119・ルミティスの突飛な提案
増えなくていい同行者が増えました。
タチの悪い嘘のような話ですが、残念なことに薄っぺらい冗談ではなく覆しようの無い確固たる現実です。何故こんなことになってしまったのか。
……いや理由はわかってますけどね。
私とリューヤの善意がめくれ上がって裏目に出た形です。
蒼を含んだ金髪をさらりと腰まで伸ばす、冷めきった伯爵令嬢。
茶髪を短めにした、どこにでもいそうなメイド。
黒髪雑ポニテの、腕組みしてやけに自信ありげな女剣士。
以上が、我々が拾った成果となっております。一人たりともいらねえ。
まだ女剣士は用心棒として使い物になりそうですが、他二名はなんの役にも立ちません。
どうして我々は出会ってしまったのか。
しかし時は戻らない。
悔やんでも仕方ない。
見なかったことにして見捨てるという選択は……まあ、私にもリューヤにも多分無かったと思うので……つまり避けられない運命だったのです。
諦めて受け入れましょう。前向きに考えないとね。
……前向きに諦めるというのも矛盾してるように思えますが、人間とはそうした相反する要素を抱える生き物です。
まあ、人助けしてれば幸運もいずれ舞い込んできますよ。私が崇拝する大いなる奈落は、地の底のさらなるどん底から我々を見てくれていますからね。見てるだけともいいますが。
などと自分自身を騙し騙しやっていく私でした。
かたやリューヤはどうしてるかというと、これまでの付き合いの中で何となくわかったのですが、根底が『もうどうにでもな~れ♪』の精神の持ち主らしく、あっさり受け入れております。
未練執着まるで無し。
責任感もまるで無し。
安酒あればそれで良し。
羨ましいほどの身勝手さと適当さですねあの野郎。
辞め時を見失ってダラダラ二年くらい聖女やって小銭とイライラを貯めてた自分には到底真似できそうにありません。
「遠いところに連れてけって……俺らなんて、エターニア行って戻るだけだぜ? それも奥まで入らずに国境沿いの町止まりだ。遠いどころかお隣じゃん」
その無責任男はプリシラ嬢とこれからの予定を語り合っていました。
これからの予定とは、言うまでもなく、どこで彼女をリリースするかについてです。
「それで結構ですわ。この際、贅沢は言ってられません」
「あんたがそれでいいなら止めはしないがよ……一つ聞いていいか?」
「どうぞ」
「そっからどうやって生きてくの?」
私と同じことをリューヤも聞きました。聞くに決まってます。
当然の疑問ですからね。
「ハハッ、どこであろうと案外生きていけるものさ。人は賢くしぶとい生き物だからな」
女剣士から横槍が入りました。
「ちょっと黙ってて下さい」
「行き倒れになりかけてた人間がどの口で言ってんだ」
「……むぐぐ、面目ない」
横槍は私に止められリューヤにへし折られました。
今です。
心という一本の槍が修復されない内に話を続けましょう。
「あの、お嬢様が一人で生きていけるまで、私が働けば……」
「ミラ、伯爵家の忌み子プリシラは魔物に襲われてあえなく散ったの。今の私は、身元も定かではない名も無き少女。あなたが仕えていた『お嬢様』は死んだのよ」
「でも目の前にいますし会話もできてます」
「そうだけど、死んだの。この世にもういないのよ。そう遠くないうちに、それが真実として広まるわ。伝承に怯える実家の者たちによってね。だからあなたは新たな主を見つけなさい」
「それなんですけどね、お嬢様」
「ミラ、だから言ったでしょ? お嬢様はもうやめ──」
「私も死んだものとみなされるの、忘れてません?」
ミラさんが悲しげに笑いました。
義理も過去も所有物も家族友人も、何もかも捨てねばならなくなった者の笑いです。
「あ」
