第6話「予言の読み解きがはじまったこと」
それから二十分ほどしてようやく招集をかけた、学者十二人が揃いました。どれも優秀な功績をあげてきた粒ぞろいばかりで、国家の頭脳ともいえる面々が一堂に会することになりました。会うのは何年ぶりか、の者もいるいらしく会話が弾んでいるようでした。
ブレシャナビアもようやくやってきました。顔はかなり疲労困憊といった様子でより一層、皺が増したみたいでした。
顔馴染みの数学者プロムデスとそれまで談笑していたリヴァキュールでしたが、ブレシャナビアの姿が見えると失礼、と短く言って席を立ち、彼の方に歩を進めました。
「漸く来たか、ブレシャナビア。陛下のお体の具合はどうだ?」
「ああ、リヴァキュールか。陛下は少しお眠りになられるとのことだ。だが、ひとつ御言葉を賜った」ブレシャナビアがやや呼吸を乱しながら言いました。彼の額には脂汗も滲んでおりました。リヴァキュールは言葉を預かるまでの過程で何かあったなとすぐに察しがつきました。「此度の予言とその読み解きの結果はしばらく口外無用とのことだ」
「そうか……陛下の御言葉を解釈すれば、何か予言を有効活用できる具体策を考えることも含めて読み解きとせよ、それまでは予言につき致し方ない場合を除き、原則最小限の共有に留めよということだろうな」リヴァキュールが顎に手をあてるといつも通り、王の意向を汲み、その深慮に沿った形で今から自分たちがやるべきことを整理しました。ブレシャナビアがそれを聞いて頷きました。それからリヴァキュールは心に触れられるよう近付くみたいに一歩だけ距離を詰めて、ただ一言、「……ブレシャナビアよ。銀の魔法使いはどうしたのだ?」と訊きました。
「ヴァンガーディーはな……追い返したよ。虎落笛屋敷に帰らせた。侵入にこそ咎はあったが、予言を優先してでのことであったろうし」
「ほう。やすやす帰したのか。どうせなら評議会に呼ぶでもよかったのに。じっくり話ができる地下牢でもよかったろう。ただ帰らせただけでは陛下がお目覚めになった後、黙っていないのではないか?」
リヴァキュールはあくまで冷静沈着に述べました。たしかに地下牢という手段は冷徹であったかもしれませんが、予言をした者ほど予言への理解度が高い者もそういませんでしたし、この城に留まらせて意見を聞くべきという話の筋自体は間違ってはいませんでした。それに予言者の口から予言が漏れることも十分、考えられました。
予言者は神の眼を通して未来を覗き見るわけですが、自分の予言についてかなり鮮明に記憶を保持し詳細まで理解している者とそうでない者に大別できます。ヴァンガーディーは後者でしたが言葉自体は彼女から紡がれているわけですから、文字だけで予言を追うものより何倍も理解があることは自明の理でした。
「だ、だが、侵入はともかく、嵐についてはあの者に罪はないというのはお主も同意見だろう?
