63・身体は大人、頭脳は幼児
「貴族? あんなのが?」
「あんなのが、だ」
さっきの揉め事のあとも、平然と他国の王都を物珍しげに見物していた我々一行。
少しは人目を引きましたがこのくらいなら気にしなくてもよいでしょう。
活気溢れる街や都では、あのくらいの喧嘩はよくあることです。現に警備兵に呼び止められたりとかもありませんでした。
私もあのハゲも、お互い武器を抜かなかった。それも見過ごされた理由の一つです。
そこまでやると殺し合いと認識せざるを得ませんから、見過ごすのはもう無理でしょう。
ひとしきり歩きまわると軽くお腹が空いたので、見た感じの良さげな店を選んで入りました。
そうして注文したパスタをくるくる巻いていると、どこかに行っていたリューヤが入店して、冒頭の話に繋がるわけです。
「この辺の者にそれとなく話を聞いてきた」
リューヤが言うには、さっきのモサモサハゲはオゲリッツ・マヌーといい、マヌー男爵家の長男坊なのだとか。
独身で、歳は三十五。
三十五。
三十五です。
その歳でもうあんなに頭の進行が完了していることに驚きを隠せませんでした。
思わず二度見ならぬ二度聞きしたくらいです。
さっきの嫌われ者ムーブを見てわかるように傲慢で乱暴な男で、誰彼構わずイチャモンつけてはトラブルを引き起こしており、現男爵である弟の頭痛と胃痛の種になっている模様。
爵位を弟が継いだことが自暴自棄に拍車をかける悪循環となり、あんな感じに振る舞ってると。
そりゃあんな思慮深さの欠片もない男を後継ぎにする人はいませんよね。
まだ縁切りはされてないようですが早くやったほうがいいですよ弟さん? あのハゲが男爵家の名前持ち出して危ない橋を渡るのもそう遠くない未来だと思いますから。
「清々しいくらいの自業自得ですね。あの歳まで自制なく幼児性を引きずってるとか目まいがしてきますよ」
どこの国にも、後先考える力が脳からごっそり抜け落ちてる貴族っているんですね。どんな育て方されたらそうなるのかしら。
「ハハ、言えてる。そんなんだから兵隊どもも来なかったのさ。治安を悪くしてる野郎がコケにされていい気味だとでも思ってんじゃないかね」
それでも実力はそれなりにあるようで、今回の催しでも、本命ではありませんがそこそこいいところまで進むのではないかと噂されていました。
そうしたら私に喧嘩を売ってああなったと。
「中堅? あんなので?」
「あんなので、だ」
ある予感が頭をよぎりました。
……もしかしてその格闘大会って、実力者達が凌ぎを削るというより、微妙な二流どころしか出ないようなものなのでは……。
地元の強豪が、多少見映えのあるバトルをやるお祭り騒ぎに過ぎないのでは……。
「何でしょうね。わざわざ見に来た甲斐が無くなってきました」
「わかる。僕もそんな気持ち」
「うんうん。僕もピオに同感」
「私は別にそれはそれで構わないけどね。実力が均衡してたら、多少未熟でも面白いものよ。どうにかしてその均衡を崩そうともがくところが。どちらも消極的になって及び腰だとコレだけど」
サロメが、親指だけ立てた右手を、下にグッと下げました。『地獄に行け』のサインです。
あまりに見苦しい闘いをすると主催者からそのような宣告がなされることがあったみたいですが、今のコロッセイアではそれも過去の話で、命を奪うまではやらないようです。とはいえ闘技者としての人生はそこで終わりでしょうが。
「厳しいなあ。死んだりするかもしれないんだから、そんな積極的に武器振り回せないと思うんだけどね」
私達の中で穏健な気質のギルハが、ソースのかかった羊肉を味わいながら「怖くないのかな」と眉をひそめました。
穏健とはいえ殺るときは殺るという気構えはありますがね。
「それが怖いなら闘技者などやりませんよ。無理やり闘わされてる奴隷や捕虜ならともかく、仕事にしてるわけですから」
「あー、それもそっか」
「恐怖が全く無いってことはないでしょうけど……それで腰が引けて情けない戦いしたら、なんで試合受けたんだお前って事になるでしょ?」
自分より弱い相手だとやる気あるけど互角かそれ以上ならビビるとか、闘技者としてそれはどうなのかって話です。
「勝てる相手としかやりたくないなら、試合じゃなくてお外でゴブリンでも狩ってれば?」ってなりますよね。
「単なる強さだけでなく、客を萎えさせない振る舞いもまた重要なのさ。所詮は見せ物だからな。当然っちゃ当然だ。見てて腹立たしい戦いっぷりなんぞ下の下だ」
楽しんでもらうための戦いなのだから、手堅い戦い方にも限度がある。
それが結論です。
食事を終え、ぶらぶらお散歩を再開します。
「……王都のレストランだけあって、味もいいが値もなかなかのものだったな」
「気に入りましたから、明日のお昼もここにしましょう」
「凝り性ねぇクリスちゃんは」
「色々な店を回るのもいいですが、食べ物であまり冒険したくないので。そこは自重しようかなと」
「こんなところまで来といてか。外れくじみたいな店なんかそうそう引かねぇよ」
「そーだよねー」
「でも引くときは引くよねー」
珍しく双子の意見が割れました。こんなことあるんですね。
「あの、お時間よろしいでしょうか?」
聞き覚えのある、女性の声。
「あなたは……」
そこにいたのは、可愛らしくも控えめな色合いをしたワンピースの上から黒のローブを着込んでいる女性でした。
黒手袋に黒の仮面と、肌の露出を一切していません。見られたら面倒なことになるからです。
なぜなら、彼女は吸血鬼なので。
「確か……ナーゼリサさん、でしたね」
「……はい。ふふっ、覚えていてくれましたか……」
どうせ忘れてるだろうと思ってました、みたいな皮肉っぽい雰囲気が滲んでましたが、そこはまあ気にしないことにします。
私もよく覚えていたものだと思いますから。
「完全武装ですね」
「このような場所で正体がばれたら、困りますからね……。武術大会とやらが開かれるおかげで、この格好でも怪しまれず、好都合です……ふふっ……」
「急に陽光対策でも思い立ったのかと思いましたよ」
「……姫様は元より、私くらいの高位ともなれば……陽の光に焼かれることも、ありません。それでも、多少気分は悪くなりますが……」
「ああ、そういえば確か、廃坑探索の道のりでもずっと日傘を差してましたね。だからですか」
空が曇っていても構わず頭上に広げっぱなしだったはずです。
「お急ぎでなければ、相談したい事がありまして……いかがでしょうか」
その声からは、かすかに焦りが感じられました。
──どうやら、またしても雲行きが怪しくなってきたみたいですね。
ただの観光客としてこの王都に来たというのに……つくづく私は騒乱や事件と縁が深いらしいです。




