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「勇者イーラーケルの冒険譚」  作者: 黎明・弐
序章:日常の中にある冒険(帝国歴1278年)

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プロローグ2「村が謎の死体についての議論でもちきりになったこと」

 小さい村ですからその正体不明の遺体についてはすぐに広まり、頻繁に村人の口の端に上りました。


「一体全体、誰だい? あんな人、村にいたっけねえ?」

「小さい村だからね。村の人なら顔を忘れるわけないんだけど」

「嫌ーね。気味が悪いわ。子どもたちが怖がってるし」

「ほら、この前の戦争で落伍(らくご)してきたんじゃないかい?」

「ああ! この前、また大きな戦があったと行商人が言っていたよ!」

「でもこんな外れの村まで逃げおおせるかね?」


 普段、子供がこんな言葉を覚えたとか、旦那が酒場に行くもんだから毎日帰りが遅いだとか、男どもはすぐ怠けるだとか、同じような話題ばかりのために、こういった物珍しい事件は奥様方連中の井戸端会議(いどばたかいぎ)を大いに盛り上げました。人の死が話題になるというのもなんだかおかしな話ですが、そんなのお構いなしに、この話題は耳目(じもく)を集め続けることとなります。


 死体は教会によって調書がとられました。

 顔中が眉、髭、髪というあらゆる毛で覆われていてその境目がまるでわかりませんでした。表情こそ苦痛の伴わない安らかなものに見えましたが、頬にある大きな傷や全身に渡る傷は直接の致命傷となったものではないらしかったですが、古傷であったとしてもその痛々しい過去を感じさせました。

 およそ服とは呼べない、雑巾のようなぼろ衣をまとっていました。手の好き放題伸びた爪には黒ずんだ垢がたまっていました。そして右手には羽根ペンがぐっと握られていて硬直していました。服を除けばこれが唯一のこの人物の遺留品と呼べるものでした。

 どこを調べても明確な死因はわからず、相当な年齢であることから、老衰であると確定されました。

 やがてその正体は判然としないまま、調書がとり終えられた次の日には、しっかり埋葬式をしてあげた上で、教会有志によって近くの野で摘まれた花と、大事なものだったと思われる羽根ペンともたれかかっていたオリーブの木から取った一枝(いっし)と共に棺桶に入れられ、村の墓地に埋葬されました。


 教会でさえその正体の究明に匙を投げた、と謎が謎を呼ぶ展開にこの死体についての話題はなかなか立ち消えることはありませんでした。話には尾ひれがついて実は教会監督者のひとりが死体の正体について知ってしまった者は「なんてことだ」とつぶやき卒倒(そっとう)したという話まで出てくる始末です。


 村に唯一ある酒場でもこの話は連日、酒の良い肴になりました。ハムやソーセージよりも新鮮なこの肴に、皆が食いつきました。


 件(くだん)の死体が見つかってから一週間ほど経ったとある晩のことでした。

 一日の仕事を終えた男たちはこぞって酒場に向かいました。

 ビールを何杯も飲んだせいで、頬を夕焼けのように朱に染め上げて酔ってきた者たちが、とある賭けをしないかと仲間連中に持ち掛けました。

 誰があの死体の正体を最初にあてられるかという賭けです。今回は冷やかしではなく本気で答えを出そうという意気込みでした。

 酒場には農民のファリス、ギャン、バーボハルト、木こりのティルク、狩人のゴア、羊飼いのフランの六人が同じ卓を囲んでいました。歳はどれもバラバラでしたが、皆、顔なじみでした。

 賭けはファリスが言い出しっぺでした。こういうことはファリスがよく言い始めると相場が決まっていました。


 皆が好き勝手に予想を始めました。初めは軽い冗談も飛ばしつつ酒も料理も楽しみつつでしたが、気が付くと飲食そっちのけで議論が白熱してきました。


「ドワーフの生き残りとかあるかもよ?」とファリスが言いました。

「バカ。あんなでけえドワーフがいるかよ。ありゃ、きっと夜盗に違いねえさ」とギャンが酒の入ったジョッキを打ち付けながら言いました。

「いや、あの身なりからして山賊だね」と気取ったバーボハルトが澄まし顔で言いました。

「きっと、人間じゃないんだ。魔物さ。おいらのダチが死体を直接見たらしいんだが、頭に角が生えていたらしい。たしかな情報だぜ」とうさんくさいティルクが言いました。

「前にどでかい戦争があったろ? きっとあれの落伍者さ。これは俺が初めに言ったんだからな。当たったら俺に全額、寄こすんだぞ?」とゴアがなぜかいつもより早口になりながら言いました。本当に彼が初めに言いだしたのでしょうか。


 やがて、羊飼いの青年、フランが満を持して口を開きます。彼は普段からぼんやりしていることから、仲間たちからは『ぼんやりフラン』と呼ばれていました。ですが、今回はぼんやりしてたからこそ初動が遅れたのではありません。

