第4話 選ばれし者
「ねぇ、あなたって、たまたま偶然でここに迷い込んだと思う?」
草原を渡る風が、シュンの頬をなぞる。
魔石を握った手の中に、まだほのかな温かさが残っていた。
空は高く、雲はゆっくりと流れている。
シュンは少し考えてから、肩をすくめる。
「……そうなんじゃないの?
なんか気づいたら、ここだったし。
最後の曲でちょっと間違えたのが原因なんでしょ?」
ユウナはふわりと宙に浮かび、シュンの目の前でくるりと一回転する。
小さな体に草原の光が反射して、きらりと瞬いた。
「やっぱりね。でも、それは“間違えた”んじゃないの」
ユウナは優しく、けれどはっきりとした声で続ける。
「あなたは、曲の最後にこの世界の“拍”を感じたのよ。
ほんの一瞬、空気の揺れに身体が反応した。
それが、この世界とあなたを繋いだ」
シュンは眉をひそめる。
「拍……?」
耳を澄ますと、風の音、草の揺れる音、遠くで鳴る地鳴りのような低い響きが聞こえた。
それらが、ただの雑音ではなく、どこか一定のリズムを持っているように感じられた。
「この世界ではね、すべてが拍でできているの」
ユウナは草原を指差す。
「大地も、空も、生き物も。
小さくミクロにずっと振動してるの。その拍が整っていれば穏やかで、
歪めば……さっきのモンスターみたいになる」
シュンは、さっき縮んでいった異形の姿を思い出す。
「じゃあ、あいつらは……」
「そう、あんな姿を見せるようになったのは最近なの。ここ200年くらいの話」
ユウナは少しだけ視線を落とした。
「でも、世界全体の拍が歪み始めてから、暴走するものが増えたの」
草原の向こう、遠くの地平線がわずかに揺れて見える。
そこにはまだ見えないが、確かに“何か”がある気がした。
「一体なにが起きてるのか、女神であるわたしにもわかってないわ」
「……」
「この世界への異世界召喚ってね」
ユウナはぽつりと言う。
「わたしが知る限り……三十年ぶりかしら」
「三十年?」
シュンは思わず聞き返す。
「じゃあ、前に来た人は?今なにを」
ユウナは一瞬だけ言葉に詰まり、微かに笑った。
「……まあ、その話は、今はいいわ」
その笑顔に、シュンはなぜか引っかかりを覚えたが、深くは追及しなかった。
ユウナは再び前を向く。
「今、この世界では“スタンピード”が各所で起きているの」
「スタンピード……?」
「拍の歪みに引き寄せられて、モンスターが一斉に溢れ出す現象よ。
村や街が壊されて、人々は怯えて暮らしている」
風が強くなり、草原が大きくうねる。
その揺れすら、どこか不安定に感じられた。
ユウナはシュンを見る。
「だからね、あなたを呼んだ。
拍を“壊す”人じゃなく、“整えられる”人を」
シュンは手の中の魔石を見つめる。
小さな石の中に、さっき確かに世界が応えた感触があった。
「……俺に、そんなことできるのかな」
ユウナはにこっと笑った。
「もう、できてるじゃない」
草原の静けさの中で、シュンはゆっくり息を吸った。
この世界の空気が、かすかにリズムを刻んでいるのを、確かに感じながら。




