132・火遊びのち発情
「やってくれましたね」
ルミティスが他人の迷惑お構いなしにスキルを使い続けたおかげで、ネオリアの街中では喧嘩祭りが勃発しました。
その場に居続けて飛び火したら迷惑極まりないので即座に撤収。火元が真っ先に逃げるのも酷い話だとは思いますが、どこの誰とも知らない人々より我が身と我が知り合いの身のほうが大事。
殴る蹴るの祭りが始まる音を背にしながら、振り返ることなく、火遊び悪魔を抱えて逃げ出したのです。
そうして走り続けていると噴水のある静かな広場にぶつかったので、ここでひと息つくことにしました。
「せっかく目立たないよう大人しくしてたのに……困ったことをしでかしたものです」
「本気で言ってんだから怖い」
「どういうことですかリューヤ。私が間違ってるとでも?」
「目立たないようにしていた……って件に関してはな」
「いやそんなわけないでしょ。なに言ってるんですか。静かに街中に溶け込んでたでしょう?」
「溶け込んでないよ。なんなら浮いてたよ。どうやったらその攻めた格好で溶け込めると思ったんだよ。是非教えてほしいわ」
「だって、街中は活気に溢れてたし冒険者もそこらじゅう歩いてたし、ならこのくらい許容範囲じゃないですか」
「それは受け入れられたんじゃない。人がこれだけ多けりゃ中にはこんなのもいるさ、くらいに渋々見過ごされてるだけだ」
「ンなことないもん」
「その歳とその格好でもんとか言うな」
うんざりしたようにリューヤが言いました。
私まだ二十一なんだからいいじゃないですか。失礼な子ですねもう。
私が目立つ目立たないの話はそれくらいにして、今やることはルミティスへのお説教です。
「──なので、後先考えず人混みで使ったら駄目ですよ。わかりましたね?」
「しゅみましぇん……」
犯人であるルミティスはというと……私に怒られてガックリ落ち込むかと思ったら、何故か──本当にどういう理由なのか聞きたいくらいなのですが──とろけていました。
反省の色が見えません。
見えるのはほろ酔いみたいな色だけです。
「今後は、乱用しましぇんわ、お姉さま……」
私にギュッと抱きかかえられながらここまで来た時には、もうこんな状態でした。一杯ひっかける暇などなかったはずです。
何が原因なのでしょうか。
「……その言葉を信じましょう」
あまりクドクド言うのも性分じゃありませんし、これくらいでやめましょう。本人も誓ってくれましたし。
……その誓いも、私の体にまとわりつきながらではありますが……。
胸とかお尻とか普通に触ってくるし……なんなのこの子。
「……そんなことがあったのですか」
それから少しして。
偶然この広場に来て我々を見つけたオレンティナが、事のあらましを聞かされて驚いていました。
普段がクールなので、驚いたといっても、ちょっと顔に出ただけですがね。
「怪我人くらいならどうでもいいんですが、死人が出てたら嫌ですよね。帰るとき、なんか後味悪いじゃないですか」
「後味……だけなんですね」
「そうですよ? 発端はこの子だとしても、そこまでエスカレートさせたのは本人達ですからね。だいたい人がぶつかってきたくらいでキレるのがどうかしてます」
そのくらいで生き死にかかった事態にまで発展させるのはただの馬鹿ですよ。
私は可哀想な人には同情しないこともないですが、愚かな人には同情しません。
ただの馬鹿ならいいですがプライドの高い馬鹿は恩情を逆恨みしますから。「俺に救いの手を差しのべることで、俺に頭を下げさせやがって……」とね。
狂った理屈ですがそれが彼らの中では正しい理屈なのです。
「一理あることはありますが……それより」
オレンティナが私を──ではなく、私にしがみついて離れないルミティスを指差しました。
「どうしたんですか、それ」
「わかりません。ずっとこうです」
「引き剥がします?」
「どうしましょうね。懐かれてるのに無理やり剥がすのも気乗りしませんし……」
子犬みたいですよね。
「騒ぎの発端となったことについては、反省してるんですよね?」
オレンティナは胡散臭そうな目をルミティスに向けています。
まあ反省してるように見えませんよね。
「スキルの乱用はしないと誓ってくれましたよ。誓ってる間もこんな調子でしたが……」
「何か飲ませたとか?」
「いや何も」
「だとしたら重症ですねこれは」
同感ではあります。
しかし薬などありません。だいたい何の病かもわからないのです。人恋しくなる病?
病を癒す神聖魔法もかけてみたのですが効果無し。
では病ではないですね。わからん。
打つ手無く、そのまま変わらずくっつかれ続けて流石に暑苦しくなってきたので、我慢やめるかどうか迷っていると、とうとうルミティスは離れてくれました。
「やっと独立してくれましたか」
念願の師匠離れです。
「……名残惜しいですが、仕方ありません。今日は、これくらいで満足しておきます。必要な分は摂取しましたから……」
うっとりした顔で不安になることを言ってますね。これから暑くなる一方なのに。
あと摂取って何を摂取したんでしょうか。
「スキンシップが行き過ぎてないかな」
「師弟愛ですわ」
それから数度のやり取りがありましたが、全て『師弟愛』で返され、オレンティナはついに嫌気が差して黙ってしまいました。
「いったん宿のほうに戻るか」
「そうですねリューヤ。特に行きたい場所もありませんし、懐かしさに浸るのも飽きました。戻って旅商さん達を待ちましょう」
ポーションの評判が良ければ、次からはエターニア側のほうから喜んで買い付けに来るでしょう。
そうなればこちらがいちいち運送しなくてもいいですし、私が正体を隠して旅商さん達を守護しなくても済みます。
そうして宿に戻り、やること無くて留守番していたギルハと再会すると、その一時間ほど後に、ボロボロ……とまではいきませんが、明らかに何かあった火乱さんが戻ってきました。
「どうしたのです?」
「どうもこうもない。街中を気の向くままにぶらついていたら、そこの金髪娘をたまたま見かけてな」
一声かけようとしたら周りの人間がガシガシぶつかってきたらしく、
「文句を言ったら売り言葉に買い言葉で、あれよあれよという間に、まあ、そこから……」
火乱さんは腕を動かし、何かを殴りつけるような素振りを見せました。
「無傷で済ませたかったが、刀ならともかく拳ではそれも難しくてな。俺ともあろう者が泥臭いことになった」
ピンピンしてますから勝ちはしたのでしょうが、顔に青アザができています。
それと口の中でも切ったのか、唇の辺りに血をぬぐった形跡もありました。
まさかこの人に飛び火していたとは。
「……ルミティス。癒してあげなさい」
「わかりましたわ。火乱さん、じっとなさって……」
「おお、済まないな」
とばっちり受けた側が受けさせた側に感謝する、そんな奇妙な光景を私達は生暖かく見つめていました──




