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ごめんなさいね、もう聖女やってられないんですよ   作者: まんぼうしおから
第三章・祖国没落

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124/141

124・斬るところまではよかったんですがその先がよくなかった女剣士について

「私が粉々にしますから二人は補助お願いしますね。よろしく」


「あいよ」


「待て待て待て」


 手下ゴブリンどもの借りを返すとばかりにやってきた親分トロール。

 どこからどう見ても話し合いの通じる相手ではなく、こちらもまた、話し合いをする気はありません。互いに互いをぶっ潰すことしか頭にないのです。

 暴力。

 力による解決。

 徹底的に行使することで、後顧の憂いなく何もかも終わらせられるシンプルな手段。

 そんなお手軽で乱暴な交渉をこれからやろうというときに、火乱さんが引き止めてきました。


「なんですかこの期に及んで。臆したとか言いませんよね?」


「逆だ逆! むしろ率先してやりたいのだ! それなのにお手伝い役とはあんまりではないか!」


「うぜえ……」


「あああああ言ったな小僧! 一番言われたくないことを!」


 反応から察するに、これまでさんざん周りから言われてきたのでしょう。

 いくら何でもそんな情けないことは無いとは思いますけど、それに耐えかねて故郷を飛び出したんだとしたら……笑っちゃいますね。

 ですが今はそれどころではありません。もしそうだとしたら後で笑いましょう。


 愛用の杖に『円盾』を重ねがけ。

 何枚もの守護の盾が、杖の先にいるバーゲストの頭に宿りました。

 おなじみ定番の『ハエ叩き』です。

 これで割れる程度の固さなら二人に任せてもいいのですが……どうでしょう。

 過去に戦ったやつはこれでベシベシやったら撃破できたんですが、それが今回のやつにも当てはまるとは限らないのでね。

 個体差がありますから、魔物って。

 それこそコロッセイアの廃坑に巣くう鉄の蟻と黄金の蟻くらい違ったりすることもあります。突然変異というやつです。


 ──なんて余計なことばかり考えていたらトロールも様子見をやめてついに動き出しました。あらら。


「ほらー、ウダウダしてるからー!」


 もたついていた我々三人にギルハの檄が飛んできました。

 これは言われても仕方なしです。


「叱られちまったな」


「ですね。んじゃもう行きますから。頼みますよ援護」


「おっけい」


「あっだから待てと──」


 待ちません。

 とりとめのない思考を攻撃に切り替え、トロールに突撃します。いくぞー!



「ガゴゴゴォ!」


 土砂崩れみたいな叫びをあげて、トロールが私めがけて拳をぶつけてきました。

 大きくて、固くて、重そうな拳。

 人間を一撃で潰せる拳です。


「速いっ!?」


 火乱さんの驚く声が後方から届きました。

 この巨体でありながらこのパンチの速さ。何年も前に体験済みとはいえ、やはり驚きです。

 私が先鋒で正解でした。火乱さんに真っ先に行かせてたら、予想外の速さに反応できず彼女は地面の赤いシミにされてたかもしれません。細身の剣一本で受けるのは無理でしょうから。

 武者修業の旅をしてるのですから、彼女も(こころざし)半ばで倒れる覚悟を持ち合わせてるとは思いますが、死ななくてもいい状況で死ぬのも無意味すぎますし、それを止めないのもなんか後味悪いです。

 間抜けな死に方やるなら我々と別れた後にひっそりやってください。


「えいやぁ!」


 迫りくる岩の拳。

 迎え撃つは円盾五段重ねです。

 突くのではなく、横薙ぎに打つ!



ガギャアアアァンッ!



「グガアアアアッ!」


「くっ!」


 杖と拳が激突し、どちらも衝撃で後ろに弾かれました。


 私の被害は円盾一枚。

 以前戦った個体のときは数度叩いて一枚破損くらいで済みました。つまり、このトロールのほうが丈夫か、あるいはパンチ力が上ということです。


 一方あちらはどうなったかというと、大きな拳は砕け、緑色の血が飛び散り、指がへし曲がっていました。

 これは以前の個体もそうでした。

 どうやら、多少強めで固めであろうと、私の一打には耐えられないようです。

 しかしトロールの真の厄介さはここからです。


 めきゃめきゃと、

 ぐぢゅぐぢゅと、

 嫌がらせみたいな不気味な音をたて、その傷ついた拳が、折れた指が、みるみるうちに治っていきます。

 『再生』。

 トロールの持つ恐るべき特性です。

 これがあるから退治するのしんどいんですよね。せっかく痛手を与えてもすぐ元通りになりますから、チマチマとダメージ蓄積とかできないのです。

 それでも無限に治り続けるわけでもないみたいで、どうも活力とかを消費してるらしく、持久戦で栄養失調まで持ち込んで勝ったケースもあるとかないとか。なんたる気の長い戦いでしょうね。私には不向きです。


