136・番人退治
探索され尽くして冒険の初心者ですら挑むことのなくなった、アリさんの爪先ほどの利すら残されていない、貧相な遺跡。
そこを拠点としたのは鬼神の信徒。
どこから持ち込んだものか、幻の金属オリハルコンの大きな塊を神宝のように祭り上げ、屈強極まりない異形の番人に守らせる。
挑むのは東の国の剣士火乱。
受けて立つのは二人の番人。馬頭の鬼人と牛頭の鬼人。
さてさて、果たして決戦の行方は。
そんな戦いが始まりました。
双方を見比べただけなら、戦力差がありすぎて結果なんてやる前からバカでもわかると誰しもが言うでしょう。
ですが、それは外見だけで判断し、能力を度外視した素人の目線です。
技量や、錬気による身体能力の強化、スキルなどを加味すると、途端に勝敗を読むことは難しくなります。
どこからどう見ても普通の少女が、ナイフ一本で、槍を持って鎧も着込んでるベテラン兵士を難なく仕留めた──なんて話もありますからね。そこのところをわかってない人はたいてい長生きできません。
でも、わかってない人って結構いるんですよね。
仕方ないといえば仕方ないのですが。
練気というものは誰でも使えてどこでも学べるものじゃありません。いっぱしの戦士でも使えない人はザラにいます。
だから私やリューヤに対して、弱そうだからやっちまうかと、ふざけた態度を取る方が冒険者時代にはいました。すぐいなくなりましたが。私もリューヤも降りかかる火の粉には容赦しませんからね。
しかし、売られた喧嘩を全て買ってきたわけではありません。冒険者というのは舐められたらおしまいな職業ではありますが、強気の態度を取り続け、誰彼構わず険悪な関係になるのもまた命取りとなります。こいつは和を乱すと、排除すべきと見なされるのです。
何事もバランスが大事。
でも、ここら辺のさじ加減って、経験で覚えるしかないんですよね。
と、まあ。
とりとめもなく考えていると。
馬頭のほうが片腕を切り落とされました。やはり、やりますね火乱さん。
どさりと落ちる、右腕。
すると、その腕の断面で燃えていた炎が、すぐに腕全体を包み込み、激しく焼き尽くしていきます。火乱さんのスキルによるものとみていいはずです。スキルの出し惜しみはできない難敵だと判断したのでしょうね。
……十秒も経たず、馬頭の右腕はほとんど焼け焦げ、使い物にならなくなりました。
ですが、馬頭はひるむどころか痛がるそぶりすら見せません。
痛覚がないのか、麻痺しているのか。
だらだらと傷口から流れていた血も、もう止まりかかっており、無事なほうの腕で元気に棍棒を振り回し、相方である牛頭と共に女剣士を叩き潰そうと躍起になっています。
でも当たりません。
最初のほうは大きくかわしていた火乱さんでしたが、やがて間合いや速度を見切ったのか、最小限の動きで回避しています。
あっ。
牛頭の顔に斬りつけましたね。左側。あれではもうそっちの目は駄目でしょう。
こうなると、左側からの攻撃への対応はできなくなります。さらに、急に片目になれば距離感も狂いますから、目測を誤り、より一層棍棒が当たりにくくなるでしょうね。
「わははは! どちらも図体のわりになかなか速いが、俺の動きを捉えるまでには至らんな! 鈍い鈍い!」
炎を噴いている剣を片手に、とても楽しそうです。よかったですね。
「生き生きしてんな」
「今まで溜まりに溜まったものを解放してるのでしょう。何かを斬らないと満足できない性分のようですから」
そこだけ切りぬくと、ほとんど通り魔ですね。
「だな。まだ短い付き合いだが、アレがそんな性分なのはよく理解できたよ」
「あの様子なら手伝いもいりませんね」
「二対一にも関わらず翻弄してるしな。そう時間もかからず終わりそうだ。やらかさない限り」
「最後が余計ですよリューヤ。そういうこと言うと流れが変わるかもしれないからやめなさい」
