131・元凶はルミティス
「バタバタしてるな」
「バタバタしてますね」
ネオリアの街。
道行く人々は誰しも忙しそうに動いています。
人の波を避けて道の端っこに立ち止まり、建物の外壁に背中を預けてのんびりしてるのは、私とリューヤくらいしかいません。
他のメンツはそれぞれ自由行動。
リューヤですが、自分も顔バレしたらまずいとのことで、黒のフードを深くかぶっています。私は角兜あるから平気。
見事に正体を隠している私達は、二人だけで、かつて冒険者時代に来た街がどう変わったのかを眺めていました。
人と人が押し合いへし合いすれ違ったり、無理やり前を通り過ぎたり、正面からぶつかり合って揉めたり。
混雑はなはだしいです。
「クロウデーモンがまた何匹か出たらしいぞ。今度は南西の森だとか」
「ちっ、西の防壁はまだ修理が終わってないってのによ。飛んでこられたらまずいぞ。急がにゃならんな……!」
「鎧河馬の群れですって!?」
「心配いらん。あの固ってぇカバどもはもう討伐されたらしい。一匹残らずな。……いや、やったのは『銀槍』じゃねえ。『双剣』だそうだ」
「やるねぇ。まだ若いのに大したもんだ」
「お前とはえらい違いだな」
「んだとぉ!?」
「ヘッ、次から次へとよぉ、気の休まる時がねえなあオイ」
「まったくだ、ガハハハ!」
「一難去ってまた一難だぜ、ははは!」
「笑ってる場合じゃないわよあんたら!」
「おーこわ」
笑い声。怒鳴り声。話し合う声。叱りつける声。呆れた声。
あちこちから雑多な声が絶えず飛んできます。
……なんでしょう。昔よりうるさい気がします。
「こんなに賑やかだったかしら」
「記憶の中のネオリアとは、ちょっとステージが一段違うな」
街はなんだかヤケクソ気味の活気よさに溢れています。
以前に訪れたときは、ここまで騒々しくなかったんですけどね。
「……わかっちゃいたが、だいぶ危なっかしい時に来てしまったな。この空気。鉄火場の空気だ」
「危なっかしくない時なんて、もうここには無いんじゃないですか? いや、この国にはと言うべきでしょうかね」
「しかし、切羽詰まってる……とまではいかないようだけどな」
「そうですね。道行く人々の顔に、追い詰められてる暗さがないように見えます」
荒々しいのは確かですが、殺伐さがなく、前向きな雰囲気的が感じられます。笑顔が多いですからね。
今の時点では皆の頑張りが魔物の被害をまだ上回っているのでしょう。
それもいつまで続くやら。
「こちらがまだ優勢な時期でよかったぜ」
「幸運でしたね。かなり不利な状況だったら、私達もほとんど強制的に魔物討伐を手伝わされてたかもしれません」
それで正体バレたりしようものならもう最悪ですからね。
いやー、この街が落ち目じゃなくてホントに良かった。
「人もそうですが、物も結構あるようですし、資源がちゃんと流れてきてるみたいですね」
「権力争いしてる連中も、流石にここを落とされるのは避けたいんだろうさ。この地に魔物が寄って来てるから、よそはまだ傷が浅いわけだからな」
「街そのものが囮ですか」
「はっきり言えばその通りだ」
できるだけ早く王子達の潰し合いが終わればいいですね。そうしたら兵をこちらに回す余裕も生まれるというものです。
「──赤毛の聖女さまに愛想を尽かされたのが、終わりの始まりか」
天を仰ぎながら、リューヤが、「ふぅ」と息を吹きました。
「次からは、はした金で神殿に押し込めておかず、ちゃんと自由を与えて、周りが褒め称えてあげることですね。くふふふっ」
「次が見つかるより、国が倒れるほうが先じゃないか?」
「そうなっても私の知ったことではありませんね。もう引退した身ですから」
もう暗黒騎士始めてるんで。聖女は店じまいしたので。勇退勇退。
後のことは弟子達に任せましょう。
いや別に、この国を私の代わりに守れとは言いませんがね。それは聖女の待遇改善がなされてからでもいいと思います。
……でも、私が聖女の任を請け負ったときも、当初聞いていた話ではそう悪くない条件だったんですよね。
