128・まるで反省していない……
でかいドロドロを焼いて退治した、次の日。
ポーション運びの旅商さん達と護衛である我々の中で、ある共通認識が芽生えようとしていました。
『この女、別にいらねえんじゃねえかな……』
ざっくり言うとこんな感じ。
これが誰のことを指しているかはおわかりですね?
そう、火乱さんのことです。
とっとと失せろと言いたくなるほど無能ではなく、しかし、いるとホント助かるというほど有能でもなく。
いの一番に勇猛に攻めるのはいいですが戦術は特になし。そして泥仕合。
どう扱ったら正解なんですかねこの人。
「役に立つと役に立たないを行ったり来たりしてるから始末が悪い」
「あなたに懐いてるみたいですし、どうにかして飼い慣らして下さいよリューヤ」
「俺が?」
「他にリューヤって人物います?」
「探せば荷馬車の奥に一人くらいいるかも」
「虫じゃないんだから」
「ンなこと言われてもな……女の口説き方なんか全然わからんぞ」
「何事も経験ですよ」
「単に俺に丸投げしてるだけだろテメー」
盗賊少年はあまり協力的ではないようです。反抗期かしら。
「まあ、害はないのですから、このままほっときますか」
「空回りはするが実力はあることはあるし、戦力には数えられるしな」
成果も一応出してますからね。
無意味というか、ありがたみのない成果ですが。
あのジャイアントスライムだって別に倒さなくても進行に支障なかったですからね。なぜか火乱さんは突撃しましたけど。
あの鳥頭ぶりが少しはマシになれば使い勝手良くなりそうなんですがね……知能強化の魔法とかあったかしら……。
「飲むと賢くなるポーションって聞いたことあります?」
「どんなポーションだよそれ。仮にあったとしても怖すぎるだろ。絶対脳みそにヤバい影響与えるやつじゃねーか」
「別に私達が飲むわけじゃないからいいでしょ」
「人の心とかないんか」
「暗黒騎士は冷酷なんですよ? ……さて、旅商の方々の準備も整ったみたいですし、私達も行きますか」
椅子代わりにしていた小岩から腰を上げ、空を見上げると、はるか頭上にあるのは相変わらずの曇り空。
見慣れたエターニアの空です。
「そうしよう。すぐに解決する話でもないしな」
リューヤも草むらからおもむろに立ち上がりました。
お尻や足についた細かな葉っぱを、バシバシと平手で払い落としています。
「あの姐さんは制御の利かない鉄砲玉と割り切ろう」
「鉄砲?」
また聞き慣れない言葉が出ましたね。
東方の国、ヒノモトで使われてる単語でしょうか。リューヤはそこの出身みたいですから。
「あー…………まああれだ、ガキの扱うスリングみたいなもんだ」
「スリングってあれですよね。先っぽが二股に別れた棒に革紐つけて……こう、グッと紐を引っ張って、戻っていく勢いで石とか飛ばす……」
「そうそれ」
「つまり、子供が使うそれと同じくらい、見境なく飛んでくってことね。なるほど、いい喩えだわ。ふっ、ふふっ、くふふふっ」
「フッ、どうした? 朝からやけにご機嫌なようだが」
うわ本人来た。
「あなたも機嫌が良いようで」
寝て起きたら、プリシラに強烈な無自覚の一撃を食らったショックから立ち直ったようです。
わかりますよその気持ち。
ぐっすり眠ると、一日の間に溜まった嫌な感情が薄れていきますよね。
「俺はいつでも上機嫌だぞ」
「「えっ」」
そんなわけがない発言に私はリューヤと同時に驚きました。
もしかして、嫌な感情どころか、昨日のあの件そのものをまるっと記憶から消したのですか? 昨日の今日ですよ? 一年前とか二年前とかの出来事じゃないんですよ?
「本気で言ってます?」
「本気だとも。空は曇ることがあれど、俺の心中は常に快晴そのものよ」
「おいおい重症なんじゃねえの」
リューヤが呆然としています。
私もです。
この人マジの鳥頭じゃないですか。ニワトリ程度のオツムですよ。
「……というのは冗談だ」
ため息をひとつつき、
「一見晴れやかな青空にもあちこちに雲があるように、昨日のプリシラ嬢の言葉は、いまだ俺の心にモヤを残している。脇腹を刺されたかのごとく手厳しい追究だった」
凄い剣を持ってても大したことないんですねと、遠回しに言われたようなものですからね。
あの子にはもっと柔らかい物言いを教育したほうがいいかもしれません。今のままだと無自覚に敵を増やすようになりそうなのでね。
でも言葉遣いを教えようにも、私もそんな礼儀正しくない身の上なんですよね。
わりと好戦的な人生でしたから。
オレンティナやルミティスに任せようかしら……。
「……あら、そろそろお昼の休憩ですか?」
「もう少し進んでからにしようかと。万一、こちらにとばっちりが来ても困りますからな」
「あの感じなら大丈夫そうですが……わざわざ危ない橋を渡ることもありませんね。ならお先に進んで下さいな。私とリューヤとあの方は後から追いつきます」
「ではお言葉に甘えますよ」
馬車の窓から手を振り、旅商のリーダーおじさんが、他の荷馬車や私の弟子達やギルハと共に、その場を離れて行きます。
あとに残った私とリューヤは、街道から少し離れた場所での一戦を見物していました。
草のほとんど生えてない、作物を育てるのに全く向いてなさそうな平地。
「だああああ! またしてもぉお!」
そこにはバカでかいクラゲの魔物相手に四苦八苦する元気な火乱さんの姿が!
「おかしいな、つい先日見たぞこれ」
「あなたもですか。私もです」
再放送かな? と、よくわからないことをリューヤは呟きました。
「昨日で懲りてなかったのね」
「やっぱ鳥頭だな」
「おのれクラゲごときがぁっ! 大人しく我が愛刀のサビになれってんだあああああ!」
ぼよん
ぼよん
ぼよよよよん
斬りつけても、斬りつけても、弾く身体。
火乱さんの、なんたらかんたら丸ホニャララみたいな名がついてる細身の剣が、何のダメージも与えていません。
弾力凄いですねあの魔物。
「あんなのエターニアにいたか?」
「私は知りませんね。そもそも初めて見ます」
後で知ったのですがこの魔物はキングジェリーというクラゲの魔物らしいです。やっぱりクラゲなんですね。
水中でも陸上でも活動するうえに、なんでも触手で掴んで取り込むという結構危険な魔物なのだとか。
エターニアは湿気ってますからね。
たまたまこの一体が、水場や獲物を求めてここまで旅してきたのでしょう。
「いつ耐えかねてスキル使うか賭けようぜ」
「いいですね。乗りましょう」
楽しく賭け試合を観戦する私達の前で、堪忍袋の緒が切れるどころか破裂した火乱さんは、ギャンギャン吠えながら剣を振り回していました。
なお、賭けは私の勝ちでした。