まあ、変わらなかったのですが。
「うむ。満足できた!」
焼かれ、斬られ、散らばり。
炭になりかけてる牛頭と馬頭のバラバラ死体が散乱しています。
その前で、火乱さんが晴れやかな笑みを浮かべて堂々と立っていました。なんて爽やかな笑みでしょう。やってることは血生臭いのに。
「特に波乱も無かったね」
「そうですね。何も目を引くものがありませんでしたね。つまらないくらい」
「無難に勝つのはいいことだが、ギャラリー的にはちょっとな……味付けが薄いというか……」
「なんだ、なんなんだお前たち、その態度は……。リューヤまで。なんで、そんな冷めているんだ。俺の勝利がなぜ気にいらん!?」
ギルハ、私、リューヤの順に、隠れていた物陰から出てきて素直な感想を述べると、納得がいかないのか火乱さんがわめき始めました。すぐ機嫌が変わりますねこの人。
「いや、あなたが悪いわけではないんですよ。気に入らないとかではなくて、ただ……やっぱりあなたは、悪戦苦闘したほうが映えます。よくわかりました」
あの大きなクラゲ相手に悪態つきながら苦戦していた時の火乱さんは、今思えば、見苦しかったけど、とても輝いていました。
それに比べ、今の戦いの鮮やかだったこと。
鮮やかだからこそ、あっさりしすぎて物足りないのです。
「いやいいよ。よくやったよ。剣士のお手本みたいな戦いぶりだった。見どころはなかったが、勝てばいいのさ勝てば」
「なんか納得できんぞ……」
「まーまー、大人がそんなことくらいですねたら駄目だよ」
ぶつくさ呟く火乱さんでしたが、そんな彼女をフォローしたのはギルハでした。
「斬りたいって欲求も満たされたし、勝てたんだし、それでいいじゃん。火乱さんだってそれを望んでたんでしょ? なにが不満なの」
「そ、それはそうだが、お前らの反応が……」
「そんなの気にしない気にしない。ヒノモトの立派な剣士がそんな細かいこと言うもんじゃないって。他人の評価なんてそっちのけで、我が道を往く。それでいいじゃないの」
「ふむ、そうか…………ああ、そうだな。そうだったな。それで良かったのだ」
簡単にギルハに丸め込まれる火乱さん。
彼女がちょろいというより、これは、ギルハの話術がうまいのでしょう。
普段からクセのある仲間と共にいるせいか、くだを巻く者への対応がだんだんこなれてきていますね。なだめ方が上手です。あんまりごちゃごちゃほざくなら黙って針刺してたかもしれませんが。
「……さて。後は、こいつをどうするかだな」
不毛な会話からイチ抜けしていたリューヤが、祭壇のオリハルコンをじっと見ながら、そう言いました。
「フフ、自分で言っといてなんだが、どうするも何も、ここから持ち去るしかないんだが」
「だったら悩むまでもないでしょう。リューヤ、あなたが『隠匿』したらよろしいのではありません?」
「そうしたいが、ちと大きい。割るか」
「ん? それも斬るのか? どれ、まだ斬りたりないと思っていたからな。まかせておけ」
リューヤの話を聞いた火乱さんが、舌なめずりでもしそうなくらい、またやる気を出しています。
本当に斬るのが好きなんですねこの人。
生き物でも金属でも、斬り甲斐があるなら、なんでも構わないようです。オリハルコンをその剣で斬れるか怪しいものがありますが。斬れないならまだいいですが、折れたりしたら寝込むんじゃないでしょうか。
「あんたがやりたいってんなら、それでも別にいいんだが……」
「なんだ?」
「その前に、どうしてもやるべきことがある」
何かに感づいたのでしょうか。
リューヤが、暗がりの、ある一方を指差しました。
「──あいつとの決着を、な」
そこにいたのは。
あの、
ダスティア嬢をそそのかし、使い捨てた、
鬼人の教団長。
赤いケープの喪服女性でした。