ここに留めることになれば不当の処罰を受けるやもしれない」
「ああ、同意見だ……まあ、細かいことは今はいい。今はな」冷たい目でリヴァキュールは言いました。彼の頭の中はあくまで予言の答えへの最短経路を描いていました。「これだけの時間があったのだ。陛下の介抱以外のこと、例えば予言について銀の魔法使いから掴んだとか……そういうものを読み解きの場において活かしてくれれば問題はない」
「……わかっているさ」
リヴァキュールの察しの良さは見事でした。
ブレシャナビアは言えること、言えないことを整理し始めました。慎重に話さなければなりません。嘘をつくことも考えましたが得意ではないですし、例え他の者は欺けたとしても、リヴァキュールはそれを決して見落としたりはしないでしょう。彼との確執が生まれるのは好ましからざることです。
──……ヴァンガーディーが明日死ぬことは果たして言うべきだろうか。
ブレシャナビアは考えあぐねておりました。しばらく彼はひとり、自分の中での戦いを強いられることになりました。
「長らくお待たせした。それではこれより予言について読み解きを行っていくこととする。司会は私、リヴァキュール=アルテイナクが務める」リヴァキュールが学者連中に向かって呼びかけました。それから彼がパチッと指を鳴らすと入口の扉が閉められ鍵がかけられ、カーテンが締まりました。それから松明の火が奥から順番につきました。学者の何人かが驚嘆して声を漏らしました。「陛下は大事をとってご出席なさらないとのことだ。また王令に従い、此度の予言及びその読み解きの結果についてはここに箝口令を敷く」
学者たちの目はリヴァキュールに注がれていました。ブレシャナビアはその隙に、そそくさと移動して極力、目立たない場所に置いてあった箱に腰かけました。
「予言については順番に見ていくこととする。意見がある者は挙手し、あてられたら、名乗ってから、話すように。また、こちらから発言するように指名する場合もある」リヴァキュールはそう付け加えました。
一つ目の読み解きが始まりました。
『天高くあの魔星、不気味にも黒く邪炎によって燃え盛ること限りなし。あれは死なり。あれは長き血塗られた歴史に息づく鈍き煌めきなり』
まずこの一文目についてリヴァキュールに差され、天文学者のエデルが話し始めました。
「天文学者のエデルです。魔星とは南天ミソサザイ座の一等星、アーサー星のことに違いありません」
二つ目の予言から見ても南天にその星があることは明らかでしたから自信満々といった感じでした。
これにつき、正義の星とも呼ばれるアーサー星が『長き血塗られた歴史』の下にあるか否かという点で、エデルともう一方の天文学者であるフレチマとで解釈が綺麗にまっぷたつにわかれました。
「アーサー星は古より正義の証! 歴史的背景を軽視するか!」
「なにを、この若造! ここでは歴史的解釈よりも学術的解釈を優先したまえ!」
ふたりの言い争いは胸倉をつかみ合うほどの白熱さを見せましたが、歴史学者のホガンによってアーサーが剣でその身を立てた者で生涯多くの戦争に参加したこと、軍事学者のレスデンによって人間の歴史とは戦争によってこそ形作られきたのですし、人類史という名の戦争史を古くから見守って来たと考えれば説明がつくと補足説明がなされました。
──随分、くだらぬことで盛り上がるのだな。
リヴァキュールは失笑を禁じ得ないという様子でした。ですが最初の一文目からこれほどの熱量での論戦になることに感服し、予言の奥深さを改めて認識し、彼の中で司会としての適切な進行を維持していく姿勢が整ったというのも事実です。皆にとっても良い刺激となる一文目でした。
「諸賢がそのようにおっしゃられますなら、それが真実に近いのでしょう……私はただ古代より脈々と受け継がれてきた思想の一端も決して疎かにすることなく、むしろそこにこそ目を配らせ、多角的に議論する必要性を申し上げたいのです」
フレチマは苦し紛れにそのように言うと、エデルに自ら手を差し出しました。ふたりは握手を交わして和解しました。
そうして魔星とは南天のアーサー星のこと、と結論付けられました。この星は春には白い光を放ちますが、秋には黒い光を放つようになるという特徴的な星でたしかに予言とぴったりでした。
『やがて影の口開くや、南の風の都』
この一文から、続いて南の風の都とはどこかという話に移りました。