それが実際やってみたら、事前の説明より賃金少なかったし、カゴの鳥みたいな生活だし、次第に私への不平不満が世間につのってきてたし……。
うん。
信用できないわこの国の奴ら。
弟子達にも「やめとけやめとけ! あの国は(聖女の)扱いが悪いんだ」って釘刺しとこ。
そうそう。
聖女の役目で思い出しましたが、オレンティナとルミティスは祖国ウィルパトを守護したいんですよね。
あちらの待遇ってどんなものになるんでしょう。
そもそも……待遇以前に、エターニアの真似とかできるんでしょうか。
国ひとつ丸々カバーする守護結界なんて、見よう見まねでどうにかなるような簡単なものじゃないですよね。私はただ神殿の奥で毎日祈ってただけなので、その辺わかりませんけど。
各地に設置している聖なる柱とかも、どうやって作るのかなんてさっぱりです。
どんな石が材料なのかも知りません。
しかもあれですよね。地脈とか調べて場所決めて、そこに楔として柱を打ち込むにも、儀式とかもやらないといけないですよねきっと。適当にやったら絶対駄目でしょ。
ちゃんと詳しい人いるのかしらね、ウィルパトに。
「どうした? 現役復帰しようか思案してるのか?」
「悪い冗談やめてください。笑えませんよ」
それでまた、どこぞの頭悪い令嬢の色香に惑わされた王族に引きずり下ろされたら、たまったものじゃないですよ。
「追放されるのなんて人生で一回こっきりで十分です」
「一回でも多いだろ」
それはそう。
「あら、こんなところにいたのですか先生」
横からかけられた声。
そちらを向くとプリシラがいました。さらにその後ろにはミラさんがいます。
別に見なくても、声や私に対する呼び方で誰かはわかっていましたが、そのまま会話するのも冷たい態度な感じがするので一応顔を向けておきます。
「ずっと人混みを見てたようですけど、人探しでもなさってたの?」
「いや、変化を確認してただけですよ」
そう、今はまだそのくらいのものです。
これがもっと深刻なものになり、悪化と呼べる事態になる前に帰らないといけませんね。
「……?」
「気にしなくて結構ですよ。こっちの話です」
「そう。こっちの話さ」
はぐらかされたプリシラは、よくわからないですとでも言いたげに、下唇を人差し指で押していました。
プリシラは可愛いですね。
「うわっ! おい、待てお前!」
「どいてくれって言いながらぶつかるやつがいるか普通!?」
「ちょっとどこ触ってんの!?」
普段大人びている弟子の不意な愛らしさに目を細めていると、突然、喧嘩腰の声がいくつも聞こえてきました。
どうしたのでしょうか。
「あぁ、やっと見つけましたわ!」
次に聞こえてきたのは、またしても弟子の声。
ルミティスの声です。
彼女は私を見るや、嬉しそうにこちらに小走りで近寄ってきました。
誰にも邪魔されることなく、むしろ、道を開いてもらいながらスイスイと。
それはつまり、人混みに紛れることをよしとせず、よりにもよって、スキル『軽挙迷妄』を使いながらここまで来たことに他なりません。
自分が進みやすくするために、周りの人を自分から避けさせ、他の方向にずらし、辺りを濁流にしながらここまで来たのでしょう。
「あ、あなたね……」
「探しましたのよ!」
注意の言葉よりも先に、私の豊かな胸に彼女は飛び込んできました。
「ぶつかっといて何だその態度は!」
「痛ってえなぁ……なに頭ぶつけてきてんだコラァ!」
「ほとんど体当たりじゃねえか馬鹿野郎!」
「やんのかぁ!」
「なにさ!」
もはや路上のあちこちで殴り合いが始まるのが秒読みの段階です。
とにかく、この場を離れなければ。
お説教はそのあとからでも構いません。
巻き込まれてもし警備兵に捕まったりなんかしたら大変です。こっちは素性を知られたくない身の上なんですから。
私はルミティスを抱えると、リューヤ達を引き連れ、この場から逃げ出すことにしました。
とうとう始まった乱闘騒ぎの怒声や罵声を背中で聞きながら。




