第7話「予言の読み解きが終わったこと」
「『人の子ひとりが芽吹き咲いてから、その子が枯れ果て散るほど』とは一体どれくらいでしょうか」
「長く見積もっても100年ほど捉えるべきでしょう」
「たしかにあのドークトンも著書『生物誌』において100歳を超えた人類種の出現はほぼ確認されていないと述べている」
リヴァキュールには学者たちが話している言葉はたしかに聞こえてはきましたが、理解することができませんでした。まるでゴブリンの巣の中に閉じ込められて彼らの知らない言葉で延々と罵倒されているみたいでした。
リヴァキュールは独り、今一度、読み解きを踏まえて三つの予言をまとめてみます。
一つ目の予言で示されたのは、五年後に訪れる魔の王とそれが引き連れる軍勢という絶望。
二つ目の予言で示されたのは、『暗黒を断ち切りうる剣』とその仲間という希望。
三つ目の予言で示されたのは、『魂の意思』の『回帰』。(それがこの『剣』も同じ運命にある)
──予言は絶望と希望の出現だけを示している。これだけでは三つ目の予言は希望だけにその対象は限定されない。むしろ、永遠に絶望と希望が殺し合うという明けない暗黒を意味する可能性すらある。二つ目の『断ち切りうる』という濁し方も妙だ。明言を避けている。
予言とは予定されている未来を踏まえて人々がどう行動するかというところで初めて真価を発揮します。その具体的な結末まで示してくれるということはめったにありません。
それをリヴァキュールはわかっていました。
『グラテウナの災禍』のときもそうでした、過去に類を見ないほどの嵐がやって来る、それがざっくりと言えばですが予言の内容でした。嵐は天災です。耐え忍べば、嵐は消え暗黒は終わり晴れるのです。耐え忍ぶという過程にどのように創意工夫をこらすのかが鍵となります。結末は明示さずとなくとも暗に示され予定されているのです。
しかし、今回の予言の場合は異界からの干渉。それも世界を闇に包もうとする者がいる。すなわち人災です。国家規模では防衛力の強化、個人規模では『希望の種を蒔くもの』の保護などはするべきことは自ずとわかりますが如何なる結末が訪れるかは予定されてはいないのです。暗に示されてもいません。
「最後の予言、か……」
気が付くとリヴァキュールはそんな言葉を呟いていました。
ブレシャナビアはそれを学者たちの闊達な議論を繰り広げる中で指揮者がひとつひとつの楽器の音を聞き分けることができるように、たしかに聞き取りました。
なぜこの予言で最後なのかはリヴァキュールにとってわかりませんでしたが、最後であるからこそ彼は何か深い意味が隠されている、重要性があると考えてそれだけに思い悩んでいました。
それにヴァンガーディーが玉座の間の不可侵の法を犯してまでこの予言を持ち込んだ理由です。
──銀の魔法使いの『時間がない』という発言も予言の即時性によるものと考えていたが、どうやら読み解きを踏まえ、改めて考えみてもそれとは違う。最後というのは、神殿勢力も神の御声が聞けぬことを霞がかっていると表現するように、暗黒時代到来に際して新たな予言を受け取ることができなくなるという予言能力の喪失を意味すると解するべきだろうか?その前に予め見えた希望の出現を提示した、と。
リヴァキュールはブレシャナビアの方をちらりと見ました。ふたりの目が合いました。
リヴァキュールの直感が電撃のように全身を走って告げます。
──答えはあの男が握っている。
「知識人諸君。読み解きの最中、すまない。ひとつ重要なことを言い忘れていた」リヴァキュールがそう言うと学者たちはざわめき立ちました。ブレシャナビアはついにこの時が来たかと悟って目を瞑り、腹を決めました。「この予言は銀の魔法使いからの最後の予言である」
「今、なんと?」
「最後だって? この三つの予言が?」
「銀の魔法使いの予言、無くしてこれから我々はどうすればよいのだ?」
まとまりかけていた学者たちの見解でしたが、絵に描いたような、ばらけようでした。泣き言をいう者もありましたから。
「そこで……ブレシャナビアよ。なぜこの予言が銀の魔法使いにとって最後となるか知っていたら話してもらえるか?」
リヴァキュールが余計な間髪を入れずに訊きました。「ブレシャナビア様が理由を知っておいでなのか?」とひそひそと話す者もありましたが、リヴァキュールが睨みを効かせるとすぐ収まりました。あえて皆の前で尋ねたのは衆人環視の中で緊張感をもって答えさせることで、質問から逃れたり、論点をずらすことを避けるため、発言の証人を得るため等、様々な計算がされていました。
「うむ……承知した」ブレシャナビアは立ち上がりました。そして神妙な顔つきで言いました。「驚かずに聞いてもらいたいのだが……銀の魔法使いは明日、亡くなるとのことだ」
それはどんな攻撃魔法よりも威力のある、特大の魔法でした。
『最後の予言』である、と告げられたときの瞬間的な慌てようは影も形もありませんでした。このときの皆は逆にどう反応してよいかわからず、予期しなかったことだけに信じられないという感じで声を失って、静まり返ってしまいました。外の雨の降る音が聞こえました。リルケリルケから国に吹き込む風の音が聞こえた気がしました。
「そ、それは真か?」
リヴァキュールが漸く、発声の仕方を思い出して訊きました。珍しく彼は動揺していました。
「ああ。この場で嘘をつく必要もなかろう」
ブレシャナビアが決して目を逸らすことなく言いました。まっすぐ澄んだ瞳をしていました。
