62・王都観光
「「異議なーし!」」
「ないわよ」
「面白そうだね」
「皆が行くなら我もついていこう」
不満も反論も何一つ出ることなく格闘大会の観戦が決まりました。
異論なんてハナから出るわけないのはわかってましたがね。暇とやる気をもて余してる者達の集まりですから我々。
王都への道のりは、普通に歩けばベーンウェルから街道(『金の道』と呼ばれるルートです)をひたすら進んで十日ほどかかると聞いています。
旅慣れしてる我々ならもっと早く着くでしょう。ずっと首だったサロメは違いますが、その体力は桁外れなはずですから、むしろ我々より余裕ありそうですね。魔神が人間より持久力劣るとかあり得ません。
金の道ですが、この国の主要な街道ですから人の往来も激しいですし、危険な遭遇も無いんじゃないでしょうか。
ちなみにこの場合の危険とは私達ではなく私達を獲物に選んだ輩にとって危険ということです。不埒者どもが楽に死ねるかどうかは我々の都合と気分によります。
「──ケッ。よくもまあ、夜更けとはいえ、普段からひと気の多い道で襲ってきたもんだな」
街道から少し離れたところで野宿してたら盗賊の一団に襲われました。
「傭兵崩れですね。武器の扱いに手慣れてました。恐らく、一所に留まらず転々と動くやり方で、これまで稼いできたのでしょう。それも今回で終わりましたが」
どこを見ても武装した屍が転がっており、戦場みたいな風景になっています。
今はまだ、夜中なので暗さが惨状を抑えていますが、明るくなってハッキリ見えるようになったらもろに血まみれ地獄。
「しけてるね~。金貨どころか銀貨すらろくに持ってないよ~」
「武器も手入れはされてるけど、使い古しだね~。売ってもタダ同然になりそ~」
何のためらいもなく遺体漁りする辺り、やはり荒っぽい意味でも旅慣れていますね双子は。
「はーいもっと頑張って掘ろうねー」
ギルハの操り人形にされることで生き残れた数人が、黙々と死体を埋めるための穴を掘っています。掘り出した土にサロメが魔法をかけて土人形を造るからさらに作業がはかどります。
バーゲンはどうしてるかというとサロメに抱えられていました。
朝になってから近場の町や村に行って警備兵を呼ぶのも色々面倒なので、このまま隠滅することにします。
念を入れて人払いの結界をこの辺りにかけたので誰かに見られることもありません。よほどの手練れなら別ですが。
ある程度満足いく広さと深さの穴が出来たところで死体を次々とポイします。他人を襲うことで生計立ててる連中にまともな墓など不要なので。
こんな手間などかけずにサロメに頼んで燃やしてもよかったのですが、立ち上る煙で人が寄ってきたら嫌なのでやめました。
死体をあらかた捨てたら生き残りに穴のところで同士討ちさせ、その上に被さるように土人形が倒れていきます。
最後にリューヤがそこらで『隠匿』してきた岩を乗せて墓碑の出来上がり。
「……安らかに地獄に落ちなさい。もうこの世に戻ってきたらいけませんよ……」
本来こんな連中にやる必要全くもって無いのですが、特別に冥獄を祈ってあげます。
「それってもはや転生潰しの呪いよね?」
「何か問題でも?」
私は聖女ではありません。
暗黒騎士なのです。
「別にないわ。その祈りが天に──あぁ、この場合は地の底かしら? とにかく届くといいわね」
予想外の襲撃がありましたが、それが逆にメリハリとなり、旅に飽きずにこの国の王都クラウダイスへとついに着きました。
都をぐるりと囲んでいる巨大な壁。
その壁にある、これまた巨大な門のひとつをくぐり、いよいよこの国の中心へと踏み入ります。
門の前にいる検問兵にガルダン家で見繕ってもらった市民証を見せると、思いの外スムーズに通してもらえました。金持ちにコネがあると何をするにも楽なんですね。
「大きな壁でしたね。これが城塞都市というものかしら。エターニアではほとんどお目にかかることはないから珍しいわ」
「必要ないからな」
「私の……いえ、聖女の守護結界に守られていましたからね。国境沿いの街なら、ここまでではないにしても、似たようなものがありましたけど……」
「万が一ってこともあるし、聖女の守りも完全無欠じゃないからな。それくらいは用意しとかないと、何か起きた時になす術なくなる」
「んふふ、そのうち起きそうですけどね、その何かがあの国で」
「お前をはした金で酷使した罰かもしれん」
「あら、嬉しいことおっしゃってくれますわね。てっきり、人をからかう事と窘める事しか出来なくなったとばかり」
「口と性根のひん曲がってる誰かさんとの付き合いが長かったからな。いい迷惑だったよ」
「言ったそばから余計なことをほざくんですね」
「どの口でぬかしてやがる」
「「まあまあ、まあまあまあ」」
「なんでそんなによどみなく険悪な流れになれるんですか二人とも」
「駄目よギルハ、余計なこと言ったら。あなたまで巻き込まれてぐしゃぐしゃにされるわ」
「冗談に聞こえないよぉ……」
恐れおののくギルハをよそに、私とリューヤの間の空気がピリピリしてきました。このまま路上で口喧嘩が一戦始まるかも。
「おい、邪魔だ! そこの角兜!」
野太い男の声が私にぶつけられました。
声のした方を見ると、顔の上半分を仮面で隠した中年男性がいました。
鍛えた肉体を自慢したいのか、やけに上半身が薄着です。胸毛や腕毛が凄いモジャモジャで気持ち悪っ。そのくせ頭はツルツルなのがウケる。
「……あの、私のことですか?」
だいたい、道路は別にぎゅうぎゅう詰めじゃないんだから、私を避ければいいだけじゃないですか。
「なんだよ女か。……にしちゃ気色悪い格好してやがる! どこの蛮族だよ全く!」
(問答無用でぶちのめそうかしら)
殺意がつい沸いてきましたが、天下の往来で人のバラ肉をこしらえるわけにもいきません。それなりの理由がなくては。
「礼儀も口の聞き方もなってませんね。品が無さすぎです」
「んだとぉ!? このアマ、いい度胸じゃねえか!」
口答えされるなど一切思ってなかったのか、カッと頭に血を昇らせて、私の胸ぐらを掴んできました。
よし。先に手を出してきた。
「舐めた口ききやがって。どうだ、その角へし折って一本ずつぶちこんでやろうか!?」
発想も下品極まりないですね。
一枚にしてあげようかと思いましたが二枚にしてやんよ。
「ていっ」
「おぶべぇ!?」
右手の平にかけた『円盾』二枚がけビンタを男の横っ面にかましてやると、鼻血と折れた歯を撒きながら派手に吹き飛びました。
悲鳴まで品が無いとはどこまでも徹底してますね。そういうスキルなのでしょうか。
「マジかよ……!」
「オゲリッツの奴が一撃で!?」
周りからいくつもの驚きの声が上がりました。
今の毛深いハゲ(なんだか矛盾してますね)はそれなりに強さで有名だったみたいです。
たった平手打ち一発でのされる者が世間に名前を知られてるとか……これでは、この国の強者も程が知れますね。大会への期待がちょっと薄れました。
さ、スカッとしましたし、この場をさっさと離れますか。




