プロローグ3「四人で離れ小屋へ向かったこと」
六人は酒場を出て教会と墓地の横を抜け、角を曲がって裏手の聖職者の家の前を通ると、畑と家屋の真ん中にある、『うねうね坂』がありました。名前の通り、蛇みたいにうねうねしていて足元をすくわれそうになりました。
そこを上るとちょうど『ムサカの十字路』が見えてきました。『ムサカの十字路』は村と森との分岐点です。
離れ小屋は村の北西にありますので『ムサカの十字路』を左に、森林の方に向かって行かなければなりませんが、六人の内、ファリスとティルクはここで別れることになりました。用事があるとか、明日朝早いだとか何かと理由をつけていましたが、「あいつらびびってやがんな」とギャンが言うとふたりとも向きになって早口で反抗し始めたので図星みたいでした。
「びびってないけど、帰るわ。なんか面白いもんでも見つかったら、また教えてくれよ~」
ファリスがそう言いながら手を振りました。ちょっと強がっているように見えましたが、フランはじめ五人は指摘せず黙っててあげることにしました。ファリスは右へ行きました。
「びびってないけど、本当にびびっていないが……またな。無事でな」
ティルクが弱々しく手を挙げて言いました。びびっているとかそういう次元にはおらず、ただ事ではないという感じでしたが、これも黙って見送ってあげました。ティルクもファリスを追いかけるように右に行きました。
「さて、夜道は危ないぞ。まずは光源を確保しないとな」バーボハルトが言いました。そして思い出したかのように訊きました。「たしかうちにじいさんの形見だったかで、カンテラがあったな。まだ使えるといいんだが。ひとまず、それでいいか?」
「おう、頼むぞ」とギャンが言いました。バーボハルトは頷くと後ろへ引き返しました。
「俺は自衛用に弓矢を取って来るよ。もしかしたらこの時間だと人里にもオオカミが下りてくるかもしれねえし」ゴアが真剣な口調で言いました。狩人の目がぎらりと光りました。「備えあれば憂いなし、っていうしな」
「なら、おらとギャンはここで待ってるだ」とフランが言いました。
「ああ。そうしとく」ギャンが言いました。「あと、ゴア。お前、酒入ってんだから手元狂ってオレのケツにでも矢ぶっ刺したら承知しねえぞ」
「みくびんなよ俺の腕!」とゴアが自分の腕を強調しながら、すぐにまっすぐ前へ自分の家の方角へと消えていきました。
家に取りに一旦、帰ることができるのも全部で家は40軒ほどの狭い村ですから皆、それぞれ家は片道五分ほどの距離にあるからでした。
この日の夜はいっそう空気が澄んでいました。今日も綺麗な星空でした。
天には真っ白に一等輝く、こないだの夜に見たのと同じ星が見えたのでフランは嬉しく思いました。きっとそれまでもそこにあったのでしょうが、何だかあの日以来ずっと特別な星だと思えるのでした。
「あの日はすごかっただなあ」
フランはあの赤い星のことも勿論、忘れてはいませんでした。もう空には、白い星の隣にあの赤い星があった痕跡は残されてはいませんでしたが、フランは自分がそれを忘れないことがなんだか大切なことのように思えました。
「あ、そうだべ」
フランはあの冷たい星の日か、温かい星の日かを検出する独自理論を試し始めました。そこでまっすぐ、空に向かって手を伸ばしてみました。ひゅうと風が耳と腕の間をすり抜けます。
根気よく続ければ風に乗って遠い谷に住むエルフの内緒話すら聞こえてきそうでしたし、南からやってくる龍のはばたきさえ捉えることができるんじゃないかと思いました。
実際はそれらは聞こえなかったけれど、小川のせせらぎの音が聞こえてきました。風に吹かれて葉がかさかさ音を立てる音が聞こえてきました。フクロウの鳴き声が聞こえてきました。遠くから狼のような生き物の鳴き声も聞こえてきました。
そして前からギャンの声が聞こえてきました。
「おーい」ギャンが暇を覚えて大地を踏みしめながら近づいてきました。ギャンはフランの一回りも二回りも大きいため近づいてくるだけでギャンがやって来ることがわかりました。「おい、何してんだ?フラン。儀式?」
「ん?いやあ、今日は冷たい星の日だかな?温かい星の日だかな?どっちだべ?と思って」
「……ふーん?そうやって腕上げてりゃわかるのか?結果はどうだったんだ?」
「今日は冷たい星の日だ。っていうか、ずっと冷たい星の日なんだべ」そう言い終わるやいなや、フランはぱっと顔を一番星みたいに明るくさせました。どうやら何か閃いたようでした。「そうだ!ギャンもやってみてほしいだ。身長、おらよりあるし、おらは小さいから触るぐらしかできねえけんど、きっと星取れるべ!」
「星だって?」ギャンが空を見上げて言いました。「星って手届くとこにあんのか?」
「やったことあるだか?星取ろうとしみたことあるだか?」好奇の目を持ってフランが尋ねました。
「……恥ずかしい話だが」ギャンがたじたじになりながら言いました。「……この30年間、一度もねえな」
「もったいないだあ。ならやってみてほしいだ!今からでも遅くないべ!」
「うし!そうだな!こうか!!」
「もうちょいピーンと伸ばすだ!!背中も腕もだべ!!!」
何分かして、バーボハルトが帰ってきました。
「お待たせ~」バーボハルトが右手にカンテラをぶらぶら下げながら言いました。「あれ、何やってんの?ふたり……」
ギャンとフランが並んで、ぴんと張り詰めたピアノ線みたいに背筋を伸ばして、腕を高く掲げて立って居たものですからバーボハルトはやや困惑してしまいました。
「おう、バーボハルト。今、星を取ろうとしていたところだ」
「んだ。挑戦中だべ」
「へ~……」
バーボハルトは吹き出すのを我慢して、ちょっと遠くにいる前からくるゴアを見つけると、カンテラを振って、自分たちの存在を強調しました。それから夜だから抑え目ながら、それでもやや大きい声で
「おーい。ゴアー。早く来いよ。バカふたりがおがめるぞー」
と無慈悲にもそう呼びかけました。こういうところはバーボハルトのずる賢いところでもありました。