彼としてもこの事実を公表することは直前まで大いに悩んでいました。ですが、どうせヴァンガーディーの死は隠そうとしても、いずれは明るみになることを今は下手に知らないように振舞い乗り切って、後にも先にもリヴァキュールにそれを看破され、常に嫌疑の視線を向けられ腹の探り合いをしながら生きるよりも、ここでは正直に答えた方がよいと考えました。
また、彼が何としても守り抜かなければならない『予言は本当は五つある』という事実を気取られないためにも、ヴァンガーディーの死の公表は良い視点誘導になるとも考えました。
「ブレシャナビア様。銀の魔法使いはエルフとは不老不死と我々人間が生まれる前より決まっておりましょう? 如何にして銀の魔法使いは亡くなると言うのです?」
気を取り直して生物学者ウォレスが尋ねました。真っ当な疑問でした。
「これより来る、暗黒の時代においてはそのような従来あった理さえも破壊されるということだ。諸君らの学問体系もそうであるが、もしかすると魔法体系も書き換わるかもしれん」ブレシャナビアは深刻そうに言いました。本気で危惧している部分もありましたが、やや大袈裟に言って話題をそっちへ本格的に持っていこうという意図もありました。「これはあくまで私の推測の域を出ないのだが、此度の嵐こそ予測がつかなかった突発的なものだ。理の崩壊は五年後を待たずしてはじまっていると見るべきだ」
リヴァキュールはこれを受けて一旦、声に続いて冷静さも取り戻して考えます。
──ブレシャナビアは嘘をついていない。たしかに銀の魔法使いが死ぬなら全てに説明がつく。大胆で突拍子もない銀の魔法使いの行動も、予言の尻切れ具合も、『時間がない』、それに『最後の予言』という発言もだ。奴を屋敷にやすやすと帰してやった彼の行動も理解できる。奴が明日で死ぬというなら、私はともかく、彼は迷わず、そういう選択をするだろう。しかし、この予言……特に魔星の部分……個人的にもう少し探っておくべきかもな……
「リヴァキュールよ。おい、リヴァキュールよ。ひとつ提案があるのだが聞いてはくれぬか?」
ブレシャナビアがリヴァキュールの体をゆすりながら訊きました。何か思いついたようです。それも一度、事前に相方を通しておきたかったことのようでしたので、何か大事な決めごとの用でした。
「……なんだ? 是非、聞こう」
ハッとしてリヴァキュールは応答しました。
「銀の魔法使いの死についてだがここだけの話に留めるわけにはいかないだろうか?」
「それはどうしてだ?」
「民には希望が必要だろう? 銀の魔法使いが死んだとなれば、これからの長き暗黒の時代を耐え抜くには心の拠り所がひとつ減ってしまうのではないか?」
ブレシャナビアの民を想う心は真っ当でした。神や王の他にすがるべき対象は必要でしたし、多い方がいいのは違いありませんでした。
「しかし、そうなるとそれが発覚した後の民の絶望たるやないだろう。そういうものは早めに言っておく方が良いと思うが」
そう反論を述べながら、直前のブレシャナビアの発言にリヴァキュールはどことなく違和感を覚えていました。
──さすがに考えすぎだろうか?まるで結末を知っているかのよう……まさか何か隠し事を?
「そうか……お主の言も正しいな。陛下とも協議した上で改めて決めるとするか。その上でどう転んでもいいようにとりあえず一度、学者たちには箝口令を敷いておこう」
「……ああ。そうだな」
疲れ故の単なる思い過ごしであればいいが、と願いながらリヴァキュールはそのように返事をしました。返事を聞くと満足そうな顔をして、ブレシャナビアはさっきまで話していた通りにヴァンガーディーの死につき全体に箝口令を敷きました。
予言のこと、それの読み解きの結果のこと、ヴァンガーディーが死ぬこと。それら沈黙を守らなくてはならない、ひとつひとつが世界を揺るがすとびっきりの情報という名の服を秘めた衣装箪笥であるような、そんな評議会室での議論はこうして幕を閉じました。
ですが、ここからが本格的に双杖の出番となります。この予言のうまい利用方法を夜通し模索し、明けて7日には宰相とも協議して、完璧な形での予言を武器とする活用法を仕上げました。
これをもってギリアム王に再三、お伺いを立てましたがなんとこれをその場では聞き入れてはもらえないという不測の事態に遭うことになります。
そのため、しばしの間ですが、ここまで予言について解き明かされていながら、この予言は陽の目を浴びずに、眠り続けることになったのです。なお、その間も月の観測は天文学者エデルとフレチマによってしっかりと続けられました。
嵐は学者の予測よりやや遅れて24日後のハンノキ月(4月)30日には完全に過ぎ去りました。長らく太陽を見ていなかったせいで鬱屈とした表情を見せる市民も増えましたが、時間が解決してくれました。
それと結果的にヴァンガーディーの死は公表されませんでした。彼女を政敵と見做していたギリアム王は手間が省けたと喜び、これで王権は盤石だとまた詩にふける生活に戻りました。死んだ以上、もう興味は無くなっていましたから、余計な混乱を起こすこともあるまいとブレシャナビアの意見が採用され、公表はされないということとなりました。
翌年1183年より1186年まで隣国と『ブルニン戦争』というのをやりました。終戦に伴い、ギリアム王からランシャス王に王位が引き継ぎましてこの予言はようやく明るみに出ることとなりました。ヴァンガーディーの死は秘匿され続けました。
さて、ノズモナド王国の予言を廻る物語はこれくらいにしましょう。いよいよ、勇者イーラーケルの物語へと参ります。