当初は地理学者モトワラシから「『南の風の都』とは、ノズモナド王国の南部ガラシオ地方のリルケリルケではないか」という話もでましたし、たしかにノズモナド王国にはリルケリルケの方角から風が吹きこんでは来ますが『風の都』とまで言われた試しはありません。最終的には歴史学者ホガンの「『風の都』といえば、風の国、大陸南のパンドゥロザ王国の首都ウィッシュ・ヴィンセント・ハンではないか」という意見が大多数の賛同を得ました。見兼ねて軍事学者のレスデンが「だが念を押してリルケリルケには五年後には、現状より多くの軍を駐留させるのがよいだろう」と妥協案を出してこれを皆が支持しました。
『五度、草木が芽吹き花が咲くこと、それらが枯れ果て花が散ることを迴りしとき』は五年後とすぐに決まりました。
『深淵より現れ出でて、全ての大地を踏み荒らし不浄の大地へと変える魍魎たち』
さらにこの一文の中の、生物学者ウォレスによって『深淵より現れ出で』る『魍魎たち』について、とくに後文で列挙されるものの中から抽象的なものに関して考察されました。『髑髏のもの、漂うもの、脳が腐りしもの』に関しては魔物の異形型としても分類される、スケルトンやゴーストなどをはじめとした不死の軍勢ではないかと考えられました。神学者タンホイザーとゲリオンは宗教的な意味でも人間的な意味でも恐怖で震え上がっていました。『それらのどれともあてはまらないもの』の解釈がウォレスを大いに苦しめたようで、それ以外は明言できないと最後には彼は悔しそうに音を上げてしまいました。ウォレスはごく自然にミミズクのような見た目をしていましたが誰しも見慣れたようで今更それをいじるのも野暮ってものでした。
人間界にも確かにわずかに魔族と呼ばれる種族が存在します。予言で明確に鬼、小鬼、豚頭人は一緒くたに魔族とされていましたし、巨人なんかもときどきこれに含めたりと分類がはっきりしませんでした。妖精族も魔族も皆、一緒という煩雑なまとめ方がされている現状がありました。
さらに神学者のタンホイザーはこの列挙の内、『神、太古の神、忘れられた神』の箇所について一神教で今日の主教である真世教よりも、多神教の旧世教の影響が強いと指摘し、同じく神学者のゲリオンがエルフの独自信仰の多神教的特徴について説きました。
また文学者のバートンが『悪しき人間、悪しきエルフ…』の部分からわざわざ種族名に悪しきという連帯修飾語を冠していることから本来的には生きとし生けるものは善きものと考える性善説に立脚してるように見えます。そのため、真世教的側面もあるのではと指摘しました。タンホイザーは「そんなこと知るか」と言ってしまいそうになったところを、ゲリオンがすかさずこれに対し、旧世教の原形が残っていた真世教初期の特徴とたしかに一致すると遮って解説しました。
これで一つ目の予言の読み解きは終わりました。
十分の休憩を挟んで、早速、二つ目に取り掛かります。
「では読み解きを再開する」
リヴァキュールの号令をもとにまたわたわたと学者たちが動き始めました。神書に論文、計算機など仕事道具を持ち出してくるものもありました。ブレシャナビアは休憩の折からまったく動かず蝋人形のように固まっていました。
『今宵より月は寂しき色を湛え、それ十七度目にかかりしとき』
天文学者フレチマは月の満ち欠けの周期から、「最短で一年四か月後と十四日後(501.5日後)の柊月(8月)22日あたりだ」と主張しました。
リヴァキュールはすぐにこの計算違いに気付き、自ら批正に乗り出そうともしましたがかえって学者の名誉を傷つけるだけだと気付いてしばらく黙っておきました。
すると数学者プロムデスが初歩的な計算間違いをしているとして、今日の月を計上すれば「一年と三か月と十六日後(472日後)の樫月(7月)24日と特定できる」と訂正しました。これに対し、文学者のバートンは「必ずしも寂しき色の月が周期的に発生するとは明記されていないのであるから、これからの観測が重要な鍵となるだろう」と見解を示しました。
リヴァキュールは議論の理想的な動きにまたもや感服し、学者連中の口から潮騒のように絶え間なく言葉と唾液が飛び交う会議の中に優雅に身を委ねる方針で決しました。
フレチマはさっきから恥をかきっぱなしだと悔しそうでした。それを見た、地理学者のモトワラシが「自分も専門について発言したはいいがどうも理路整然と語るというのは難しいですな」と共感を寄せました。ですがそんなことでへこたれている、フレチマではありませんでした。
『四つの星、それぞれ異なる光をもって、希望の色、贖罪の色、慈悲の色、信仰の色を纏いて、南の空、魔星の直下に一振りの剣の星辰を形作らん』
