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「勇者イーラーケルの冒険譚」  作者: 黎明・弐
第一章:予言を廻る物語(帝国歴1182年)

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第5話「些細なこと、些細でないこと」

 時間が止まった気がしました。


 「な、なんだと?」

 ブレシャナビアは一瞬何が起きたかわかないという風に動揺して杖を落としそうになりました。しかし、なんとかそれを空中で掴まえて回避し、正気を保とうとします。たしかに、そう思うと、ヴァンガーディーがあんな無茶をしてまで、予言をもたらしに来たことが説明がつきました。


 「さっきから些細なことで驚きすぎじゃないかい?」

 ヴァンガーディーはいつもと変わらず、飄々(ひょうひょう)としていました。まるで死が訪れることをまったく恐れていないという口ぶりでした。


 「だが、お主、エルフであろう?それに死ぬことを些細なことなぞ……」


 「だって、わかってたことだったから」

 ヴァンガーディーは澄ました顔で言いました。

 改めてブレシャナビアは人間とエルフとの違いを突き付けられました。

 当然のように、エルフとは不老不死で人間は老いて死に行く運命。死生観についてはブレシャナビアはヴァンガーディーと対話をして来なかったものですからそれを少し後悔していました。


―――『自らの死』。そんなものまでわかってしまうというのは予言者とはなんという因果なものであろうか。

 ブレシャナビアは彼女に同情して、ため息をつきました。

 するとブレシャナビアの頭に一抹の不安がよぎります。

―――待てよ。まさか自死を選んだのじゃあるまいな。

 それは彼らしくはない推測でした。このとき彼は冷静ではありませんでした。冷静であろうとする心の動きがむしろ拍車をかけて、そうなることを妨害していました。


 彼女がこれから生きる者たちに予言だけ提示して、世界を背負っていく責任を放り投げ、自分だけはこの世から去ってしまうような無責任な者ではないとわかってはいましたが、受け入れがたい現実に思考が滞りを見せていました。


 「……まさか自分で死ぬことを決めてたのではあるまいな?何百年も生きたエルフはそうやって自ら死を選択するというが……」

 気が付くと、そんな言葉がブレシャナビアの口をついて出ていました。


 「それは違うよ。そんなことをしてきたのはよっぽど生き疲れたジジババだけさ」ヴァンガーディーが笑いながら言いました。ブレシャナビアはとても笑う気にはなれませんでしたから余裕のない表情を見せていました。それを見て彼女はすっと落ち着いて言いました。「……そんな暗い顔をするんじゃないよ。ただ()()()んだ。もうこれからの時代には『死にも死は(めぐ)るし、不死にも死は廻る』んだ。それだけさ」

 

 ブレシャナビアはヴァンガーディーの言葉、『死にも死は廻るし、不死にも死は廻る』がひどく不気味に思いましたが、大まかにその輪郭を捉えることはできても今すぐにはその本質を捉えることはできないだろうと思いました。それは来る暗黒の時代を如実に表した一言のように思えました。後に銀の魔法使いヴァンガーディーの死が暗黒の時代のはじまりとなったと語られることになります。


 「……すまない。取り乱した。だが、お主の弟子、セレーナといったか、その者はどうなるのだ?奴は虎落笛屋敷にひとりになってしまうぞ?」

 なんとかこわばった表情を解いてみせて、ブレシャナビアはセレーナのことを気にかけました。

 ブレシャナビアにはもう何人も弟子がおりましたが、かつては誰かの弟子でもありましたから。ですから残される者のこともどうしても気になりました。


 「そのあたりは考えてある。わたしだってそこまで(エルフ)でなしじゃないさ。もうセレーナには教えられることは全て教えた。あの子は一人前だ。虎落笛屋敷なんてどうなったっていいさ」ヴァンガーディーはそう誇らしげに言いのけました。それから片目を閉じると、人差し指を立てました。「何か言えるとしたら、わたしは最後に『予言の子を探せ』。そうセレーナに言伝(ことづて)するつもりだよ」


 「そうか……それがいい。早く弟子のもとに行ってやるんだな。こんなところで道草を食ってないで」

 ゆっくりと背を向けながらブレシャナビアは言いました。

 勿論、ヴァンガーディーの侵入の咎については追及するつもりは今更ありませんでしたし、自分なんかがここに彼女をいつまでも留めておいていいはずがない、と彼は思いました。

 永遠のように生きているからこそエルフは時間というものに執着しませんが、今は明日の死が刻一刻と迫っています。彼女はそれを自覚しているようで自覚していないように見えました。時間を最後に本当に一緒にいたい人のためにより多く使ってあげるべきでした。

 たしかにその行動に迷いがないとは言えません。ここでの会話が彼女との最後の会話になることはブレシャナビアにだって当然、わかっていましたから。それでも彼女のことを、友のことを想えばすべきことは自ずとわかりました。


 「道草を食ってる、なんてひどい言い草だね」ヴァンガーディーはじっとりとした目で小さく気まずそうに笑いました。声は少し怒っているようにも見えました。「楽しい談笑の時間じゃないか!」


 「……弟子といる時間の方が大切だろう」

 背を向けままブレシャナビアは言いました。


 足音はしませんでしたが、ヴァンガーディーが近付いてくるのが気配でわかりました。丁度、後ろで気配は止まりました。

 「……でもね。あんたにしか言えないことだってあるんだよ」


 「なんだ。さっさと言ってみろ」


 「じゃあ、思い切って言ってしまうよ」ヴァンガーディーの声が震えているのをブレシャナビアは背中で感じました。彼女はどこか緊張しているみたいでした。間を置くとさらに続け様に言いました。「……わたしは予言は三つあると言ったね?」


