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召喚士が召喚した召喚士 ~基礎から始める召喚マネジメント講座~  作者: KEI
第2話 教室に小さな台風

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(二)上位精霊はいない

◆ 三 一体ずつならうまくいく


「では、リオル。あなたの案を聞きます」


 メルセナが言った。


 リオルは実習室を見渡した。


 床には魔力粉が薄く残っている。紙片も落ちている。机の脚には白い粉がついていて、そのまま雑巾で拭くと広がりそうだった。


「水精霊で床の汚れを浮かせて、風精霊で乾かせばいいと思います」


「悪くありません」


「本当ですか?」


「目的と対象の性質は合っています」


 リオルは少し嬉しくなった。


「でも、僕が呼べるのは一体だけです」


「はい。ですから、最初の水精霊はあなたが呼んでください。風精霊は私が呼びます」


「先生が呼ぶんですか?」


「今回の目的は、呼べる数を競うことではありません。複数の召喚対象をどう扱うかを学ぶことです」


「じゃあ、やってみます」


「その前に、条件を決めましょう」


「条件?」


「どこを掃除するのか。どの程度濡らしてよいのか。誰の机には触らないのか。いつ終わるのか。呼んだ精霊をどう帰すのか」


 リオルは目を瞬かせた。


「掃除なのに、そんなに決めるんですか?」


「掃除だから決めます」


 メルセナは淡々と言った。


「小さな作業で曖昧な召喚士は、大きな作業でも曖昧です」


「……はい」


「まず範囲」


「床の、昨日の召喚陣の周りだけ」


「水量」


「水たまりを作らないくらい」


「禁止事項」


「紙には触らない。机の上にも触らない。補助札の箱にも触らない」


 ダリルが小さく頷いた。


「補助札の箱に触らないのは大事だ」


「とても大事です」


 メルセナも頷いた。


 リオルは召喚陣の前に立った。


 昨日と同じ実習室。


 昨日と同じ床。


 だが、今日はメルセナが隣にいる。


 リオルは息を吸った。


「水精霊、来て」


 淡い水色の光が床に浮かぶ。


 昨日のように白銀の線は走らない。


 小さな水滴のような精霊が、ふわりと現れた。透明で、丸くて、少し頼りない。けれど、昨日とは違って形は崩れなかった。


 リオルは慎重に言う。


「床のこの範囲だけを湿らせて。水たまりは作らないで」


 水精霊が小さく揺れた。


 床に薄い水の膜が広がる。


 魔力粉が浮き上がり、白い筋が少しずつ動いた。


 メルセナが片手を上げる。


「風精霊」


 風が鳴った。


 リオルの水精霊よりもずっと静かに、風精霊が現れた。姿は薄い。空気の揺らぎが、そこにいることを教える程度だった。


「風精霊への指示案を」


「え、僕がですか?」


「はい。私が呼びましたが、今回あなたは運用案を出します」


 リオルは少し緊張しながら風精霊を見る。


「風精霊、こっちへ。紙を飛ばさないくらいで、床だけ乾かして」


「妥当です。そのまま」


 風が弱く流れた。


 床の水気が少しずつ消える。水精霊が浮かせた魔力粉は、雑巾で拭き取りやすい場所に集まった。


 時間はかかる。


 だが、確かに掃除は進んでいた。


 ユナが少し明るい声を出す。


「できてる」


 セリオは横から見て、ぼそりと言った。


「遅いな」


「遅いですが、安全です」


 メルセナが即答する。


 リオルはその言葉を繰り返した。


「遅いけど、安全……」


「基礎としては悪くありません」


 胸の奥が、少しだけ温かくなった。


 褒められた。


 いや、評価された。


 メルセナの言い方はそんな感じだったが、それでも嬉しかった。


◆ 四 上位精霊はいない


 床の一角がきれいになると、リオルはふと考えた。


 一体ずつならできる。


 でも、遅い。


 実習室全体を片付けるには、かなり時間がかかる。


「あの、先生」


「何でしょう」


「水精霊と風精霊をもっと呼べば、掃除が早く終わると思うんです」


 ダリルが小さく息を飲んだ。


 ユナも少し不安そうな顔をする。


 セリオは口を開きかけたが、メルセナが先に頷いた。


「よい着眼です」


「いいんですか?」


「試しましょう」


「閣下」


 ダリルが思わず声を出した。


「安全範囲は私が設定します」


「その言葉を信じます」


「信じるより、胃を痛めて見守ってください」


「すでに痛いです」


「優秀です」


「褒められた気がしません」


 メルセナは実習室の床に、薄い銀の線を走らせた。


 召喚陣ではない。


 安全範囲の境界線だった。


 水や風が広がりすぎないように、教室の一角だけを囲っている。


「リオル」


「はい」


「増やす前に、精霊について説明します」


「はい」


「召喚士学校では、低位精霊、中位精霊、上位精霊という言い方をしますね」


「はい。火、水、風、土の低位精霊から始めて、中位、上位になるほど強いって習いました」


「便宜上はそれで構いません。ただし、本質的には少し違います」


「違うんですか?」


「上位精霊という、低位精霊とは別種の存在が単体でいるわけではありません」


 リオルは首をかしげた。


「えっと……上位精霊はいないんですか?」


「正確には、上位精霊と呼ばれる状態がある、です」


「状態」


「低位精霊が結合し、性質が大きくなり、現象としてまとまったものを、中位、上位と呼ぶことがあります」


「結合すると、上位側になる?」


「はい」


 メルセナは水精霊と風精霊を順に示した。


「一体の水精霊は、水を動かします。一体の風精霊は、風を送ります。しかし、水精霊が複数、風精霊が複数集まり、互いの性質が絡むと、ただの水と風ではなくなります」


「霧とか、渦とか?」


「はい。さらに増えると、局所的な嵐に近づきます」


 リオルは床を見た。


 掃除の話をしていたはずなのに、急に嵐という言葉が出てきた。


「掃除から嵐になるんですか?」


「なります」


「嫌です」


「だから学びます」


 メルセナは続けた。


「召喚士が呼び出せる精霊の数は、魔力量に依存します。だから、高位召喚士には魔力量の多い者が多い」


「たくさん呼べるからですか?」


「はい。ただし、魔力量だけでは足りません」


 その言葉に、リオルは顔を上げた。


 メルセナは淡々としている。


 けれど、その声には少しだけ芯があった。


「数が増えれば、制御は難しくなります。一体ずつなら従う指示でも、十体になれば干渉します。百体になれば、報告も移動も衝突も起こります」


「百体……」


「呼べることと、運用できることは別です」


 リオルは、その言葉を胸の中で繰り返した。


 呼べることと、運用できることは別。


「では、どうすればいいんですか?」


「事前に統率が取れた状態で呼びます」


「呼んでからまとめるんじゃなくて?」


「呼んでからでも不可能ではありません。ただし、遅い。危ない。混乱します」


「じゃあ、呼ぶ前に決めるんですね」


「目的、範囲、役割、禁止事項、終了条件、異常時の止め方」


 リオルは指折り数えようとして、途中で諦めた。


「多いです」


「多いです。召喚マネジメントですから」


「召喚マネジメント……」


 変な言葉だった。


 召喚士学校で聞いたことがない。


 でも、昨日からメルセナが話していることをまとめると、たぶんそれが一番近い気がした。


「召喚って、呼ぶだけじゃないんですね」


「昨日も言いました」


「はい。今日は床で分かってきました」


「よい傾向です」


 メルセナは片手を上げた。


「では、試しましょう」



※第2話「教室に小さな台風」は全三回です。

続きます。

作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/summoning-management-course-basic-top/

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