そして天文学者エデルは星座早見盤を用いてミソサザイ座直下には剣の星辰を形作る四つの星は現状確認されていないとして、もしこのような星が確認された時にこそ、『暗黒を断ち切りうる剣』やそれぞれの属性を持った仲間が現れたと見るべきであると述べました。早くも名誉挽回の機会が回って来たフレチマはそれに対し「最近誕生したばかりと見られるが青色の星は既に存在している」として最新の論文を引っ提げ主張しました。これには一同にどよめきが走りました。やはり予言は真なのだ、銀の魔法使いの予言の精度はやはり狂わないと称賛する言葉があちらこちらで飛び交いました。
「静粛に。今は読み解きのみに集中するべし」
それを見兼ねて、リヴァキュールがそう言って場を引き締めました。先刻、粛々と議論を進めることを是としたばかりでしたので、自分の調子を乱されたような気分であるようでした。滞ることのみは避けたかったがために彼は少し介入して見せたのです。その姿はあくまでこの空間を支配しているのは自分であることを誇示しているようでもありました。
学者たちはおずおずと黙りました。
「さて、それでは三つ目の予言についてだ」
そうして三つ目の予言に流れるように入ります。
『魂の意思は回帰す。この実、六百もの歳月の間不動なり。人の子ひとりが芽吹き咲いてから、その子が枯れ果て散るほどの幾星霜を経て、宿命を同じくするもの現る。新たなる剣もまた然り』
この三つ目の予言は短いながらも大いに学者たちを悩ませました。
神学的にも 『魂の意思の回帰』というのはあまり一般的な考え方ではありません。旧世教でも、初期の段階での真世教のいずれにおいても『天冥説』という『魂の意思の回帰』(転生説)とは相反する考え方をとっていましたから、そうなると一つ目の予言の考察が狂いますし、板挟みになっていました。神学者ゲリオンが龍信仰の龍晶教の聖典にわずかに『龍の魂は永遠に天と地との狭間に廻る』という記述があると言えるくらいでした。
「神学的な観点から見れば、一つ目の予言と三つ目の予言では整合性がとれていないのでは?」
そんな歴史学者のホガンの意見が端を発して、神学者の論理の破綻が囁かれ始めました。
また数学者プロムデスが
「この『六百』という歳月は銀の魔法使いの年齢と重なるから何か関連性があるのでは」
と言いましたが、誰もこの話題を広げることはできませんでした。
文学者バートンからしても『六百』はそこまで深い意味のある数字には見えず、数学者プロムデス自身も言ってみたはいいもの彼の数秘術の知識にも『六百』という数字に何か紐づけられる事柄はありませんでした。
これは単に銀の魔法使いの自己投影の結果に過ぎないと処理されて謎を残す形となりました。
ここで漸く哲学者のアボットが口を開きました。彼はこの三つ目について予言の描かれた羊皮紙を受け取ってからずっと考えていたようでした。
「哲学者のアボットです。私の愚見を申しますと、予言の中で度々言及されている剣とは知性・思考・分断を象徴するものとして知られます」一度、アボットはあえて話を区切りました。その後に披露されるは剣のように鋭い意見でした。「すなわち賢者の一振りの剣、これは名剣とも換言できます。一度名剣が折られれば、二度と同じ剣を打つことができない。これが従来の真世教的死生観であるとすれば、一度名剣が折られたとしてもその名剣に匹敵するほどの剣が時間を要したとしても出現するという人の可能性についての拡充を示したものという見方はできませんでしょうか」
「なるほど。何時も希望を捨てはならないという意味か。希望は必ず巡りやって来るのだから」
神学者タンホイザーが嬉しそうに言いました。彼はこの集いの中で最も高齢で、頑迷な学者として知られていましたから、彼が真っ先に好感触を示したのは幸先がよいことでもありました。
「はい。そうだと思われます。魂の回帰ではなく、『魂の意思の回帰』とされていることにも注目すべきでしょう。真世教の神学的観点からも『意思』の回帰であれば教義の逸脱とまでは言えません。そのために必要な時間が『人の子ひとりが芽吹き咲いてから、その子が枯れ果て散るほど』ではないか、と」
「お聞きになったか、皆の者。希望を捨ててはならない、というこれはまさに神からの啓示に違いない。私はアボット君の意見を支持する」
神学者ゲリオンが興奮しながら支持を表明しました。
このアボットの意見が神学者を筆頭に大半の者が支持しました。
そして、次にはこの『人の子ひとりが芽吹き咲いてから、その子が枯れ果て散るほど』について推定に入りました。
皆がアボットの意見に追随する中、彼の意見に心の内で異を唱えている者がおりました。
リヴァキュールです。
──本当にそうであろうか……そもそもこの予言……どうも……