 「ああ、たしかにそう言った。現に我々に告げられたのは三つだったな」


 「……本当はね。五つあるんだ。残りの二つをあんただけに今から、伝える」


 「なんだと?」

 ブレシャナビアは慌てて振り返りました。実際はヴァンガーディーはさっきと同じ場所にいてほとんど動いてはいませんでした。そんなことは気にしておれず、杖を一度しまうとすぐに歩いて行って、彼はヴァンガーディーの肩をがしりと掴みました。その手には力がこもっていました。そして「どうして黙っていた?」と問いかけました。語気にも手と同じような強い力がこもっていました。


 「そんな些細な……いや、これは些細なことじゃないね」目を伏せながらヴァンガーディーは言いました。彼女は目をまっすぐブレシャナビアに向けます。「あんたにしか言えないこともあるって言ったろ?これはあんたにしか話せないと思った。あんただけが知るべきだと思った」


 「そうか……」

 ブレシャナビアは力を弱めると、肩から手をさっと引きました。それから腕を組んで、忙しなくあたりをうろうろし始めました。


 ヴァンガーディーが自分に厚い信頼を寄せてくれていることを感じましたし、隠していたことを責めてもこの際、仕方がありませんでした。

 自分だけに伝える、ということはちょっとやそっとで他人に漏らせるような生ぬるい物ではないということです。リヴァキュールも王もいない空間で話すということはそのふたりにも共有してはならないということを暗に示していました。もしかすると生涯、隠し通さねばならないことなのかもしれません。それにあの三つの予言よりも何か恐ろしいことを示唆するような予言が来ることも十分、予想できました。


 ぴたりとブレシャナビアの足が止まりました。


 けれど彼は決断に時間をとられる男ではありません。しっかりと自分の中で覚悟を固め上げました。


 「わかった。聞こう」

 ブレシャナビアは真剣な眼差しでそう短く答えました。ブレシャナビアは自動書記魔法(リベディヒ)を使えませんし、使えたとしてもそれを使うとは考えなかったでしょう。記録に残ってしまいますから、何かの拍子で漏れてしまう可能性があります。だからあえて頭の中に、記憶として残すことにしました。全身で聞く準備は整っていました。


 「あんたならそう答えてくれると思ったよ」ヴァンガーディーは両目を閉じました。信じてよかったと喜んでいるみたいでした。「じゃあ、行くよ?私からの本当に最後の予言だ」


 「ああ」

 そのブレシャナビアの返事に呼応するようにヴァンガーディーは深呼吸して、再度、大きく、息を吸いました。

 それから流れるように語りだしました。遠い宇宙の遠い昔の話のような、そんな予言を。


 「四つ。結末は―――――――









 その頃、玉座の間のひとつ下の階、三階にある評議会室において、リヴァキュールが招集をかけた学者や哲学者が集まり出していました。リヴァキュールもそこにおりまして、壁に軽く寄りかかりながら懐中時計を取り出して、それを眺めていました。長針と短針が重なって12時になると、短針をリヴァキュールは目で追い続けます。王に召喚されたのが、あれは11時30分過ぎでしたから、何度確認してもまだあれから何分かしか経ってはいませんでした。時間感覚がまだもとに戻ってはいませんでした。

 「ブレシャナビアは、銀の魔法使いをどうするかな……」

 そうして、天井を見上げながら独り言をつぶやきました。

―――まったく、私が奴の処遇を彼に任せたのは正解だったのか……わからんが、彼ならうまくはやるだろう。


 すると、栗色の髪に茶色の目、それにそばかすのある若い学者がリヴァキュールの近くまでやって来ました。一度、一礼してから言います。少し緊張していて動きが固いようでした。

 「あの、もしもし、リヴァキュール様?なぜ、わたくしたちは集められたのでしょう?国王陛下の御命令とお聞きしました、陛下もまだ来られてないようですし……」


 「ん?ああ、説明していなかったか?新しい予言がもたらされたのだ。銀の魔法使いからな」リヴァキュールがちらりと若い学者を見てからそう答えました。「それの読み解きをやるから知恵を貸してもらいたい。陛下は……まあ(じき)に来られるだろう」


 「なんと予言ですか。わかりました。精一杯、このアボット、尽力させていただきます」

 アボットと名乗った若い学者は一礼して言いました。

 随分と若いな、とリヴァキュールは思いました。しかし、こういう者がこれからのこの国を支えていくのだとも思いました。


 「ああ、そうだ」そう思いついたように言うとリヴァキュールは懐中時計を腕にからめ、マントの内から新たに丸めた羊皮紙を取り出してアボットに渡しました。「早めに予言についての記録を回しておく」


 「ありがたく拝見させていただきます」

 アボットはそれを受け取るとまた一礼しました。


 「そんなに(かしこ)まらなくていいさ。私は王じゃないんだから。よろしく頼むよ」

 リヴァキュールはそう言ってはにかみました。

 アボットはそれでもありがとうございます、とまた畏まったように言うと後ろへ下がって、他の学者に予言の書かれた紙を持っていきました。

 気が付くとまたリヴァキュールは懐中時計をのぞいていました。時計の短針は長針から離れていくばかりでした。

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