわついていた。


「すぐ行った方がいいんじゃないですか」


「行く前に考えます」


「でも、急がないと」


「急ぐ時ほど、最初に決めます」


 メルセナの声は静かだった。


 焦っていないわけではない。


 ただ、焦りで手順を飛ばさない。


 そういう声だった。


「目的」


「迷子の子を見つけること」


「範囲」


「東の小道周辺。森の浅い場所」


「終了条件」


「子どもを見つけて、保護すること」


「危険時の撤退基準」


「大型の獣や魔物を見たら、近づかずに戻る?」


「よいです」


 リオルは息を吸った。


 昨日、床で学んだことが、いきなり床ではない場所に出てきた。


 目的。


 範囲。


 終了条件。


 危険時の止め方。


 それを決めずに動けば、たぶん迷子探しでも小さな台風が起きる。


 小さな台風なら、床が濡れるだけで済む。


 でも、森で破綻すれば、子どもが危ない。


「では、この依頼に対して、何を呼びますか」


 メルセナが尋ねた。


 リオルは依頼札の内容をもう一度見る。


 森。


 迷子。


 赤い帽子。


 黄色い肩掛け。


 薬草籠。


 最後に見られた場所は、東の小道近く。


「水精霊……は、川があれば何か分かるかもしれません」


「何が分かりますか」


「水の流れとか、湿った場所とか……」


「迷子の子どもを見たかどうかは?」


「……分かりません」


「はい」


 リオルは考え直す。


「じゃあ、風精霊で森の上から……」


「風精霊は風を送れます。空気の流れを変えられます。音を運ぶこともできます」


「はい」


「ですが、赤い帽子を見た、黄色い肩掛けを見た、子どもが倒れていた、とは報告できません」


「あ、そうか」


「風精霊は、風です。目で見て、判断して、人間に伝える存在ではありません」


 リオルは依頼札を握る手に少し力を入れた。


「土精霊なら、足跡を……」


「地面を動かすことはできます。足場を整えることも、穴を塞ぐこともできます」


「でも、足跡を見て報告はできない」


「はい。土の乱れを拾う補助にはなりますが、それだけで迷子の位置を特定するには向きません」


「火精霊は……森ではだめですね」


「初手としては不適切です」


「全部だめじゃないですか」


「精霊が役に立たない、という意味ではありません」


 メルセナは淡々と言った。


「水精霊は水を扱えます。風精霊は風を扱えます。土精霊は地面を扱えます。火精霊は火を扱えます。どれも有用です」


「でも、今回必要なのは……」


「見て、戻って、何かを伝えることです」


 リオルはそこで、ようやく自分が考えるべきことを理解した。


 迷子探しに必要なのは、強い力ではない。


 森を押し広げることでもない。


 風を吹かせることでも、水を流すことでもない。


 赤い帽子を見つけること。


 黄色い肩掛けを見つけること。


 子どもを見たら戻ってくること。


 つまり、目があり、動けて、リオルのところへ戻ってこられる相手が必要だった。


 その時、ギルドの屋根に鳥がとまっているのが見えた。


 茶色い小鳥が一羽。


 こちらを見て、首をかしげている。


 リオルは顔を上げた。


「鳥なら……」


 メルセナが静かにリオルを見る。


「鳥なら、上から見られます。赤い帽子とか、黄色い肩掛けなら、見つけられるかもしれません。それに、戻ってきてくれます」


 ミレイユが記録板を持つ手を止めた。


「鳥を、召喚するんですか?」


「たぶん……できます」


 リオルは屋根の鳥を見たまま答えた。


「来てくれる子なら」


 メルセナは一拍置いてから言った。


「では、その前に確認しましょう。あなたは、何羽呼べますか」



※第3話「十羽の鳥と迷子の森」は全四回です。

続きます。


作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/summoning-management-course-basic-top/

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