135・祭壇の番人
敵を倒すと敵の数が減る。
味方を倒されると味方の数が減る。
倒せないと減らない。
倒されなければ減らない。
これが、戦闘における不変のルールです。
このルールがくつがえることは決してありません。
喧嘩だろうと、殺し合いだろうと、試合だろうと、戦争だろうと、それは変わりはしません。
ところがギルハは、ギルハの持つ天賦の才能は、それを軽くひっくり返すのです。
『傀儡』のスキルが。
「順調に頭数が増えてますね。喜ばしいことです」
「まだまだいけるよ。針はたくさんあるからね~」
ギルハの針により、数を増していく新顔の仲間──いや、使い捨ての手駒と呼ぶべきでしょうか。
敵を倒すと、敵が減り、味方が増える。
敵からすると理不尽すぎる現象が、簡単すぎて飽きがきそうな軽作業のごとく淡々とギルハの手により起きています。本人はわりと楽しそうですが。
明かりの届かない暗がり。
そんな見づらい場所から狙いすまされた投げ針。
刺さった直後は慌てたり驚いたりするものの、すぐにぼんやりとした表情になる、人相の悪い方々。
(操られてるのでそれも仕方ないのですが)意識がはっきりしてない状態なので、あまり難しい作業はできません。
でもそれで充分。
この方々の主な目的は、三つあります。
ひとつは、道案内。
次に、私達のための肉壁になること。
最後は、雑魚対策。
こんなとぼけた状態でも、どこに何があって誰がいるか教えてくれたり、戦闘やるくらいはこなせるよ。まあ、流暢に会話したりは難しいし、腕力や足の速さはそう変わらないけど技量面はどうしても落ちるかな──とはギルハの談。
なので、基本はこの遺跡のガイド役で、戦闘になれば敵の攻撃をさえぎる盾となってもらい、あちらが質ではなく数で押してきたら剣として活躍してもらいましょう。雑魚の相手は面倒ですから。
それと、例のお水ですが、没収しています。
「クリス、あれを飲んでパワーアップしたこいつらを敵の首魁にぶつけたらどうだ?」
「悪くはないですね」
リューヤの提案はとにかく合理に基づくものが多いです。雑な私とはそこが違いますね。
だから頼りになるのです。
酒が絡むとめんどくさいのが困りものですが人間誰しも欠点があって当たり前。そう納得するしかねえ。
「でも、そのやり方はやめておきましょう。一時的な薬の効果とはいえ、鬼人化した人間には、針の効果が薄れるかもしれませんから」
彼の恐るべき針の対象となるのはヒトだけらしいので。
その『ヒト』というのが、どこまでを指すのかは、私もよくわかりませんが。たぶんギルハ自身もよくわからないのではないかと思います。
エルフやドワーフは該当しそうですが虫人や獣人には効くかどうか微妙……なんてのは、おとしめる意図は無いにしても、差別的な考えになりますね。
私はそういう偏見は好きではありません。悪党や下劣な人間はこき下ろしますが。
「強化したら全員また敵に戻りましたってのはねぇ……」
「あー……それは、ありそうだな」
なら危ない橋を渡ることもないかと、リューヤはあっさりその提案を取り下げました。
それが賢明です。
無茶を通せる強さがありながら、退くべきところは退く慎重さも兼ね備えている。このバランスのよさがリューヤの最も秀でた点なのかもしれませんね。だから酒に溺れて人生傾けたりもしてないのでしょう。
「…………」
楽しそうなギルハと正反対に、ムスッとしてるのは火乱さんです。
「なんかふて腐れてません?」
「やっぱそうかな?」
「駄々をこねる手前って感じですね」
「いい大人がか?」
「二十歳前半なんて、世の中では大人扱いではありますが、実際はまだ、子供の範囲だと思いますけどね。私だって頭の中身は変わらずですもの。……で、不機嫌の原因は?」
「わかるだろ。いつまで経っても刀が振るえないから、ご機嫌ナナメなんだよ」
ぼそぼそと、リューヤが小声で教えてくれました。
そうでしたね。そんな気はしました。
彼女はそのために我々についてきてくれたんですもの。
でも火乱さんの出番は今のところ皆無なので、すいませんが、そのまま気を悪くしていてもらうしかないですね。じっと耐えるのもまた人生です。斬ってほしいものや斬ってもいいものがいたら教えますから。
「早いこと斬りがいのあるものを見つけてやらないといかん」
リューヤの言葉は、人間に対してというよりは、手のかかる飼い犬について語ってるようです。