「ありゃあ、『離れ小屋』の旦那さんだべ」

 いつになくフランは鋭い目つきをしていました。それが今までに聞いたことのないような新説でしたので皆の眼が一斉にフランの方に注がれました。皆、何かしら既出の説を踏襲(とうしゅう)するか、流用していたので物珍しい説には興味がありましたから。それにしても見事なまでの食いつきっぷりでした。


 『離れ小屋』とは、村の入会地である、グーゲルの森の手前にある林と放牧地の中間にぽつんと佇む、かつては資材を置く物置として使われていた小さな丸太小屋でした。数年前から誰かが住んでいるという噂があって気味悪がって人もめったと寄り付きませんでした。


「な、なんだそれ。ぼんやりそんなこと考えてたのか! ぼんやりフラン!」とファリスがからかいました。

「羊飼いは嘘つきだと昔から決まっているからね」とバーボハルトがファリスに続いてからかいました。

「嘘じゃないべ! 失礼しちゃうだ。まったく」と言ってフランはそっぽを向きます。

「離れ小屋だあ? あんなところに人が住んでいたか?」とギャンが豪快に酒をあおりながら言います。今日、この仲間の内で議論が盛り上がる中、酒を飲み続けているのは彼だけでした。酒場の酒樽を軒並み空にしてしまうつもりでしょうか。

「んだあ。何年か前からだでが、あそこに旦那は住んでいたべ」と自信たっぷりにフランは言います。


「──そういえば、俺も思い出したぞ。女房が気味悪がっていたからな」ゴアが腕を組み頷きながら言います。「ずっと小屋に閉じこもって出てこない変わり者がいるって。人食いだ、なんだとか言ってわざわざ領主様にどうにかしてもらえるよう頼みにいっていたな」

「んだろ?」と得意げにフランが言います。


「──だが、どうして死体があそこに住んでいたやつだなんて言える?」とティルクが尋ねました。

「おらは時々、羊の世話をしてるときに中にいる旦那と話しただよ。でも最近は喋りかけても、とーんと返事が返ってこねえで。だから3日前、こっそり離れ小屋を覗いてみただよ」

「ほ、ほう、それで?」ティルクがそれを訊くと同時に皆が興味深々になって身を乗り出しました。


「誰もいなかっただよ」


「え?」

「なんだってえ?」

「離れ小屋の人食いがあ?」

「いなかった?」

「消えちまったってか?」


「んだよ」

 皆の食いつきがあまりにもいいので思わず、フランは笑ってしまいました。そして、「人食いっていうほど怖い人じゃねえだ。喋ってみたら優しい人だったべよ」と付け加えました。


 皆は呆気にとられていました。あの離れ小屋に住んでいる者と喋った人を初めて見たからです。さらにあの離れ小屋を覗くなんてそんな、おおそれたことはとてもできませんでした。ティルクは何だったらフランのことを尊敬までし始めていました。とてもあんな場所には行けなかったからです。

 ましてや、それをやってのけたのが、あの『ぼんやりフラン』だったのですから。


「驚いたなあ。あのフランがね。あんなに小さかったのになあ……あんた、大人になったねえ……」

 ファリスがしみじみいいました。ファリスとフランはふたつしか歳が離れていません。

「ファリス。おめえ、おらのなんなんだよ……そいや、おらからもいっこ、訊きてえことがあるんだが」

「おう、フラン。なんだ?」とギャンが言ってぐいっと顔を出します。

「そんなら、ごほんっ」わざとらしい咳ばらいをして、かしこまるとフランは言いました。「皆はどうやって自分の意見が正しいと証明できるだ? 死体はもう埋まっちまってるだよ。掘り返すなんてそんな罰当たりなこともできねえべしなあ?」

「教会の奴らが死体の調書をとってたろ。あれを見せてもらえばいいんじゃないか?」とバーボハルトが冷静に答えました。こういうところはバーボハルトの頭の切れるところでした。

「でもどうやってそこからその死体の出自を判断するだか?」


「そりゃあ──

 皆が何かを言いかけては口を噤みました。どうしたらそれを証明するのかが浮かばなかったのです。


「おらはできるだよ。おらは空っぽの離れ小屋をみんなに見せればいいだ。あんなに小屋を出なかった旦那が急にいなくなったんだ。間違いなく何かが起こったんだべ。旦那の身に!」

「そりゃあそうかもしれねえが、もし行ったとしてあの死体がやはり小屋の旦那?とはわかるかね?」とティルクが怪訝そうに言いました。


「きっと──何かあるはずだよ! おらは死体が握ってたっていう羽根ペン! あれに秘密があると思うだ!」フランは豪語しました。「けんども、さすがにひとりじゃ怖くて中には入れてねえんだ!」

「そういうところは行き当たりばったりなんだな……」とゴアが言いました

「やっぱ子供だわ、お前。子どもだったんでちゅね~」とファリスが言いました。

「やっ、だから、ファリス。おめえ、おらの一体なんなんだよ……」


 それから少し話をして注文していた料理をたいらげた六人は酒場を後にすることにしました。そして酒と話の勢いについでに今からあの離れ小屋に行ってみることになりました。

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