139・死んだふり
「ぐあっ……」
猛烈な炎にまかれたリューヤ。
祭壇に安置されてあるオリハルコンに突き刺さった短剣の柄から手が離れ、ゆっくりと、その体が遺跡の床に落ちて──
「そんな、リューヤ。あなたがまさか。あり得ない」
つばぜり合いをしていた腕から力を抜き、絞り出すように、断片的な言葉を口から出します。
動揺と困惑に、まともに頭が働かなくなったように見せかけてるのですが……。
「フフ、まさかオリハルコン製の武器を持っているとは。これは予想外でした。しかし……予想外なのは、お互い様だったようですね。フ、フフッ…………アッハハハハハ!」
口角を、耳まで避けそうなくらいに吊り上げ、女鬼神が哄笑しました。
これは疑ってませんね。
リューヤが死んだと、死んでいなくても虫の息だと、私がショックを受けていると本気で思い込んでいるのです。
確かにリューヤは灼熱の炎に包まれ、窮地に陥っていましたが、その炎は──瞬時に消えました。
『隠匿』
彼の持つ、二つのスキルのうちの一つ。
多少は焼かれたでしょうが、リューヤはそのスキルを使って炎をしまい込んだに違いありません。女鬼神と化したこの喪服女性は、私と一進一退の攻防をしていて一切見れなかったため、彼がこんがり焼けたと勘違いしているのです。
「魔神のオリハルコンとはよく言ったものです。下手に破壊しようとすると、とても強力な魔法で反撃する……そんな危険な機能が備わっているのですよ。何故なのかはわかりませんがね」
なかなか便利な機能ですね。
番人だった馬と牛がやられても特に気にしてなかったのは、それが理由ですか。
「よくも、リューヤを……」
倒れ伏す、リューヤ。
怒りに満ちた顔をしながら、女鬼神から目をそらし、そちらを見ると、死んだふりしながらこちらを上目で見てるリューヤと目が合いました。
もしかしたら本当に虫の息かもとか思いましたが、あの目は元気なときの目です。
心配いりませんね。
生焼けくらいで済んだのでしょう。
後は、絶好の機会をうかがって、ここぞというタイミングで強烈なのをかましてくださいな。
「さて、これで私を倒す理由がひとつ増えましたね」
「……そうですね。その通りです。仇を討ってやらないと、彼も安心して昇天できませんからね。あなたの頭を叩き潰すことで、彼へのはなむけにするとしましょうか」
「残念ですがそれは無理なこと。あなたにできるのは、彼のあとを追って黄泉の国に旅立つのみですよ」
やっぱり気づいていませんねこの女。
──さて。
当初の計画は、予定変更を余儀なくされました。
あの感じではオリハルコンを破壊するのは一苦労です。殴ったり斬ったりするたびに魔法を浴びせられてはたまったものではありません。
私が最高位の守護魔法を使ってからバシバシ叩きまくれば壊せるでしょうが、その間、誰がこの女鬼神の相手をするのかということになります。
それができそうな人は死んだふりしてますし……。
結論。
オリハルコンは後回し。
「──よいさぁ!」
『防壁』の魔法をかけてある杖──竜叩き──を振り回し、横殴りの一撃を女鬼神へ。
「代わり映えのないことですね!」
その一撃に義手の突きを繰り出す女鬼神。
防壁が光の螺旋と相殺されて消えますが、すぐに杖の先に新たな防壁を発生させます。女鬼神も同様に、義手に光をまとわりつかせます。
そしてまた同じように激突。
相殺。
発生。
激突。相殺。発生。激突。相殺。発生……。
先ほどから何度もやっている攻防です。確かに代わり映えしませんね。
でもこれで良いのです。
慣れさせるのが目的ですから。
そうして、さらに数回の攻防の後、
「懲りない人ですね……!」
少しイラついてきたのか、女鬼神の攻めが荒くなってきました。
ですが、荒くなってきた理由は、それだけではありません。
「これで最後だ……!」
「ぐはっ!!」
威勢のよい火乱さんの声と、誰かの叫び。
次に聞こえてきたのは、ザシュッという切断音と、重いものが床に倒れる鈍い音。
「ふー、やっと終わったね」
一息つくギルハの声。
そう。
あちらの戦いが終わりそう──いえ、今、終わったようですね。
となると、こちらに合流して三対一となります。不利を悟り逃げようにも、後ろにあるオリハルコンを捨てて逃げ出すわけにもいきません。
私がそんなに強くなければ何対一になろうと平気だったでしょうが、私が、鬼神のごとく変貌した自分の肉体とまともに渡り合えることが誤算だったのでしょう。
それなのに、さらに私に仲間が加われば思いがけない不覚を取るかもしれないと、だから焦っているのです。
「ほら、早く私をなんとかしないと、あの二人も加勢しちゃいますよ?」
「ちいっ!」
大したことのない煽りですが、焦ってきていた心には効いたようです。
無理のある体制から、すくいあげるような拳を放ってきました。
こんなもの、難なく対処できます。
上から叩き潰すように竜叩きをふるい、いつものように打ち消し合い──
その、焦りが生み出してしまった、無防備な左足を、
いい位置にある膝を、
すぐさま杖の先に張り直した『防壁』で、思いっきり叩いてやりました。
ボギャアアッ!
「……ッあああぁああぁっ!!」
女鬼神が、面白いくらい簡単に、もんどりうって倒れました。
反対方向に曲がった左膝を手で押さえ、悲鳴をあげています。ざまぁ。
「な、なぜ、なんで急に!?」
「いえ、別に急でもなければ、いきなりでもありませんよ。単に、今までは通常の速度で張り直していただけです。あなたに慣れさせるためにね」
そして、今は杖の中にあるオリハルコンの力を使って、魔法発動の速度を早めました。それがトリックの正体です。
「やろうと思えば、あなたもその義手の光を、似たように早めることもできたでしょうが……ああ、今からぶっつけ本番でやろうとしても無理ですよ。そこまで難しいものではありませんが、見よう見まねでできるほど甘くもないのでね」
「は、はかったのね! 聖女ともあろうものがこんな陳腐な手を!」
「聖女といっても元ですよ。それに、今は暗黒騎士ですから」
「世迷い事をベラベラと…………ん?」
左膝をやられて倒れた先にあった、あるものを、女鬼神が生身のほうの手で、がしりと掴みました。
「フフ、少しは運が向いてきたのでしょうか。こんな拾い物があるとは。まだ息があるのは嬉しい誤算ですね」
手の内にあるそれを見て、女鬼神がにたりと笑います。
起死回生のネタが手に入ったと、そう言わんばかりの笑み。
「……さて、では暗黒騎士さま、私の足が治るまで動かないでもらいましょうか。この子の命が惜しいなら」
女鬼神の、その巨大な左手が掴み、こちらに掲げているもの、それは──
──虫の息(と女鬼神は思い込んでいる)のリューヤでした。