まるで鎖に繋がれた狂犬に噛みごたえのあるオモチャを与えるような。
「斬りがいって、都合よくそんなものがあるとでも?」
「いないこともないだろ。今みたいな事態になったときのため、用心棒みたいなのが一人や二人はいるのが普通だ。こんなのばかりじゃあるまい」
こんなの、というのは、言うまでもなく、ギルハの操り人形にされた方々です。その総数は七名ほど。
そんなに多くありませんね。
要所要所にいる見張りを獲物にしているだけですから、一気にドカッと手駒を増やすのは無理があります。
個々の実力は……まあ、多少の差はあれど、駆け出しの冒険者よりは強いかな、という具合でしょうかね。顔のいかつさだったらなかなかなのですが、戦いって顔でやるものじゃないですから。
さらに二人ほど駒を増やしながら、奥へと、焦らず騒がず、進んでいくと、
「あら、あれは……」
二つ下の階に、いかにも大物がいそうな広間がありました。
いくつものかがり火が燃やされ、広間の全体を明るくしています。
その中央、祭壇の前にドンと置かれてある、赤銅色をしたある金属に見覚えがあります。
間違いありません。
「──オリハルコン」
そう、私が一度、大失敗やっちまったあれです。
「うん、どっからどう見てもオリハルコンだな。まさか、またお目にかかるとは。一生見る機会がなく終わるのが普通なんだがな」
「だね。僕らってまさか、金属と縁があるのかな?」
「オリハルコン? なんだそれは…………ん、もしや、あれのことか? なあ、斬っていいのか?」
急に機嫌良くなりましたね。声も上ずってます。
オリハルコンを斬るなんて、やれるもんならやってみて下さいよ。伝説の金属にその刀と技で太刀打ちできるかどうか私も興味ありますから。
ちなみに私は壊せますよ、くふふ。
「ふふ、しかしだ。先に片付けねばならぬ者達がいるな。どちらも楽しめそうだ」
「火乱さんの言う通りですね」
祭り上げられているオリハルコンの前にある祭壇、その左右に、一対の鬼人が立っています。
右のほうは、頭が馬。
左のほうは、頭が牛。
二名とも、鬼人化したロスさんと同じくらいの背丈と筋肉のボリュームではないでしょうか。
服の仕立て屋じゃないんでサイズに関しての断定はできませんが、記憶にある鬼スと比べると、だいたい似てる気がします。
武器は、見たこともない棍棒です。
丸いボコボコがいっぱいついていて、殴るための部分も、持ち手の部分も、全部鉄でできています。誰が作ったのかしら。もしかして手作り?
ここにいるってことは鬼人化した信徒なんでしょうが、邪鬼みたいな大きいヒト型の魔物ということも考えられます。見た限りだと強そうな獣人なのですが……。
「あれが番人か」
「他に誰もいませんし、そうでしょうね」
こんなの二体もいたらそれだけでお釣りがきますよ。
「見張りどもを蹴散らしてやっとたどり着いても、最後にこれがいる。なかなか絶望的な展開ではありますね」
「確かにな。お前のような凶悪な破壊者に叩き殺されるとは、まったくもってかわいそうな家畜どもだ」
イラッ
「誰が破壊者ですが誰が。護国の聖女だったの忘れたんですか? ん? んんっ?」
「そういえばそうだったな」
「そうなの? ホントに忘れてたんでちゅか? だとしたら、リューヤたんのオツムはとっても残念でちゅね~」
「ハハハこのアマ」
「くふふっ」
「ちょっとちょっと二人とも」
笑いながらにらみ合い、険悪になりつつある私達にギルハが挟まってきました。
「なんです? 私は年長者のお姉さんとしてこいつに歳上をうやまう教育を……」
「あの馬鹿行っちゃったよ」
「「えっ」」
険悪な空気が嘘のように私とリューヤの声がきれいに重なりました。
本当にいません。
オリハルコンのあるほうを向くと、そこにはなんと、抜き身の剣を携えた馬鹿が堂々と歩いていく姿がありました。
目を離した隙になんてことを。
「……やあやあ、よく聞くがよい! 我こそはヒノモトの剣士、人呼んで『灼刀』の火乱──」
歩きながら名乗りをあげる火乱さん。
そんな名乗り知るかとばかりに、鬼人かどうかよくわからない二体は棍棒振り上げて火乱さんに襲いかかっていきました。そうなるのはわかりきってました。
危うし火乱さん。
我慢できずに抜け駆けしたその代価は無惨な死なのか。
そして、鬼神を崇めるスワ教団のリーダーらしき赤ケープの喪服女は、果たしてここにいるのでしょうか……次回に続く!