「な、なんと……!」


 無傷に戻っていく拳を見て、火乱さんが息を呑みました。

 まあトロールのこと知らないとそんなリアクションになりますよね。私やリューヤもそうでした。懐かしい。

 これを見て少しは慎重になってくれたらいいのですが……。


「斬っても斬っても治る……これは斬り甲斐があるな!」


 なんか気持ち悪い興奮しながら喜び勇んでトロールに斬りかかっていきました。

 逆効果でした。


「もう駄目ですねこれは」


 こうなったら仕方ありません。

 うまく斬れるか、殴り飛ばされるか、潰されるか。好きにやらせてあげましょう。どうせ他人の人生です。


「喰らうがいい岩みたいな鬼よ、これが我が『天稟(てんぴん)』だ!」


 テンピン?

 何のことでしょう。

 たぶん、話の流れ的に技術かスキルだと思うのですが。


「開っ!」


 その雄叫びが発動のきっかけだったのでしょう。

 既に抜き放っていた剣から、青空のごとく澄んだ真っ青な炎が勢いよく燃え上がり、


「ちぇえええええっ!!」


 彼女に掴みかかろうと、トロールが伸ばした腕。

 巨大な死の手を紙一重でかわし、手首に斬りつけ──斧で丸太を割ったような清々しい軽やかな音を響かせ、見事断ち切りました!


 本当に斬ったのです!


「嘘っ!」


「マジかよ! あの姐さんやりやがった!」


 いくら関節部分を狙い、スキルか何かを使ってるとはいえ、本当にあの細っそい刃でやれるとは思いもよりませんでした。ヒノモトの剣士凄いですね!


「見たか! これぞ清浄の炎、これぞ我が一太刀っうおおおおっ!?」


 しかしその後がダメでした。

 有頂天になっていた火乱さんが吹き飛びました。

 調子に乗りすぎてトロールの見かけによらぬ素早さを失念していたのでしょう。手首を失ったトロールの片腕に薙ぎ払われたのです。

 拳がなくなろうがその威力は衰えることなく、一応、持ってた剣を盾代わりにかざしたりはしたようですが、重量の差だけはどうしても覆すこと叶わず。

 そうして飛ばされた先には──


「よっ……と」


ぼふっ!


「うぐっ!」


 リューヤがいました。

 自分のほうに飛んできた彼女を、『隠匿』のスキルで出した夜営用の毛布や布団などでやんわり受け止めたのです。妙に柔らかな激突音の原因はそれでした。


「す、すまん。また助けられたな。かたじけない」


「まあそんな気にしなくていいさ。一度助けるのも二度助けるのも、そう変わらん」


「……………………」


 おや?

 あれだけうるさかった火乱さんが黙り込み、どこか、うっとりとした顔で毛布越しに抱えられています。当たりどころが悪かったのでしょうか。

 戦闘中なんですからそんな落ち着かれても困るんですよね。

 あと剣が折れたり壊れたりしてないの凄いですね。よほどの名剣なのかしら。



 で、この後(手を再生した)トロールをどうしたかというと。

 リューヤが目玉に手槍を隠匿射出して視界を潰し、少し大人しくなった火乱さんが足を斬り、転んだところを私が『竜叩き』で数回どついて再生などやらせず終わらせました。ハエ叩きでは時間がかかりそうだったのでね。


 あとに残ったのは赤色の瓦礫(がれき)のみです。


「ふう…………あら?」


「お、お見事でした。そ、その、流石です。流石は僕の師です、ね」


 完全に息の根が止まったと確信してから一息つき、弟子たちを見ると。

 なんか……どことなくオレンティナが私に怯えてるような雰囲気なのですが……そんなことありませんよね。


「す、凄い、しゅごいですわ……たまんない……」


 ルミティスはルミティスで変ですね。

 股間押さえてハァハァ言ってるけど、怖くてお漏らししそうなのを我慢してるのかしら。


 どうでもいいですけどゴブリン二匹はいつの間にか撲殺されてました。

 私達が戦ってる最中、暇になったギルハの針で自由を奪われ(なんとゴブリンにも効くんですよ)、プリシラが見よう見まねで手に発生させた『円盾』で試し殴りの的にされたようです。


「やりましたわ!」


 緑色の返り血を顔や衣服につけて満足そうに笑うプリシラ。

 私はそんな彼女の頭をわしゃわしゃと撫でてあげました。うん、将来有望です。

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正統派の弟子はプリシラになったか
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