「もう一蓮托生なんですよ。もし戻ろうものならすぐ伯爵家の方々に取っ捕まって、『なぜ生きている! まさかあの子も生きているのか!? 言え! 早く言うんだー!』なんて荒っぽく締め上げられて何もかも吐かされるに決まってます」
自分の首を締めるような動作を交えながらミラさんが言いました。
「それなら、事情を知る者同士、離れず暮らしたほうが……お互い助かると思いません?」
「ふむ。確かにミラさんの話には、一理あることはありますね」
「あなたもそう思いますよね?」
「一人より二人のほうが、やれることに幅が広がりますからね。悪くないのではありません?」
ちなみに、このお嬢様(元)とお世話係(元)の乗っている馬車を操る御者さん(現役)ですが、兄弟が遥か西方の王国ポセイダムにいるらしく、そちらに逃げるとのことです。
今どこにいるかというと、今後のルートなどについて、あちらで旅商のリーダーおじさんと会話しています。エターニアに着くまでは私達と行動を共にし、着いたらお別れすると言ってました。
賢明ですね。
ミラさん同様この人も、もし馬鹿正直に戻れば、痛めつけられながら知ってることを全部言わされた後に消されるでしょう。痛い目に合うだけ合わされて命まで奪われるのはたまりませんよね。大陸の一番西まで落ち延びれば大丈夫だと私も思います。海を渡って他大陸まで行かなくても大丈夫かと。
伯爵家としても、あまりにしつこく各地に手を延ばして探し続けたせいで、もしプリシラ嬢の死に疑問をもたれて政敵にでも嗅ぎ回られたら本末転倒ですもの。
プリシラ嬢の死を思いがけない事故に見せかける。
これが最優先。
他は二の次三の次。
これ以外は取るに足らない些末であり、ついでなのです。
伯爵家は──厳密には伯爵夫人ですが──断じてそこを揺るがすわけにはいきません。
下手に探して余計な隙を見せるより、お嬢様の護衛兼始末屋だった連中のリーダーさんを消して、それで終わりでしょうね。
「いっそ、あの御者さんと一緒にポセイダムまで行けばよろしいのでは?」
「私もそれは考えましたけど、そこまで迷惑をかけられないわ。伯爵家から刺客が来てもおかしくない身の上なのでね。また巻き添えにするのはちょっと……」
世を儚んでるわりには他人の身を案じるんですねこの子。
いや、だからでしょうか。
誰からも愛されなかったが故に自己愛も薄れているのかもしれません。その分、他人を気遣う余裕が生まれているとしたら──そう思うと哀れな子です。でも手放しますけどね。
それはそれ、これはこれ。
ミラさんと二人頑張ってほしいものです。
「あの、お師匠さま」
やり取りをずっと静観していたルミティスが声をかけてきました。
「どうしましたルミティス?」
「この方はそう仰ってますが、今のエターニアで生き抜くのは、率直に言って無謀に等しいのでは?」
「それは……そうですね。私……ゴホンゴホン……聖女の結界は、完全に沈黙してるみたいですから。領地のどこもかしこも危険な場所と化しているでしょうね。安全地帯があるとしたら王都くらいかしら」
危なっ。
うっかり喋るところを咳き込んで何とか誤魔化しました。
「なにか妙案でもあるの?」
「はい」
ルミティスは、薄幸極まりない運命の令嬢を前に、こう言いました。
「今回の旅はそう短いものではないですわ。なので、その期間、彼女に生きる術──魔法を教えるというのは、いかがでしょう?」
驚きの提案がルミティスの口から私の耳へ飛び込んできました。
「──言うのは簡単だけどね、ルミティス」
この提案にすぐに異論を挟んだのはオレンティナです。
「そんないきなり始めて容易く使えるほど、魔法とは甘いものではないよ。ルミティス、それは君もわかるだろう?」
「なら、他に何を学べと? 他に即効性のある知識など、この世にあるの? 幸いなことに、ここには神聖魔法の使い手が三人もいて、私に至っては論理魔法の知識もある。試してみる価値はあるんじゃなくて?」




