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ごめんなさいね、もう聖女やってられないんですよ   作者: まんぼうしおから
第三章・祖国没落

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121/142

121・西へ西へと

 様々な懸念を先送りにして旅を続ける我々ですが、何も起きないときは本当に何も起きないもので。

 それから十日ほどは厄介事もなければ魔物が現れることもありませんでした。ムラがあるんですよね、こういうの。一定の間隔で襲ってくるはずないので当然なんですが。


 一度、夜営の準備中に数匹の狼が寄ってきましたが、プリシラ(弟子になったのでさん付け不要と言われました)の『聖弾』の練習になってもらいました。

 動くものを狙うのは難しいですからね。

 実際にやってみて体で学ぶのは、とても良い糧になります。

 プリシラは射撃の筋もなかなかのもので、最初こそ外しましたが、それ以降は全て命中させていました。

 彼女が光球を手から放つたび、獲物の選択を誤った狼たちの断末魔が夕焼け空へと吸い込まれていきました。

 当て勘に優れてるようです。

 この上手さなら弓を使わせてもいい線いくかもしれません。


 ただ、弓矢というのは華麗で絵になる様ではありますが、その実、腕力が必要になります。弦を引っぱる力と矢の威力はほぼ等価なのでね。

 獣や軽装の人間相手ならそこまで威力を追求しなくてもいいでしょう。

 それらの的には毒や急所狙いも有効ですから。

 しかしこれがしぶとい魔物や固い鎧に身を固めた人間を仕留めるとなると、腕力はもとより練気やスキルまで総動員しての威力最優先です。

 それゆえ高名な弓使いの中には上半身が異様にムキムキな人物もいるとか。


 ……プリシラがそんな風になったら怖いなと思う私でした。





 ──などとのんきなことを考えながら護衛旅を続けていましたが。

 予想だにしない、とてつもない壁が待ち構えていたのです。



「何だってぇ!」


 私の作ったポーションを運送してくれる旅商、そのリーダーであるおじさんが不意に大声を上げました。

 滅多なことで動じないあのリーダーさんでも、こんなすっとんきょうな声を出すんですね。


 早めに宿を取り、酒場兼ごはん屋さんで一休みしていると、奥のテーブルで、リーダーさんが知り合いらしき人物となにやら和やかに会話していました。

 その人物の見た目はリーダーさんと同年代に見えます。顔の下半分がふさふさのヒゲで覆われた、体格の良い中年男性です。同業者でしょうか。だとしたら護衛要らずって感じですね。

 情報交換でもしてるんだろうな……そう思っていたところに、さっきの大声でした。


 私達は雑談をやめ、耳を澄ませておじさん二人の会話を聞くことにしました。


「落ち着け落ち着け。そうでかい声出すな。本当だよ。嘘でも見間違いでもねえ。マジのマジ、大マジだ」


「いやしかし、そんなことがあるはずが……つい最近まで……」


「わかるさ。俺もそう思ってたからな。だから実際に見るまで信じなかった」


「行ったのか」


「ああ。そして信じざるを得なくなった。うちの奴らもすっかり腰が引けちまってな。遠回りする気にもなれんかったよ」


「それで舞い戻ってきた……ということか」


「別ルートに変更すれば行けただろうが……知っての通り、ただでさえ今あの国は荒れてるからな。そこにきて()()だ。嫌な予感がして(きびす)を返したよ。悪い判断じゃないと思うね」


「命あっての物種だからな。無茶やるやつはだいたい早死にする」


「そーいうこった。だからお前さんも大人しく帰るんだな。──あばよ」


「教えてもらってありがとよ。──じゃあな」


 会話は終わったようです。

 要点が語られなかったのではっきりとはわかりませんが、今後の旅を左右しかねない大事件が起きたのは確かでしょうね。


「……聞いていましたか?」


 難しい顔でリーダーさんが私達のテーブルへと近寄って来ました。


「ええ。途中からなので、詳しい部分は謎のままですがね」


「信じがたいが、あんな突拍子もない嘘をつく男でもない。……事実なんでしょうな。弱りましたよ」


「お話していただけます?」


「当然です。話さないわけにはいきますまい。今回の仕事が中止になるかどうかの出来事ですからな」


「なんだかずいぶんと深刻な顔つきだね、リーダーさん。まさかスタンピードでも起きたとかかい?」


 リューヤが嫌な推測をかましてきました。

 ……しかし、それは違うでしょうね。

 今わかっているのは、思いがけない事態が起きた──それだけです。

 スタンピードは危険な事態ではあっても予想外の事態ではありません。起きてほしくはないが、起きてもおかしくないことです。

 さっきの会話やリーダーさんの発言にある、『信じがたい』『突拍子もない』には当てはまらないのではないでしょうか。


「スタンピードではないです。ないですが……ある意味、それより恐ろしいかもしれません」


「へえ、意味深だね」


「勿体ぶることもなかろう。はっきり告げたらどうだ」


 話が見えてこないことに痺れを切らしたのでしょう。火乱さんが偉そうに急かしてきました。


「裂け目です」


「裂け目? さっぱりわからんな。馬車にでも亀裂が走ったのか?」


 リーダーさんは首を横に振りました。



「…………エターニアとコロッセイア、その中間に当たる一帯にばっくりと、巨大な裂け目──深い崖が現れたそうです」



「崖ですか。それはまた」


 魔物ではなく難所ときましたか。

 しかしおかしいですね。


「でも、そんなものありました? 私もそこらの地理にはあまり詳しくないので、よくわかりませんが」


「無いですな。前からあったらこんなに驚きませんよ。唐突にも程がある。だから『現れた』と言うしかなかったのです」


 それもそうですね。

 仕事柄、地理にも詳しいであろうこの方がそう言うのなら、間違いないのでしょう。


「地割れでも起きたのかしら」


「それはないよルミティス」


 オレンティナが同郷の言葉を否定しました。


「もしそこまで大きな裂け目が生まれたとしたら、かなり揺れるはずさ。それこそ大陸中の人間が慌てふためくくらいに。僕らも例外じゃない。旅の途中、嫌でもその脈動に気づくだろうね」


「でも、何の振動も感じられなかった──つまり」


「ただならぬ原因ということになるね」


 二人の表情が真剣なものになっていきます。

 それは私達もですがね。

 火乱さんだけ不敵に微笑んで余裕綽々(しゃくしゃく)ですが、どこからその自信とふてぶてしさが出てくるのか謎です。


 何故一人を除いて厳しい顔になっていったのか。

 巨大な裂け目を大地に作り出した、常軌を逸した原因。それが、これから向かう先に()()かもしれない──誰しもそう思ったからです。一人を除いて。



 ……さて。どうしたものか。

 とりあえず行って見てみるか、迂回してエターニアに向かうか、それとも帰るか。

 まずは全員の意見を聞きましょう。一人は聞かずともわかりますがそれでも聞いておきましょう。

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