38・聖女、やってくるようです
たまには三人称。
ブロンズ盗賊団。
エターニアとコロッセイアの狭間、エターニア寄りの山岳付近にねぐらを持つ悪党の一団である。
名前の由来は、リーダーが青銅の兜を愛用しており、他のメンバーも自然と同じように青銅製の武具を装着するようになったことから、いつの間にかそうなっていただけである。つまりなし崩しだ。
十五人ほどいるメンバーの大半は貧しい農家の食いつめ者や借金逃れのチンピラだが、リーダー含め数名は元冒険者であり、それなりに経験も積んでいる。
あまりにやり過ぎると国から兵隊を差し向けられるので仕事は常にほどほどに抑え、できるだけコロッセイアの民を狙いにすることで見逃されている。
本格的に潰すのは難しくないがそこまでやるほどの危険性もないので放置。それが国の判断であり、盗賊団の主要メンバーの思い通りの状況であった。
その一団が壊滅した。
兵隊、あるいは冒険者によって討伐されたのではない。
貪欲な魔物の餌食になったわけでもない。
自然災害? 違う。
仲間割れによる同士討ち? それも違う。
その理由とは──
「はーい、一列に並んで進みますよー」
少年の号令。
古い街道に、まだ夏の日差しとは到底呼べない熱量の光が、雲間から注がれている。
クリスティラとリューヤの二人が通った、かつての正規ルートの成れの果てとはまた違う道だ。もっと使いやすい道が出来たからではなく、危険ゆえに誰しもが避けることを選んだが故に、過疎となった道。
ブロンズ盗賊団の縄張りがあるのはそのルートだった。だから潰された。
それが理由だ。
その道を、エターニア側からはるばるやって来た謎の集団が、黙々と進んでいる。既にここはコロッセイア領だ。
先頭を歩く浅黒い肌の少年に指示され、男たちは不満も皮肉も言わず、ただ無言で従う。彼らは、一様にその顔に表情はなく、瞳に意思の光は灯されておらず暗いままだ。
まばらにだが、青銅の装備をつけている者がちらほら存在している。言うまでもなくそれらの者はブロンズ盗賊団である。
いや、今となってはもはや……
集団の後方に控えているのは、この場にそぐわない造りの上等な馬車であった。
「やはり優秀だな、ギルハは。微妙な剣の腕しか取り柄のない兄とはえらい違いだ」
馬車を囲んで護衛している中の一人が、誰かに語りかけた。よく通る、壮年の渋い声だった。その目は生きて輝いていた。
胸当てに籠手、背には長槍。いかにもベテランの武人といった風情である。
「その兄はどうしたのでしょうねぇ」
いかにも理知的な、神経質さもありそうな青年の声が返答した。こちらの瞳にも活気と理性がある。
軽装の上からローブを羽織り、武器は持っていない。典型的な魔術師だ。
「わからん。ミレシャと共に一足先に向かったはずだが」
「斥候役もこなせないのでは話になりませんよ。まさか、先走っていないでしょうねぇ」
「それはあるまい……と言いたいが、あいつらはまだまだ経験が浅い。旨味をすぐ欲しがる。二人で組んで抜け駆けを企んでもおかしくないがな」
実際には偵察していたのを完全体の魔神に捕まったのだが、そんな脈絡も突拍子もない事態を読める者などこの世にいるはずがない。
「見つかって消された──と断定するには、まだ早計ですねぇ。獲物を見張りながら、我々が来るのを待っている構えなのかもしれませんから」
「だといいが……おや」
そこに一羽の鳥が飛んできて、壮年男性の肩に止まった。
厳密には鳥ではない。人間や他の生き物の声を真似する魔物、エコーバードだ。戦闘能力はほぼないので多少うるさいだけで無害に思えるが、これに騙されて遭難した者もいるので決して侮れない存在である。
