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ごめんなさいね、もう聖女やってられないんですよ   作者: まんぼうしおから
第三章・祖国没落

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140/141

140・蜂ならぬ、忍者の一刺し

「……逆転の一手というのは、どこに転がっているかわからないものですね。これもまた、タケミナカタ様の加護によるものなのかもしれません」


 逆転どころか運のつきにしか思えませんがね。

 自分から死神を引き寄せてるんですから。


「ああ、感謝いたします……」


「何が感謝だ。この腐れ鬼めが、卑劣な真似を……!」


 火乱さんの頭に血が昇ってきています。

 どうもこの人はリューヤのことを気に入っているようなんですよね。あの双子といい、リューヤは変な人に好かれる臭いでも出してるんでしょうか。


 それはそうと。

 そんな彼女が、リューヤのあんな窮地を見れば、冷静でいられるはずがありません。


 感情が反映されてるのでしょうか。

 剣の刃全体から、炎が燃え盛っています。

 剣というより、あれでは、燃える部分がとても長い松明を持ってるようにしか見えませんね。


「ちょっ、落ち着いてったら。あっ、熱っ!」


「これが落ち着いていられるか!」


「冷静にならないと駄目だって、いいから落ち着っあちちち!」


 ギルハがどうにかなだめようとしていますが、あの様子では難しそうです。

 まあ、いよいよ手に負えなくなれば針をプスッとやればいいだけなので、彼女のことはギルハに全て任せておきましょう。レッツ丸投げ。


 私がやるべきことは──この女との因縁をここで断ち、新たな故郷であるコロッセイアにみんなで帰還する。

 この二つのみです。


「先に言っておきますが、おかしな真似は慎みなさい」


 牽制するように女鬼神が言いました。


「その言葉を受け入れる……とでも?」


「この少年がどうなってもいいのなら、お好きにどうぞ。しかし、そんなことをあなたにできますか? あなたと縁の深い、このリューヤという少年を見殺しにする……そんなことができるのですか?」


 間髪入れずに長い返答がきました。


 ……ええ、そう言うでしょうね。

 そうやって私に、後ろめたい気持ちにさせたいんですよね。

 だって、あなたが一番恐れているのは、私がリューヤを見捨てることなんですから。


 リューヤに人質としての価値がなくなれば、あるいは殺してしまったら、もうあなたに打つ手は残されていません。左足が完全に治って、また動けるようになる前に……私に叩き殺される未来しかない。


 だから、私の良心や罪悪感を刺激するようなことを言う。

 足が元通りになるまでの時間稼ぎ。

 そうやって、私が彼を見殺しにできないような心境に持っていきたいのでしょう。


「そこまで私のことがわかっていて、彼を盾に使う……あなたこそ、人の心がないのではありませんか?」


「余計な口は聞かないほうがいいですよ。私は怪我を負っています。本調子ではない。ついうっかりこの手に力が入るかも……」


「やめなさい」


「なら、その杖を捨てなさい」


「彼を、リューヤを離すのが先です」


「先に杖を捨てなさい。私はあまり気の長いほうではないですよ?」


「……………………」


 何も言わず、私は獣魔の杖を手から離しました。


 からん、からから……という、木製のものが固い床にぶつかり、転がる音。


「フフ、そう、それでいいのです。よかったですねぇ、リューヤ少年。元聖女さまのおかげで命拾いしましたよ?」


「どの口で、そのようなことを……」


「フッ、フフ…………アハハハハハハ!」


 私が悔しがってるようにそう言うと、女鬼神は優位に酔いしれ、口元に手を当てて私をあざ笑いました。


 ……はぁ。


 いつまでやればいいんですかね、この茶番。

 そろそろこの女鬼神の隙を突いてくれませんかリューヤ。白々しい演技するのも一苦労なんですよ。



「……ク、クリス」



 普段の飄々(ひょうひょう)とした姿からは想像もつかない、弱々しい声。


 それは、女鬼神の手に捕まれ、死にかけている(演技をしている)リューヤの声でした。やっとリューヤも何かやるようです。


「リューヤ!」


 私はその声に対し、悲痛な叫びをあげました。

 今のは、一流の役者にも負けない迫真の演技だったのではないでしょうか。


「おやおや、まだ喋るだけの元気があったのですか」


「クリス……お、俺に構わず、やれ……」


「馬鹿なことを言わないで!」


「そうだ!」


 悲しげに私が言った直後に、後ろの方から火乱さんの声が飛んできました。


「自分は暗黒騎士だとかイカれたことを言い張るその女の言う通りだ! 早まるんじゃないリューヤ!」


「フフ、人気者ですねぇ……」


 私だけでなく、火乱さんも自分に手出しができないとわかり、女鬼神はさらに気を良くしたようです。


「こんな、大した容姿でもない少年に、よくそんなに熱を上げられるものですね。蓼食う虫も好き好きとはよく言ったものです」


 左手でがっしり掴んでいるリューヤを、面白そうに、まじまじと見つめる女鬼神。

 目の前に敵がいるのにも関わらず、そんなふざけた真似をするほど機嫌が良くなりだしたのは、私と火乱さんを動けなくしたから──それだけではありません。


 私が砕いてやった左膝が、だいぶ治ってきているのです。


「…………」


「ん? どうしました?」


 リューヤが女鬼神を睨み付け、何かを言っていますが、声が弱々しすぎて聞き取れないようです。


「恨み言でも言ってるのですか? それとも遺言? よろしければ聞いて差し上げますよ?」


「…………ケ」


「え?」


 顔を近づけ、かすかな声でも聞き逃さないよう、耳を澄ませる女鬼神。

 人質を取ってる張本人の自分が、あえてそのような優しい振る舞いをすることで、私達をおちょくっているのです。

 その態度にはリューヤへの警戒心など微塵もありません。


 ……なるほど。

 こうやって油断させて、強烈なのを顔面にかましてやると。うまい手です。


 馬鹿な黒幕さんは、そんなことを全くわからず、


 『今が絶好だ。さあ、私は完全に油断してるぞ! 一発デカイのやっちまえ!』


 といった感じで、無防備な顔の左側、火傷の痕がないほうをリューヤにさらし、耳を近づけています。

 今度はそちらが酷いことになるとも知らずに。


「なんです? ほら、力を振り絞って。私に伝えたいことがあるのでしょう? 頑張りなさ……」





「このマヌケ」





 静まり返っていた、空間。

 死にかけている者が言ったとは思えない、はっきりとよく聞こえる悪口が、私を含めた全員の耳に届き、


 リューヤが大きく開けた口から、


 先ほど、リューヤ自身を焼き殺しかけた炎──魔神のオリハルコンのカウンター魔法──が『隠匿』から解放されて──



「っぎぃやああぁぁぁあぁあああ!!!」



 女鬼神の左顔面を焼きつくしていったのです! 絵に描いたようなざまぁです! これが見たかった!

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