120・新弟子ですか?
才能あるかどうかもわからない少女に神聖魔法を会得させて、一人前の神官か僧侶にする。
猶予はエターニアの国境沿いからまあまあ歩いたところにある街に着くまでなので、長く見積もっても一ヶ月くらい。
以上が、弟子からぶん投げられた妙案という名のハイレベルな無茶振りの内容です。
無理。
無理無理。
無理に決まってます。
なにが無理かって猶予短すぎです。
あのね、要点教えたくらいでアッサリ使えたら苦労しませんって。そんな付け焼き刃で大丈夫なら世間はとっくに神聖魔法の使い手で溢れかえっていますよ。
「──『聖弾』っ!」
可愛らしく叫びながらプリシラ嬢が突き出した右手。
その小さな手の平がキラリと輝くと、光の玉が飛び出て、街道わきにあった岩に見事命中しました。
「まあまあまあ! お嬢様凄いです! なんてことでしょう! 本当に凄いわ!」
光の玉が当たった部分が弾けて破片が飛び散り、プリシラ嬢のそばにいたミラさんが拍手喝采しながら飛び跳ねています。
歓喜という概念が実体化したかのような騒ぎっぷりです。
「使えるようになりましたね……」
「教えてみるもんだな……」
「すごーい」
「本当にやるとは……やはり天才か」
これには私もリューヤもギルハも火乱さんも唖然としました。
こんなの見せられたら誰だって唖然とするしかありません。
無茶振りを言い出した当の張本人であるルミティスでさえ、口をぽかんと大きく開けてその非凡さに驚愕しています。
わずか十分くらいの指導でこれです。
他にも、癒しの魔法や保温の魔法、守りの盾の魔法など、初歩の神聖魔法はだいたい使いこなせるようになりました。
なんという才能と伸び代でしょう。
末恐ろしいとはこのことです。
これのどこが不吉なんですかね。伯爵家に縁起でもない言い伝え残した人はボケてたんじゃないでしょうか。もしくは蒼混じりの髪の人に煮え湯でも飲まされた腹いせか。ろくな真相じゃない気がします。
「安定性はあるけど、威力や効力はまだまだだね。でも使い始めてまだ不慣れなんだから、そこは仕方ない。むしろこれだけやれるのは驚きだ。実に凄い。ならあとは鍛練あるのみかな」
プリシラ嬢──もう令嬢ではないのでプリシラさんですね──の思わぬ才能の開花に、オレンティナは多少驚きつつも冷静に評価していました。
「あまり動じてませんね。もっとびっくりするかと思ってましたよ。目玉が飛び出るくらいに」
「今に始まったことでもないので」
そう言うとオレンティナは一瞬だけルミティスに視線を向け、再びプリシラさんへと向き直りました。
そういう事ですか。
間近に魔法アレンジの天才がいたので、多少の才気にどよめいたりなどしないと。優れた才能など普段から見慣れていると、そう言いたいのでしょう。
「オレンティナ、あなたも優れものですよ?」
「それは承知してます。ですが、いかに優秀であろうと、僕はどこまでいっても叩き上げ。生まれつき定められた器の大きさは変わらず、どれだけ努力を注ごうと、入る量には限界があります」
「それが妬ましいですか?」
「はい」
即答でしたね。
「昔は否定していましたけどね。比べられるのも嫌でした。同い年なので何かと比較されましてね。互いに聖女候補になってからはより一層です」
「仕方ないわよ。誰が最も聖女として相応しいか、神殿の方々としても、できるだけ詳しく見極めたいんだから」
驚きから脱却したルミティスも話に混ざってきました。
「別に批判してないよ。あの人達も悪意があって僕らを天秤にかけてるわけじゃない。必要なことで大事なことさ」
「それで、どうやって比較されることへの不快感を払拭したのです?」
「……僕が悩んでいたように、ルミティスもまた悩んでいると、知ったからです。それらの悩みについてはよくご存知でしょう?」
「ああ、あれですね」
ルミティスが自分にしか守護魔法をかけられなくて、オレンティナは守護魔法の範囲がとても狭いんでしたね。
なかなか致命的な欠点でした。まあそんな欠点も私の知的でキレのある助言で解消されたんですがねクフフフ。
「才能の差はあれど、みんな、それぞれ悩んでる。もがいてる。そう理解してからは、自分の中にある嫉妬心を受け入れられるようになりました。羨ましさを活力へ変えることにしたんです」
「素晴らしい発想ですね」
蹴落としてやるとか、引きずり下ろしてやるとか、悪しき感情に流されなかったのは偉いです。
ちなみに私の場合は何もかも踏み潰しながら駆け登っていく心構えです。そこのけそこのけクリスティラ様のお通りです。
「しかし本当にエターニアでポイしていいのかね」
「いいんじゃないですか? この調子なら一ヶ月どころか一週間くらいでモノになるでしょ。立派にやっていけますよ」
「これまでのエターニアならそれで結構だったろうさ。しかし今は違う。あの国は荒れている。素人上がりが実力で生きていくには、ちと手厳しい国だと思うがね。ま、俺やお前には程よい難易度だろうが」
「回復役は引く手あまたではなくて?」
「身を守る術が心もとない回復役なんて他人に命を預けてるようなもんだぞ」
「ならどうすると?」
「三人目の弟子にしたらどうだ?」
信じがたいことをリューヤはしれっと言いました。
「どうしてそんな危ない橋を」
「当然、素性は隠すし人前にも出させない。そんで、頃合いを見計らってこの二人の古巣に送り込めばいい。他国の神殿に帰依させてしまえばこっちのもんだ。下手に手を出せば国際問題となるからな」
「う~んんん…………」
悩ましいアイデアです。
内紛いまだ冷めやらずの、それでいて魔物がはびこる、混乱が収まりそうにないエターニアに置き去りにする。リューヤの言うように厳しい生活になるのはその通りでしょう。
南国ウィルパトの神殿に突っ込むのも、悪くない名案です。
しかし。
「それまで我が家に置くのは危うくありません?」
「そこは心配ないさ」
「どうして?」
「忘れたか? 俺達にはあのサロメがいる。さらに言うと、『悪食』や『不燃』に浅からぬ縁もあるんだぞ?」
「ああ、そうですね。サロメはともかくあのお二人のことは忘れてました」
熱き闘争の国コロッセイアの王女と、吸血鬼が住まう夜の国リュルドガルの王女ですからね。たかだかいち伯爵家なんて目じゃありません。
もしあちらが荒っぽい手段に出たら魔神に好き勝手やらせてあげれば全て終わります。
「もし力で収拾を図るなら、やり過ぎないようサロメの手綱を握る必要はあるが、そこさえ誤らなければ問題ないはずだ」
「そこが一番難しくありません?」
「どうかな? これまでの付き合い──あの箱の中から出してまだ一年も経ってないが──から察するに、話はわかるほうだと思うぞ? 暴れ馬でもなければ人の話を聞かないタイプでもない」
魔神という存在にしては理知的ではありますね。屈託がないというか、あっけらかんとしてるというか。
というリューヤの提案ですが。
一旦保留となりました。
もしかしたらエターニアの混乱も沈静に向かうかもしれませんからね。着いてから決めても遅くはないでしょう。
結論の先延ばしじゃないのかなとギルハに言われましたが角兜越しに睨み続けたら黙りましたので問題なし。
さあどんどん進みましょう。
私のポーションを大勢が待ってるのですから。