知能は高いので飼い慣らして伝令によく使われたりする、魔物の中でも屈指の有用な種族だ。
「ヤラレタ、ヤラレタ。ゴシュジン、ヤラレタ」
両名の顔に、緊張が走る。
ゴシュジンとは弓使いミレシャのことである。恐らく彼女は自分の矢が戻ってきて刺さった時に、敗北を悟り、これを仲間の元へ飛ばしたのだろう。
「ボドンに続いて、あの弓使いもですか。ならば、あの子の兄も恐らくは……」
壮年の男性は、答えず、代わりに黙って頷いた。
ボドンとは、クリスティラ達を襲って返り討ちにされた挙げ句、薬物漬けからの飛竜の餌という実に悲惨な死に方をした狼使いのことである。
この街道を通る三日ほど前、エターニア側の宿場町で狼の群れが家畜や人を襲っているという話を聞いたのだが、まさかと思い一匹捕まえて魔法で調べてみると以前スキルの支配下に置かれていた形跡があった。
自分の手足である狼を、あの男が一匹たりとも手放すはずがない。それなのにこの狼は自由の身となってるのだから、何が起きたか予想はついた。
ボドンは死んだのだ。
「ポセイダムではなくこちら側に向かったという情報が後少し早ければ、奴も死なずに済んだかもしれん。今回のような追跡仕事にはこの上なく便利なスキル持ちだったのにな。惜しいことだ」
「終わった出来事を今更嘆いても仕方ありませんよ。時は戻らないのですから。それより…………一体、誰の仕業なのでしょうねぇ」
それは、クリスティラとリューヤ、どちらが仲間を殺ったのかという意味の問いだ。
「明言できんが、まあ、十中八九、盗賊の小僧だろうな。聖女といっても元は冒険者上がりの僧侶に過ぎん。あの二人と正面からやりあえる技量などなかろう」
「所詮、神殿でダラダラ祈りを捧げるしか出来なかった二流の聖女ですからねぇ」
「防御魔法の腕は確かだというが、どこまで真実やら。なんにせよ、あの二人もやられたのだから、盗賊の小僧を最優先で仕留めねばな。油断はできん。元聖女を討ち取るのは……あの方に任せよう」
そこで言葉を切り、馬車へと目をやる。
「……どうしたの?」
「それが……」
馬車の中。
青年からの簡潔な報告を受けた女性が、高貴なもう一人の女性──聖女ダスティアへとその内容を語る。
「ふぅん」
興味もないという様子だ。手駒が減ったにも関わらず、焦る気配は微塵もない。
かつてのダスティアであれば、雇った者達の使えなさに苛立ち、皮肉を交えて間違いなくわめいていたはずだが、そんな雰囲気など欠片も感じられない。
「申し訳ございません。不甲斐ない話です。色良い報告ではなく、身内の失態をまたしても伝えねばならぬとは」
深々と頭を下げ、女性が言う。
黒のベールで顔を隠した、喪服の女性。それだけなら葬儀に向かう最中にしか見えないが、金の装飾のついた首飾りと赤のケープが猛烈な違和感を放っている。
その装飾は人の目を象ったような形をしており、ただのネックレスとはとても思えぬ禍々しさが漂っていた。
「問題ないわ。私と貴女がいればそれで済むのだから。でしょう?」
別人のように落ち着いたその態度からは、強者の余裕すらあった。
やはりこれまでの彼女とは違う。
「しかし、素晴らしいわね。この力は」
「我が神の力、お気に召しまして何よりです。貴女のような方にこそ、我が神は祝福をお授けになりますのでね」
「やはり、真に正しき者には、然るべき救いの光がもたらされるのね。ふっ、ほほほっ、おほほほほほほっ!」
使い物にならなくなった右腕を覆い尽くす鉄の義手を左手で撫でながら、ダスティアがどこか狂気を孕む笑い声をあげた。
ベールの奥から自分を見つめる、冷ややかな、非道な科学者が哀れな実験体を観察してるような視線になど、全く気づかぬまま。




